05-2
バルサラと袂を分かってから数日後、工房は火事で焼け落ちた。役人には、実験中の事故と処理された。
メドウスは、例のノートを読みふけっていた。
一番古いページは、バルサラが王宮勤めだったころに書かれたものだ。錬金術師の事故についての記録が羅列してあった。その当時からゆうに30年以上は遡っての記録だ。
確かにバルサラが言っていた通り、理由はばらばらではあるが、件数が多過ぎる。
考察が一言。
「人為的なもの、そして組織的なもの。少なくとも半世紀以上は力を持ち続けている者たちによる。けだし、王家か政府が深く関わっていると考えるのが自然だろう」
その横に、後から書き加えたらしい一文も。インクはまだ新しい。
「私はこれをきっかけに、錬金術師を目指すことを決めた。安定した生活と収入、身の危険、陰謀への興味。色々なものを天秤にかけ、そして好奇心が勝ったのだ」
次のページからは、推理と自分の身を実験台にした調査についての結果がひたすら書かれていた。
最初は、師の敵討ちが目的だった。しかしノートを読んでいくうちに、師の考えがバターのようにメドウスの思考に塗りつけられていった。
師の考察によると、この組織の目的はおそらく技術の発展の阻害。
そう、阻害だ。
つまり、本来、錬金術はもっと発展していたということだ。ならばそれをつぶしたら、たがが外れた世界というのは、一体どう変わっていくのか。その先にはどんな景色が見えるのだろう。
一人の技術屋として、その夢はあまりにも甘美過ぎた。
と同時に、そんなことは不可能だという現実も突き付けられる。
相手はかなりの力を持つ組織。だとしたら自分一人ではどうしようもない。まずは味方を作らなければ。
まずは組織の息のかかった人間ではないという確信。そして力、慎重さ。条件はいくつもある。
この街でそういう種類の人を探すなら、選択肢はそう多くない。
メドウスは導かれるようにギルドの扉を叩くことになる。
ギルドに通い始めてから、わずか三日目のことだった。探し人は拍子抜けするほどあっさりと現れた。
一見して戦士とは思えない、銀髪の美しい女性。腰に差している高価そうな剣は、戦闘用というより儀式にでも使われそうだ。
最近ギルドに現れたらしく、彼女に関してはまともな情報がない。具足の重みで折れてしまいそうな細腕で酒場のテーブルを持ち上げたとか、独特の炎を使う強力な魔術師だとか。
さすがにテーブルの件は尾ひれがついているとしても、ゴブリンの大群をあっさり退治したという話は事実だ。
ギルドとして正式な依頼での話だし、実際に救われたキャラバンもいる。
ここ数日遠目から様子を見ているが、毎日ほぼ同じ時間帯に来て依頼の掲示板を覗き、すぐに出ていく。時折話しかける奴もいるが、彼女は適当にあしらい、自分から話しかけることはほとんどない。
メドウスはすぐに察した。
おそらく彼女には、まだ特定のパーティーメンバーがいないのだろう。
冬が近づき、モンスターの動きは鈍りつある。討伐の依頼は減り、旅の護衛や素材の確保などの割合が増えていく。要するに実力云々ではなく、単純に人手が必要な依頼が増えてくるのだ。
必然的に単独の冒険者が受けられる依頼は減ってくる。
さて、どうやって切り出したものか。メドウスは勇気を出し、話しかけることを決意する。
女の子に声をかけるなんて経験はろくにない。緊張とは別な、嫌な汗が背中を垂れる。
「ごめん、ちょっといいかな」
「……なに?」
返ってきたのは、うんざりしたような冷たい声。「またか、早くどこかへ行け」と言わんばかりの刺すような視線。メドウスは鉄の意志でひくつく口元を押さえつける。
「僕は最近冒険者として登録したんですけど、募集人数が二人とか三人とかばかりで、そもそも受けられる依頼がないんです。皆さん先輩方はそのへんどうしてるのか、良かったら教えてもらえませんか」
先輩方、というところを少しだけ強調してみる。
彼女の表情が少し和らぐ。どうやらナンパとは認定されなかったようだ。
「ええと、それね。ごめんなさい、私も最近登録したばかりなのよ。ほとんどの冒険者は何人かでパーティーを組んでるみたいだけど、急にその輪に入るなんてことできなくて困ってるの」
うん、知ってる。メドウスは心の中で舌を出す。
命がかかった仕事の多い冒険者にとって、メンバー選びは武器を選ぶよりも重要だ。
実力の保証がなければ論外だし、逆に実力だけあればいいわけでもない。
「そうですよね、困ったなあ。とりあえず人数だけでも集めて何か受けないと、宿代もままならなくて」
メドウスは掲示板にもう一度向き合うと、少しわざとらしくため息をつく。彼女は少し考えたあと、口を開いた。
「ねえ、私はノゾミ・ランバードっていうんだけど、良かったら私たちでパーティーを組まない? 二人パーティーなら、受けられる依頼も少しは増えるだろうし」
「本当ですか? ありがとうございます、助かります。僕はメドウスっていいます、魔術師です。炎の扱いならまかせてください」
これは本当だった。
メドウスは子供のころ、近所の老魔術師に魔術の才能を見出され、師事を受けていた。素材の確保などで森にもよく入るため、本職ほどでないにしろ、実戦経験もある。
そんなことよりもメドウスにとって意外だったのは、彼女のキョトンとした表情だった。
「え、魔術師? なんですか、それ」