06-3
右へ左へと迂回しつつ目的地を目指す。
オウロ山にはいくつもの遺跡があり、そのほとんどは塔型だ。 かつて山自体を砦として使っていた名残らしいが、今となってはただの盗賊の縄張りだ。
ギルドの恒常討伐対象になってはいるが、今回の件とは別である。避けられるなら避けた方がいい。
太陽が西に傾きかけたころ、二人は切り立った岩に挟まれた谷間にたどり着いた。
谷間は空気が違っていた。上からは日が差し込むにも関わらず、樹々は恭しく頭を垂れ、避けるように道を作っていた。
へばりついた苔の上を生ぬるい空気が通り過ぎていく。
奥にいくつもの影が見える。近づくとそれらは、子供の背丈ほどの小さい像だった。
剣や槍を持つものもあれば、祈りを捧げる僧もある。欠けて壊れたものも、作りかけで放置されたようなものも。
身構えるノゾミにメドウスが言う。
「警戒しなくていいよ、これは本当にただの石像だ。遺跡とは作成時期も違うらしい。たぶん、後世の人が安置したんじゃないかな」
打ち捨てられたように像が放置されたその道は、さながら遺体の山が並ぶ古戦場だった。
恨めしそうな顔でこちらをにらむ像と目が合うと、黒い霧が淀んでいるように見えてくる。ノゾミは軽く身震いして、スタスタ先を行くメドウスを慌てて追いかけた。
「ここに来たことあるのよね?」
「一度だけね。あの時は遺跡の調査だった。師匠の手伝いさ」
「へえ、調査団の護衛とか?」
しまった、とメドウスは思った。口を滑らせた後悔ではなく、嘘を告白するときの気まずさから。
もっとも、ノゾミのほうは露ほども気にしていなかったが。
「ごめん、隠すつもりじゃなかったんだけど、魔術師を名乗ったのはつい先月からなんだ。僕の本職は錬金術師さ」
「ふーん、錬金術師って考古学者みたいなこともするのね」
「錬金術ってのは、マナによらない技術全般を扱うんだよ。考古学そのものはまた違うんだけど、古代技術に関してなら、錬金術の分野だね」
最奥には洞窟をそのまま利用した寺院があった。
隠されるように建てられた寺院の入り口で、二人は顔を見合わせ頷き合う。警戒しつつ、ゆっくりと朽ちた重たい木戸を押していく。足元から冷気が広がっていく。
不意にヘッドギアが低いアラーム音を鳴らし、ノゾミの手が止まる。メドウスが目で、何かあったのかと聞いてくる。少しそのまま待ってみるが、結局何も起こらない。
普段の警戒アラームなどとは違う、初めて聞く音声だ。モニタが映れば何か情報があったかもしれないのだが。
「ごめん、大丈夫みたい。進もう」
引っかかるものを感じながら、ここで足を止めるわけにもいかない。
日が傾いていたおかげで、洞窟の中まで光が差し込んでくれた。中は意外に広く、いくつかの像が安置されていた。外のものとは違い、人間サイズのしっかりした出来栄えの像だった。
「いないね、何も」
「それはそれでおかしくない? 何もないなら、なぜ寺院は依頼を出したの?」
「ああ、僕もおかしいと思ってたところだ。少し整理しようか。山全体でゴーストの動きが活発になったらしい。マナの流れが乱れている、寺院の人はそう考えた。だから、山で一番マナの濃いこの霊廟の調査を依頼した」
「濃いの? 私には何も感じないけど」
「そうだ、逆なんだ。ここはマナが薄すぎる。以前来たときはこんなんじゃなかったのに」
ぶつぶつ一人で悩んでいるメドウスとは対照的に、ノゾミの緊張の糸はあっさり緩んでいた。
安置された像を順番に眺めていく。両手に剣を持つ男性像に、顔だけ優しいものの悪魔を踏みつけている女性。この地域の歴史はずいぶんと殺伐としていたらしい。
確かツアーの中には内政チートタイプもあったなと、カタログを思い出す。銃を製造して売りつけて、軍を組織して。今の技術でもできるだろうか?
あいにくそんな知識はインストールされてはいない。
並んだ像の一番右には、小さな扉。手をかけるとギイっと小さくきしんだものの、簡単に開いた。
数メートル先で曲がっており、直接奥は見えないが、うっすら明るくなっているのはわかった。もしかしたら外に抜けられるようになっているのかもしれない。
「この奥には何があるの?」
メドウスは「へ?」と間の抜けた返事。扉があること自体を知らなかったのだ。
悩んでいても仕方がない。とりあえず二人は、奥へ進んでみることにした。