08-3
メドウスは唐突に切り出した。
「ノゾミ、ついて来て欲しい場所がある。僕は君に話していないことがあるんだ」
私は話していないことだらけよ。思わず出そうになった言葉を心の中に留めておく。
場所を変えようというメドウスに促され、ノゾミは言われるままについていく。一瞬、昨夜の森に連れて行かれるのかと思いどきりとしたが、どうやら南東の郊外へ向かっているようだ。
歩きながらメドウスはぼちぼちと今までのことを語った。錬金術師だったこと、師に後を託されたこと、まだ姿も見えぬ組織を探していること。
話しているうちに着いたのは、がれきの山。
「これがあなたの工房の、その、焼け跡?」
メドウスは答えない。じっと手を組んで、師に祈りを捧げていた。ノゾミも傍で素振りを真似る。いまだに酸っぱい臭いが鼻をつく。
ノゾミはラトルだけに聞こえるように、そっと聞いてみた。
「ラトル、何かわかる?」
「時間も経っていますから、はっきりしたことは言えませんが。燃え広がり方からして、普通の火事ではないと思います。ええと、蒸気機関でしたっけ? 爆発事故よりは、放火された可能性のほうが高いと思います」
ラトルには、火事の原因に心当たりがあった。しかし、それをノゾミに伝えていいものかどうか、判断はつかなかった。
メドウスは焼け跡を見つめたまま、言った。つぶやくような声だった。
「たぶんだけど、ノゾミの言ってた、力を独占するつもりの人たち。僕の追っている組織。同じ奴らじゃないかと思うんだ。」
「私も同じことを考えてたわ」
「今までは王宮に敵がいると思ってた。けれど、冒険者ギルドかもしれない。君たちは冒険者ギルドを立ち上げた人たちを知っているのかい?」
「直接知っているわけじゃないわ。ただ、どういう存在の人なのかは、知ってる」
ラトルが強く警告する。
「ノゾミさん、それ以上はいけません。過ぎた情報の開示は星間法に抵触する行為です」
「どうせザル法でしょ? それに、相手は犯罪者かもしれないのよ」
「しかし……」
ラトルには、それ以上ノゾミを引き止めることはできなかった。自分の手の届く範囲の情報をかき集めても、いや、精査すれば精査するほど、かけようとした強い言葉は霧散していくのだった。
メドウスは唇を噛んでいる。こちらの立場を慮っているのか。そして、おずおずと切り出した。
「こないだの依頼を受ける前に、僕が条件を出したのを覚えてる? その、二つ目の条件のこと」
「え? あ、ええ、もちろんよ」
この反応、さては忘れかけてましたね、とラトルは目ざとく突っ込んでくる。
「その組織を潰すのを手伝えっていうんでしょ? いいわよ、私がどこまで力になれるかわかんないけど」
「いや、違うんだ。そうじゃなくて。あいつらがどんな組織かわからないけど、冒険者ギルドが関わっているなら、奴らは必ずノゾミに声をかけに来ると思うんだ。ノゾミは強いし、知識もある。それに、僕はノゾミと戦いたくないから……」
だんだんと声は小さくなり、最後の方はモゴモゴとよく聞こえなかったが、まあ、うん。言いたいことは何となく察した。
「だから、その時は、断ってほしい。それが、僕からの条件だ」
ノゾミは出来る限りの笑顔で答え、右手を差し出す。メドウスはその手をしっかりと握りしめた。
「もちろんよ。これからもよろしくね、相棒」
「ありがとう、こちらこそ」
話も終わり、帰ろうとするノゾミをラトルが低い声で冷やかす。
「青春してますねー、本当は条件の話とか忘れてたくせに」
「うるさい、こういう展開好きなのよ。ちょっとお子様だけど、私たちを巻き込まないようにとか、きゅんと来るじゃない?」
そういうノゾミの頬はしっかりと赤くなっていた。
「さて、じゃあ早速だけど、マナの使い方を教えておこうか」
今日のメドウスは、何を言うにも唐突だ。頭が追い付かないノゾミは、はあ?と間抜けな声での返事が精いっぱいだった。




