06-6
「ノゾミ、このゴーストの言うことは信じていいと思う。昔話だけど、聞いたことがあるんだ」
ゴースト呼ばわりされた妖精が憤慨しているが、無視して話を進める。
「信じるのはいいけど、どうやって狙うの? はいつくばってて、心臓なんて見えないわ」
「僕が囮になる」
言うなりメドウスは走り出し、階段を目指す。
階段付近に身を隠すものは何もない。なかなか倒れない餌に焦れていたゼノボアは、ノゾミを無視してそちらに向かう。
ぎょろぎょろした眼でメドウスを凝視する。口元で赤い舌がチロチロ舞っている。階段に足をかけようとしたその時、ゼノボアが吠えた。
渦巻く黒い竜巻が猛スピードでメドウスを飲み込もうとした。が、直前で赤い炎がはじける。
行動を読んでいたメドウスが、一瞬先に炎を巻き起こしていたのだ。攻撃するときに使う、鋭い槍状のものではなく、なるべく広範囲を巻き込むような太い竜巻だった。
結果、相殺された二つの炎は、階段の手前で激しい爆風を巻き起こしメドウスを吹き飛ばした。
弾き飛ばされた体を必死に動かし、階段を這うようによじ登る。
大蛇がゆっくり頭を持ち上げた。高いところにいるメドウスを狙うため。
「見えた!」
ゼノボアの胸には、まるで窓のように長方形の穴が開いていた。窓ガラスは赤く、中には内臓が、おそらく心臓が透けて見える。それはゆっくりと収縮を繰り返していた。
ノゾミは左手を添えてレーザーを構えると、深く息を吐いて、クリスタルを打ち抜いた。
火薬の臭いがうっすら漂った気がした。
バチンと鈍く、大きく、ゴムが破裂するような音がする。空中で弧を描く、一筋の鮮血。
ゼノボアはノゾミを睨みつける。貴様、何をした。その顔が、一瞬おいて苦悶に変わっていく。ノゾミ達の勝利だ。
「やれやれ、死ぬかと思ったよ。もう二度とあんな真似はごめんだね」
メドウスが埃まみれの服をはたきながら近づいてくる。あちこち打ち身はあるものの、たいしたことは無さそうだ。
一息つく二人の頭上で、自称妖精の底抜けに明るい声が響いた。
「おめでとうございます、冒険者様! あなたたちのおかげでこの霊廟に安息が戻りました。この御恩は一生忘れません。
つきましては、この霊廟に平和をもたらしてくれた戦士に、妖精界に伝わる秘宝を一つだけ差し上げます。武器、スキル、情報、そして転職の4つの中からご自由にお選びください」
「情報」
ノゾミは即答する。
「とにかく情報。炎とかマナとか、もうこんなわけのわからないギミックはごめんだわ」
そこまで言ったところで、もう一人の功労者を無視して一人で決めてしまったことを思い出す。ばつが悪そうにメドウスを見ると、それでいいよと笑顔で答えてくれた。
「はい、確かに承りました、情報ですね! では、今後はこのあたしが旅にご一緒いたします。各地での旅情報から戦闘での的確なアドバイスまで、なんでもお任せください!」
予想外の返答に、ノゾミは言葉を失い固まった。
「……なんですかその反応。こう見えて結構役に立つんですよ?」
「そういえば君って、クリムゾンゴーストだろう?」
メドウスの質問に、今度は妖精のほうが固まった。彼女にとっても聞きなれない単語のようだ。きょとんとする二人へメドウスは説明をする。
「長く存在し続けて、自我に目覚めたゴーストだろうって話だったかな。呼び名は人間が勝手につけたものだから、知らないかもしれないけど。昔話でね、魔法使いがドラゴン退治に向かったときに、傍らでアドバイスをしてくれた存在がいるんだ」
「それが、クリムゾンゴースト?」
メドウスは頷いて続ける。
「姿が見えないってことは、本当に純粋なマナでできているんだろうな。ほら、あの大蛇のマナは黒かったろ。あれは地下迷宮や霊廟の淀んだマナを見境なく食ったせいだと思う。悪意が薄まっていくと、マナの色は薄く透明になっていくんだよ」
「なんですかそれ、オカルト?」
冷めた口調で返す妖精に、ノゾミは頭を抱えた。腹が減って冷蔵庫を漁っているのに調味料ばかり見つかるような徒労感。いっそのこと革靴にソースでもぶちまけて、こいつの口に突っ込んでやろうかと考える。
まあいい、とりあえず窮地は脱した。
メドウスによると、依頼にあったマナの乱れは、ゼノボアが周囲のマナを見境なく食っていたせいだろうとのことだ。それが本当なら、じきに元に戻るのだろう。
依頼は達成し、信頼する仲間もできた。
溜まった問題は明日の自分に任せることにして、二人と一匹は帰路についた。