06-7
軽い睡魔が襲ってくる。最初は慣れなかった鞍の上も、今ではすっかり揺りかごだ。黄金色の夕日は背後の稜線に沈みかけている。メドウスの金色の髪が、熟れた柿のように赤く染まる。
「そういえば、あなたの名前をまだ聞いてなかったわ」
「はい、型番はPDH2800-typeオレンジ。個体名は特に設定されておりません。ご自由にお呼びください」
「じゃクリゴ。クリムゾンゴーストだから、クリゴ」
すぐに妖精から不満の声があがる。
「それが嫌ならラトル。ラトルヘッドのラトル。好きなほうを選ばせたげる」
どういう意味かとメドウスが聞く。「ごちゃごちゃうるせえ奴」と、ノゾミは答える。
「むー、ラトルのほうがまだ響きが可愛いので、そちらで我慢しますー」
あきらめたようにラトルが了承する。
ノゾミがふと横を見ると、メドウスがじっと自分を見つめているのに気づいた。ばっちりと目が合い、慌てて言い訳をする。
「ごめん、ラトルは姿も見えないしマナも感じないし、声がどこからするんだろうって思ってさ」
「ちゃんと隣にいますよー。あたしはあの遺跡で生まれたので、本当なら遺跡の外には出られないんですけど。たまたまノゾミさんが妖精の魔法を使ったマジックアイテムを持っていたので、その中に入っています。可愛い姿を見せられないのは残念ですけどねー」
すらすらと答えていく。おそらく想定済みの質問なのだろう。
「なるほどね。それとラトル、人目があるところでは、君は喋らない方がいい。効果が怪しいような聖遺物ですら、奪い合いで過去に何人も死んでるだ。こんなにはっきりしたゴーストがいるってバレたら、戦争が起きかねないよ」
ふむ、当然考えられる話だ。
「ノゾミさん、予備のイヤホンは持ってませんか?」
「あ、宿屋に他の荷物と一緒に置いてたかも。なんでこんなものが付いてるんだと思ったけど、納得したわ」
街に着いた頃にはすっかり夜だった。夕食に誘ったのはメドウスのほうからだ。珍しく緊張した様子で、そう、迷宮に踏み入れるときよりもよっぽど緊張して。
ノゾミは少しだけ胸が高まった。
職人というよりも研究者然としたメドウスは、冒険者としては頼りない。もちろん男性なので、服の下には引き締まった筋肉がちゃんと隠されているのだが、残念ながら相手が悪い。
ここよりも少しだけ大きな重力の下で育ったノゾミは、同じ筋量に見えても密度が違う。アーマーのサポートに頼るまでも無く、力では勝負にはならない。
そんなことよりノゾミが気に入ったのは、メドウスの何事にも真面目で必死なその表情だ。
もともと美形なこともあって、その表情がくしゃりと歪むとき、ノゾミは腹の奥で蛇が寝返りを打っているような感覚を覚えた。
ノゾミは七日だけ亭に荷物とアーマーを置くと、普段着にヘッドセットといった出で立ちでメドウスと待ち合わせる。メドウスは鎧を脱いだノゾミを初めて目にするが、その肉はやはり鍛えているとは思えないほど柔らかそうに見えた。
ノゾミはイヤホンをメドウスに渡した。ラトルのクリアな声が聞こえてくる。人間二人が喋る部分についてはどうにもならないが、酒場の喧噪の中なら、誰も不自然さには気付きはしないだろう。
イヤホンはそのままあげようとしたのだが、メドウスにものすごい勢いで拒否されてしまった。要するに、こんな高価なマジックアイテムをただでは受け取れないということだ。
結局、半ば押し付けるように「貸す」ということで納得させたのだが。