08-2
「うん。まあ、誤訳なら仕方ないわね」
「ちょっとノゾミさん、わからないんですか? 炎、火の方の炎ですよ、それを訳し忘れるなんてこと普通考えられますか? こーれーはー、絶対に意図的な誤訳です!」
軽く流そうとするノゾミを、ラトルが慌てて引き留める。
だからどうしたというのだ。興奮するのはいいけれど、あまり騒ぐと他の人に聞こえるわよ。ノゾミは冷めた様子でラトルをたしなめる。
ノゾミはラトルの指示通りに何冊もの本を席に積み上げると、ページをあっちこっちとめくっていく。
早くも瞼が重たくなってきた。本を目の前にすると眠たくなる体質なのだ。カメラが生きていて本当に良かった、後はラトルが勝手に読んで、記録してくれる。
ふと隣を見ると、メドウスはメドウスで真剣にページをめくっていた。
なんとか眠りに落ちる前に調べ物が終わり、メドウスと三人で喫茶店へと移動する。
「じゃあラトル、あなたが調べたことを発表してちょうだい」
椅子にふんぞり返って紅茶をすする。何もしなかったくせに偉そうに。毒づくラトルをメドウスがなだめる。
「まずメドウスさん。前提として、ノゾミさんとあたしは、この街に住む人たちとは違う文化圏の人間だと思ってください。あたしたちの知識や考え方は、むしろあなた方よりも古代文明に近いでしょう」
「大丈夫、わかってる。炎もマナも知らないなんて、逆にそちらのほうが納得できるさ」
では。こほん、と可愛らしく咳ばらいをして、ラトルの講義が始まる。
「発端はおそらく20年前、冒険者ギルドが発足した時です。ギルドはそれまで『ゴースト』と呼ばれていた攻撃方法を、『マヒア』と言い換えました。そしてこれを我々の――地球の言葉に翻訳したときに、『炎』という単語をあてました。超能力や念力とでも訳せばいいのに」
さっき確認したとおりね。二人はうんうんと首を振る。
「しかし、変えられた単語は、実はもう一つあるんです。それが『マナ』です」
「ちょっと待って、マナも新しい言葉なの?」
「ええ。……メドウスさん、マナの語源はご存知ですか?」
メドウスは少し顔をしかめる。ノゾミの瞳の奥を覗き込む。
「殺し、だよ」
冷たい声で心臓を撫でられたように、ノゾミはびくりと身震いした。
「マナはかつて、『マター』と言われていました。マナは生命エネルギーであり、死んだ直後の生物から生きている生物へと移る性質があるそうです。これを手っ取り早く採取する方法が――」
「殺し、なのね」
ノゾミの声は少し震えていた。
「これがどういうエネルギーなのか、そこまではわかりません。あたしが感知できるのは、エネルギーそのものではなくて、それが引き起こす現象だけですから。それよりも問題なのは、この誤訳がおそらく意図的なものだということです」
「さっきも言ってたけど、なんでそう思うのよ」
「ノゾミさん。もしあなたが、自分だけが使える超能力を持っていたら、それをどうしますか?」
そこまで言われ、ノゾミはようやく思い至る。
「冒険者ギルドは我々ジェリー・アンド・フランク社が作ったシステムです。つまり翻訳者と同一か、若しくは近い立場の者が。そしてその中に、この力の存在に気付きつつも、それを隠し独占しようとする人物がいます」
ずいぶん壮大な話になってきた。私の参加したのはただの冒険ツアーだ、陰謀だのなんだのではない。大声でこのことを叫んでやろうか。
メドウスには、二人の話が完全に理解できたわけではなかった。ただ、何かしらの組織が冒険者ギルドに巣食っているということはわかる。
そして、それこそが自分の探す相手ではないかと、半ば確信のようなものが生まれていた。




