08-1
次の日ノゾミは、ギルドが開く前からドアの前で待っていた。いつも通り掲示板を眺め、眠たそうな目で歩いてくるメドウスを見て、ノゾミはやっと心から安心できた。
「メドウス、おはよう!」
のろのろした歩きに待ちきれず、手を振りながら駆け寄る。近づいた時に、メドウスは一瞬睨むような表情を見せた。すぐにそれを心の奥に収めるが、笑顔は消えたままだった。
ノゾミはそのことには少しも気付かず、調べたいことがあるとメドウスに切り出した。
マナと炎のこと。ノゾミがそれらの知識に疎いということは、メドウスもわかっている。それについての情報が欲しいというのがノゾミの理由だ。
メドウスとしても、ラトルのことが気になっていた。オウロ山の遺跡、マナを感じないゴースト。
「いいよ、そうしよう。こないだの依頼である程度お金も入ったしね。……それよりノゾミ、君、何か変わったことはない? その、体調とか?」
「ん、なんで? ああ、今日は気分がいいもん。悪いどころか絶好調だわ」
図書館へ向かう道中、ノゾミが何の気も無しに言った言葉が、まさに核心を突いていた。
「そういえばアレの名前なんだけどさ、なんで炎っていうんだろうね。確かに熱いけどさ、全然ファイヤー!って感じがしないんだけど」
「え、ふぁいやーって言われてもなあ。もともとはゴーストって言ってたわけだし、炎はわりと最近の言い方だよ」
「ゴーストって、クリムゾンゴーストとかの、あのゴースト?」
「そう、そのゴースト。昔は、マナから生まれる力はみんなゴーストって言ってたんだよ。もとを辿れば炎の方のゴーストが一番最初なのは、間違いないだろうけど」
わけがわからない。ノゾミは軽く混乱して、考えるのをやめた。後は任せる。はいはーい、と軽快な声とともにラトルにバトンタッチする。
「ええと、整理しましょうか。マナっていう力があって、そこから生まれるものが炎とゴースト。でも、炎もゴーストも本質的には同じもので、昔はまとめて単に『ゴースト』と呼んでいた」
「ああ、そうだね」
では、聞くべき質問はこうだ、とラトルは判断した。
「じゃあ、ゴーストってどんな意味なんですか?」
「突風とか、急に吹く強い風のことだよ」
なんだそれは。ノゾミとラトルは(頭の中で)顔を見合わせた。むしろその言葉のほうが、『炎』の特徴そのままだ。なぜそんなややこしい変え方をしたのか。
メドウスは困った様子で答える。
「そんなの僕に言われても。ギルドがわざわざ新しい言葉を作ってまで変えたんだから、イメージとかじゃないの?」
「作った? ……じゃあ昔は、ええと、燃える大きい火のことは何て呼んでいたんですか?」
食いついたのはラトルだった。ノゾミにはラトルの質問の意図が分からなかった。
「火? 火と炎とどんな関係があるのかよくわかんないけど、大きい火のことは『ファイゴ』だ。たぶん、今も昔も」
質問タイムはそこまでだった。ラトルは沈黙し、時折あーうー唸っている。ノゾミは小骨が喉に引っかかった感じを残したままだった。
図書館について最初に、ラトルがノゾミに話しかける。
「ノゾミさん、まず辞書を持ってきてもらえますか。なるべく古いやつと、新しいやつ。二冊です」
「いいけど、何するの?」
「あたしに登録されているマニフィコ星の言語辞典には、『ファイゴ』という言葉は登録されていません」
意味が分からない。そう言いながら本を探すノゾミに、ラトルが説明を続ける。
「我々が『炎』と訳していた単語は、この星の発音で『マヒア』です。けれど、メドウスさんと話していて感じました。この星の人たちは『マヒア』という単語に、火や炎といったイメージを持っていません。炎とは『ファイゴ』のことです」
「……わかりやすく言って」
「手からばーっと出すアレを『炎』というのは、誤訳です」




