06-1
王都ベーメンの南西にあるオウロ山。そこには、古い霊廟が建てられている。
何世代も前は古い王宮があったらしいが、今では荒れ果てて見る影もない。ふもとの寺院が遺跡類の管理をしてはいるものの、山自体の立ち入りは禁じられている。
モンスターと盗賊、そしてゴーストの住処となっているからだ。
「ゴーストねえ」
あからさまに馬鹿らしい顔を浮かべるノゾミだったが、さすがに幽霊なんていないから安心しろとは言えなかった。
理由を尋ねられてもこの星の人間に納得のいく説明なんてできはしないし、結局盗賊なりモンスターなり、敵はいるわけだ。
「まあ、マナのためだと思って、頑張るしかないよ」
「マナマナ言うけど、別にどんな以来でもマナカードは溜まるんでしょ? あーあ、ドラゴン倒して一気に貯めたいなー」
メドウスがノゾミをなだめるが、ノゾミはまだドラゴンに未練があるらしい。
「いえ、そっちのマナじゃなくて、ゴーストの元のほうだよ。ドラゴンを倒すつもりなら、貯めといて損はないでしょ」
微妙なすれ違いに関しては互いに気付かないままだった。
街からオウロ山までは街道が通っており、距離もそう遠くない。ベーメンに来て日が浅いノゾミにあれこれ常識を教えているうちに、すんなりと寺院についた。
依頼主である寺院に軽く挨拶をした後、簡単なものではあるが霊廟までの地図をもらう。
実際に目にしてみると、想像よりもずっと、普通の山だった。荒れ果てているというより、自然に戻っているというべきか。
様々な高さの木々が太陽光を遮り、昼間から薄暗い。 歩くだけなら苦労しそうにはないのだが、自己主張の激しい盛り上がった根は、緊急時にはいやらしく邪魔をしてくるだろう。
幸いにもかつての道の跡くらいは何とか残っている。獣道と間違うようなものではあるが、外れなければ迷いはしないはずだ。
ノゾミはいつものようにアーマーを巡行モードに移行させ、スイスイと登っていく。
「こんな言い方は失礼だけど、えらく体力があるんだね。とても鍛えているようには見えない体なのに」
「ああ、この鎧のおかげでね。体が軽くなるような呪文がかけてあるのよ」
メドウスが驚く。
「珍しい形の鎧だとは思ってたけど、マジックアイテムだったの? へえ、若いのに高価なもの持ってるんだね」
何気のない、しかしちくりと痛い突っ込み。ノゾミがごまかそうとしたその時、ヘッドギアから小さい警戒音。
同時にメドウスも足を止める。
「いくつかマナを感じる。たぶん野生の獣だとは思うけど。いい機会だから、ここは僕にやらせてよ」
身を近くの樹木の陰に隠す。遠くに黒い獣が見える。熊だろうか。回りにもまだ潜んでいそうな雰囲気だ。
「手伝いは?」
「いらない。僕は君がゴブリンを倒したって話を聞いけど、君は僕の戦いを見ていない。力を見せておきたいんだ」
それだけ言うとメドウスは無造作に歩き出す。隠れる様子も武器を取り出す様子も無い。
しかし、素手では無かった。ゆっくりと持ち上げた両手の上で、何かがぼんやりと発光している。
淡い、赤い光。そう、あのときゴブリンが使ったような。
モンスターが顔をあげ、メドウスを見る。向こうからも完全に敵として認識されたようだ。低いうなり声をあげつつ弧を描いて、慎重にメドウスに近づいてくる。
熊のような体型のそれは、軽く上体をもちあげ、二足で立ち上がった。周囲を軽く見渡した後、次はお前だと言わんばかりにノゾミを一瞥して威嚇の唸りをあげる。
そのまま前に倒れこむように四足に戻ると、今度は弾かれた礫のように一直線にメドウスへと向かう。
メドウスは焦る様子もなく左手を横なぎに振る。
熱波が地面を打つ。土がえぐれて飛散する。突進の勢いはそのままに、獣は顔を抑えてぐらつき、方向が逸れる。
その横っ腹に細い腕が向けられる。
指先が蜃気楼のように揺らめいた。
メドウスの髪が風にあおられてふわりと優雅に舞った。金色の髪は、白木のように見えた。
今度はノゾミからもはっきりと見えた。薄赤い空気のゆがみが、獣の腹を食い破るのを。
それを形容するなら、確かに炎と言えるだろうか。
「ちょっと何よ、今の!」
ノゾミが思わず叫ぶ。 メドウスはいきなりの声に驚き、思わず変な声を出してしまった。
それを合図に、遠巻きに隠れて見ていた何頭かの獣が一斉にとびかかってくる。
狼型の獣、シルバーウルフだ。
主に平原に棲む種ではあるが、森にいたのは餌が無かったのか単にまだ森の浅い部分だからなのか。問題はこいつらが集団で波状攻撃を仕掛けてくる、ゴブリンよりもよほど厄介なモンスターであるということだ。
数匹のウルフが向かってくるのと同時に、ノゾミも抜刀しながらメドウスの前に躍り出る。
「なんだよいきなり大声出して!」
「ごめんって。でも、あなたがわけわかんないことするからでしょ! あたしが前衛を引き受ける。そこ、右から二匹。樹上にも一匹いるから気を付けて」
ノゾミは無理に突っ込むことはせず、飛び掛かるウルフを丁寧に剣で受け止める。追撃もしない。
魔術師とやらが遠距離から攻撃できるのなら、そちらに任せた方がいい。
メドウスも意図をすぐに汲み、次に飛び掛かろうと待ち構えているウルフを片っ端から攻撃していく。
即席の連携。
囲まれていても文句を言いあう程度の余裕はあった。むしろノゾミとしては、振り向いて先程の攻撃をじっくり見たいという好奇心を抑える方が苦痛だ。
熱反応があった。腕を構えた直後に急激に高まったそれは、単純なエネルギー量ならノゾミのレーザーを上回るだろう。
前回のゴブリンとの戦いでモニタが死んでいるため、詳細はさっぱりわからない。
ただ一つ言えるのは、この星の科学力でそのような武器が作れるとはとても考えられないということだけだ。