09-1
その夜、宿屋七日だけ亭では、ささやかなお祝いが行われていた。
主人であるメイは、刻印が打ち付けられたばかりのピカピカのカッパータグを二人に手渡す。どれだけ忙しかろうが、タグに刻印を打ち込む作業だけは、必ずその宿屋の主人が行う。
ましてや今回は、メイの恩人が正式にパーティーを組む日なのだから。
もとよりカッパーのメドウスは、宿の登録を七日だけ亭に移動。ノゾミは、マナカードが溜まりカッパータグに更新、晴れて正式にベーメンの冒険者となった。
タグの種類はあくまでも目安であり、本人が強く希望すれば、カッパーだろうが高ランクの依頼を受けることはできる。とはいえ、依頼によればランクが限定されていることも多いし、信用度も違ってくる。上位のタグが持てるに越したことはない。
ラトルはそんなことよりも、マナカードという名称を気にしていた。依頼の掲示板を眺めてみると、実は戦闘を伴う依頼はさほど多くない。なぜわざわざ履歴書にマナという単語を使うのか。
ジェリー社がギルドを作ったならば、当然マナカードもそうなのだろう。答えは簡単に導かれる。
一般プレイヤーからの、マナとマジックの隠蔽だ。
マナに言い換えた表向きの目的は、『殺し』という単語の悪いイメージを消すためだ。そして、それは実際に成功した。
人々にとってマナカードとは単に仕事の履歴が書かれた書類であり、そこから転じて現在では、マナは単に「経験」という程度の意味合いで使われるようになった。
相手は周到に用意をしている。そして、その計画にとってノゾミはイレギュラーなのか、それとも生贄なのか。
分厚い肉にナイフを入れながら、ノゾミは言った。
「ねえメドウス、パーティーも無事発足したし、早速ドラゴン退治に行こっか」
ごふ、と隣でメイがせき込む。メドウスとラトルの二人は、さすがにノゾミの行動への耐性が出てきたらしい。
「ドラゴンって、いったいあなたたちはどこへ行くつもりなんですか!」
「セレーソ島ってとこ。南の島らしいわよ、きっと暖かいわ」
ノゾミは大口を開けて肉をほおばる。
メイはその地名を聞いて、血相を変える。
「ノゾミさんはあそこがどんな場所か知らないから、そんな呑気なことが言えるんです。ドラゴンも確かに強敵ですが、真に厄介なのは、あの島そのものなんですよ。あちこちから噴き出す毒ガスに、崩れやすい岩山。何人の冒険者が犠牲になってきたと思ってるんですか!」
ああ、だめだ、そんなことを言うと。
メドウスが横目でノゾミを見ると、その目は子供のようにキラキラ輝いていた。
仕方がない、わかっていたことだ。
「せめて用意だけはしっかりして行くよ。こないだみたいに倒せない逃げられないなんてのは、もうごめんだ」
「わかってるわよ、それくらい」
次の日、二人は早速掲示板の依頼を確認する。
正確な依頼内容は、レッドドラゴンの間引き。 依頼主は王国政府、窓口は冒険者ギルドに一任されているらしい。
セレーソ島のレッドドラゴンが現在繁殖期を迎えているのだが、今年は西海岸で複数のドラゴンの出産が重なっているという報告があった。
本来、ドラゴンは生息数が少ないこともあり、近場で出産場所が重なることはほとんどない。今回危惧されているのは、エサ不足による近くの村への襲撃だ。
そうなる前に、卵ないしは幼竜を間引いてしまおうということだ。
「これってもしかして、普通にレッドドラゴンを倒すよりも、危なくない?」
「僕もそう思う。巣の近くまで行かなきゃならないし、繁殖期で苛立ったドラゴンから逃げ回るとか、嫌な予感しかしないよ」
掲示板の前で腕を組み、顔を見合わせる。そんな二人に、一人の男が声をかけた。
「よう、あんたらだよな、メイの旦那の知り合いってのは」
ノゾミは軽い警戒をしつつ答える。
「こんにちは、茶色のおっさん。そういうあなたはどなたの知り合いなの?」
言いながら、いつでも剣を抜けるようにと、腰へ手を回す。
いきなりケンカを売りにいかないでくださいー。涙声で訴えるラトルは無視した。メドウスも軽く身構え、ノゾミをかばうように前に出る。
男は、刺すような視線をさらりと受け流し、言った。
「宿屋のメイから何も聞いていないのか? あんたら、ドラゴンとやりに行くんだろ? メイの旦那に頼まれたんだよ、ガキのお守りをしてくれってな」
「いらないわ」
即答。
「いらないったって、お前ら揃ってカッパータグだって聞いたぜ。依頼の条件はちゃんと見たか?」
そう言われて依頼書を確認すると、確かにゴールドタグ以上「限定」の文字が。
「依頼を受けるんなら、パーティーに最低一人は、そのランク以上の人間がいなきゃダメだ。まさかお前ら、それも知らなかったのか?」
図星だった。
メイの名前が出たこともあり、ノゾミたちはようやく態度を軟化させた。
メイは、二人がドラゴン退治を止める気が無いことを知って、一人の冒険者に声をかけていた。経験豊富な彼が一緒なら、きっと生きて帰ってくれるはずだ。そう願って。
「で、あなたのランクはいったいいくつなのよ」
男が胸元から取り出したタグは、白く輝いていた。
「……シルバー?」
「プラチナです」
ラトルはすぐに突っ込んだ。




