06-5
最下層は広い墓地になっていた。壁は無く、天井も他のフロアよりも広い。いくつも並んでいる墓石の奥には祭壇も見える。
奥でうごめく塊が見えた。邪悪な存在であることは、ぎらつくわずかな照り返しだけ見れば十分だった。
祭壇からは黒く汚れた風が吹いている。
「いるわね、やっぱり。奥にでっかいのが一匹」
相手が動かないのを確認しながら、二人はゆっくりと進む。ノゾミは軽やかに、メドウスは震える脚で。
メドウスは深い後悔の最中だった。短い人生の中で、こんなにも時を巻き戻したいと真剣に願ったことはなかった。
僕たちの目的は調査だろう? こんなモンスターの討伐なんか、別の奴に任せよう。引き返せ。
喉の奥までこみ上げてくる言葉を必死に飲み込む。
深紅の瞳はとっくに二人を捕えていた。背中を見せるには遅すぎるし、声を出して下手に刺激をすれば、その瞬間に飛び掛かってくるかもしれない。
やつのシューシュー声がだんだん大きくなってくるが、和解を求めているようにはとても聞こえなかった。
大蛇、ゼノボアは慢心していた。
いつからこの力が身についたかわからない。やり方は本能が教えてくれた。昔は使えなかった気がするが、覚えていない。
薄暗い穴の中にいるだけで、餌は向こうからやってきた。敵意を向けるだけで、そいつらは倒れていった。
だから、抵抗する餌もいるのだということを知らなかった。
口を開け、黒いマナを吐き出す。自身の毒液の混じった汚れた突風が発生する。
既にノゾミは横に飛び、それを回避していた。墓石が派手な音を立ててなぎ倒される。そろそろ見飽きてきたわ。突っ込もうとするのを、メドウスが制止する。
「ノゾミ、見てくれ。あいつの炎はやばい」
振り返り、ノゾミは背筋が凍る。白い煙が立ち上り、墓石の角が溶けていた。
追撃が来る。二人は散らばり、大きめの墓石を盾に身をかわす。
「酸? 毒を炎に混ぜて飛ばしているのかしら」
モーションは読みやすい。口を開け、溜めもある。黒い炎に毒液を乗せて飛ばしている、とノゾミは推測した。
問題は攻撃範囲だ。うねる暴風に乗った毒液は、無作為広範囲に飛び散っていく。少量なら食らっても平気だろうか? 馬鹿な。誰が試すものか。
仕方なしに遠巻きにレーザーで牽制する。ボスゴブリンにも致命傷とはならなかったレーザーだ、当然ろくに効いていない。
頼みはメドウスだったが、まともにぶち当てた一発でも、軽くよろける程度のダメージしか与えられなかった。結局その分厚い皮と筋肉に、熱も衝撃も散らされてしまうのだ。
「さーて、困ったわねえ。ちょっと剣じゃ相性悪いかしら」
「ほかに武器はないのかい? 魔法でもなんでもいい、あいつに効きそうなやつは」
「待ってよ、今考えてる。 あー、最悪撤退かしら」
そんなものがあったらとっくに使っている。そもそも準備不足だったのだ。
「あーもう、早く気づきなさいよ!」
フロアに甲高い声が響く。メドウスは最初、ノゾミが叫んだのだと思った。が、声が違う。ノゾミを見ると、あちらも目を丸くして声の主を探している。
「気付くのが遅いのよ、さっきからちらちら飛び回ってんのに。ほら、あなたよあなた。剣を持った、ゴツいガントレットのお姉さん」
ノゾミは慌てて目を凝らす。が、直後、あることに思い至る。
「あの、もしかしてだけど。あ、意味が分からないならいいんだけどさ。……私、モニターが壊れてるんですが、そこに映ってます?」
短い沈黙。
まじで?と聞き返す、とぼけた声。
かまわず炎が飛んでくる。回避、轟音。戦闘は継続中だ。
受け身を取りつつ、転ぶように墓石の間を駆け抜けるノゾミ。その耳に、声が届く。
「あのー、モニタが映らないってことは、今まであたしの姿は見えてなかったんでしょうか?」
うるさい、今忙しい。
ノイズと判断して脳みそから追い出し、レーザーで威嚇射撃を続ける。顔を、目でも狙えば多少はマシだろうか。
まだ何かぶつぶつ聞こえるが、かまってはいられない。大蛇がゆっくりほどけていき、移動を始めようとしている。
突然、彼女が大声を張り上げた。地下墓地内に空気をまるで読まない声が響き渡る。
「皆さん、聞いてください! あたしは可憐な妖精です。この平和な霊廟にすんでいたところ、あの大蛇が住み着いてしまいました。ゼノボアと呼ばれる、太古のモンスターの生き残りです。どうか奴を退治してください!」
「だから、それを倒せずに、こうして困ってんでしょうが」
身を隠したまま毒づく。
「あたしは奴の弱点を知っています」
妖精とやらが、えっへん、と胸を反らしているのが目に浮かぶ。
「奴の心臓にはクリスタルが埋め込まれています。そこを狙えば一発! クリスタルは特定の波長の光に弱いのです。そう、あなたの操るレーザー光線のような!」