06-2
戦闘自体はあっさりと終わった。三匹目が倒された時点で、シルバーウルフの群れは早々に退散していった。
ノゾミは手早くあたりに敵が残っていないかを確認すると、即座に振り返りメドウスに詰め寄る。
「今の、もう一回やって! こう、手からばーって吹き飛ばすやつ」
メドウスは若干引きつつも、近くでくたばっているモンスターに対し、手のひらを向ける。
ゆっくり頼むわとの注文に生返事をしつつ、手にマナを集中させる。熱風が渦巻き、さっきと同様の赤い揺らぎが生まれた。
いくよ。その言葉で透明の炎は指向性を与えられ、目の前の哀れな死体を貫いた。
「いいかな、これで?」
ノゾミはメドウスが言い終わらないうちにその腕を掴み、死体と右手を交互に見やる。ヘッドギアに手をかけ、操作をする。
カチカチと小さな音は聞こえるが、モニタはノイズとともにゆがんだ砂嵐を映すので精一杯だった。
「さっぱりわかんないわ、どういう仕組みよ、これ」
独り言のようなそのつぶやきに、メドウスは返す。
「君だって使えるだろ、僕よりもずっと高精度の炎が」
それは尊敬も混じったセリフだったのだが、かえって彼女のプライドを傷つけていた。
ノゾミは同様に腕をモンスターの死体に向け、短く一度、レーザーを発射した。発光も揺らぎもない無機質な光線。
ジュッと肉が焦げる音と、一条の煙。
「ほら、そんなに細く炎をコントロールするなんてこと、僕どころか他の誰にだってできない。速度だって見えないくらい――」
「炎じゃないわ、レーザーよ。PK-FN2。武器。わかる? 私の力じゃなくてこの武器の力。普通の人間は炎どころか突風の一つすら起こせないわ。何なのあれは。この星の連中は皆使えるの? いつから? どういう仕組み?」
興奮して一気にまくしたてる。
「君の言うことがところどころよくわからない。なんていうか、炎が使えないのは伝わったよ。そしてたぶん君の知り合い、つまり故郷の人たちも、同じように使えないんだろ。
で、代わりがその、……なんとかいう名前の武器なわけだ」
「ええ、そうね」
「どうやってるのかは説明できるよ。マナを集めて流れを作るんだ。そうすると自然に炎になる。けれど、それが何かって言われたって、炎だとしか答えようがない。
別に誰が作り出したってわけでもないし、自然にあるものだ。動物だって使う。そんなものだとしか言えないよ」
ノゾミは少し考え、また聞く。
「さっきからマナマナ言ってるけど、それは?」
「マナはマナさ。ほら、もうあんまり残っていないけど」
メドウスはモンスターの死体に手を触れる。これも知らないのか? 目で問いかける。
ノゾミはもう一度ヘッドギアを操作する。モニタが使えなくても各種のセンサーは生きている。何かあればアラームが鳴るはずだ。
しばらく待ってみたが沈黙のみで、ノイズすら聞こえてこない。
混乱していたのはメドウスも同じだった。
確かに、街での生活で日常的に使うものではないのだが、冒険者をしていて炎もマナも知らないなんてことがあるのかと。
しかし、目の前の彼女の様子を見ると、とても嘘をついているようには思えない。よほど辺境の地から来たのだろうか。
そうだ、今は先に確認しておかなければならないことがある。
「ノゾミ、今回の依頼は止めにして引き返さないか? 今から行く霊廟だっけ、ゴーストがいるって話だ。ゴーストってのは、マナの塊だ。マナを知らない人間がいくのは危険だ、と思う」
思う、と付け加えたのは、ノゾミならなんとかしてしまいそうだったからだ。
知識がないからといって戦う手段がないわけではない。似たような炎も使える彼女なら、十分にゴーストと戦えるだろう。
それでも万が一ということもある。
メドウスは純粋にノゾミのことを心配していた。
組織の人間じゃあないとか、腕の立つだとか、そんなのはちっぽけなことだ。短い付き合いだが、節々の反応から、メドウスはノゾミのことを良い人だと判断していた。
できればこのまま、長くパーティーとしてやっていきたい。けれど、
「止めない。むしろ行って確かめるべきだわ、今の私にぴったりの依頼じゃない」
そう、メドウスは、彼女が何と答えるかがなんとなくわかっていた。
「そういうと思ってた。いいよ、じゃあ考えよう、無事に帰って来られるように。目的地の霊廟まではまだ時間がある。歩きながら話し合おう。考えられる敵は、ゴースト、盗賊、それとさっきみたいな獣型のモンスター。
君は何ができる? どんなことができない?」
「ありがとう、メドウス。あなた、良い人ね」
何気ない、本心からの言葉だった。
しつこくこびりついていた警戒心や緊張は、いつのまにか雲散霧消していた。
その言葉と笑顔に女性を感じ、メドウスは顔を赤らめた。