04-3
乾いた岩山にぎゃーぎゃーとゴブリンの悲鳴が響く。悲鳴は遠く、散発的だった。
日は既に高く昇っており、山脈から吹き降ろす風は赤い砂を巻き上げる。
しけたビスケットを水で無理やり流し込む。下着はじっとりと汗ばんでおり、ひどく不快だった。
例のお嬢さんは釣れただろうか。グレンは持ってきたライフルを点検しながら思案する。
昔の記憶をたどると、プレイヤーが街についてまず立ち寄るのは、酒場か冒険者ギルドのだいたい二択だった。このタイミングで依頼が入れば、高確率でノゾミがいるときに救出依頼が出るだろうとグレンは考えていた。
まあ今回が無理でも構わない、次の手は用意してある。それに、襲撃自体も無駄にならないような仕込みもしてある。
グレンにしてみるとどちらでも良かった。
遠くに砂埃をあげて走る馬が見える。なびく銀髪が輝き、この距離でもわかる。
当たりだ。グレンはほくそ笑む。
どうやら単騎で来たらしく、遠くからじっくりと包囲網を狭めているようだ。焦りも無い、良い攻め方だ。そこでようやく、既にゴブリンの数がかなり減らされていることに気付く。
「なかなかやるじゃねえか、あの動きは戦術AIでも入れてんのか? あれは結構高いんだよなあ」
少しばかり出遅れたかと心配しつつ、下を見る。赤い巨体が目に入る。
「ほう珍しいな、ゴブリンキングもいるのか。あいつは意外と手ごわいぜ。この星の初心者には、特にな」
二者の戦いに興味は湧くが、そろそろ相手の索敵範囲に入るかもしれない。サーモ程度ならゴブリンと人間の区別はつかないだろうが、念のためだ。
高台のため、伏せればさして苦も無く体を隠せる。
グレンは静かにライフルを構える。これもヘイトブリーダーと同じく、若いころに見た映画で使われていた銃を模したものだ。
自ら削り上げた木製の艶めかしいボディラインに、ボルトアクションの面倒くさい機構。へそを曲げた職人を酒でなだめつつ作らせた銃身。
使う機会こそ少ないが、グレンはこの銃をラストカーレスと名付け、いたく気に入っていた。
ノゾミは腕のレーザーでゴブリン狩りを続けている。たまに方向転換はするが、動き自体は直線的だ。距離は300メートル弱。左辺に突き出た岩があるものの、射線はしっかり通っている。東から風、影響は軽微。
左腕に感じる重さが心地よい。
「さて、やるか」
『炎』を使って弾丸を発射した場合、マナが尾を引くように弾道を補助し、弾道の放物線は直線に近くなる。風の影響もほぼ無視できるほどだ。
つまり、モデルとなった実銃よりも狙いが正確である。
狙うのはゴーグル部分。使うのは小型の特殊弾頭。数少ない、グレンの持っている科学の産物だ。
ノゾミが剣を構えてゴブリンに向き直り、一直線に突っ込んでいく。
チャンスだ。
レティクルの端にノゾミをとらえ、一歩先を狙う。焦ることはない。ゆっくりと、確実に。
いつものように、淡々と引き金を引く。タンッと軽快な音が音がして、透明な軌跡が尾を引く。命中。
と同時に弾はほんのわずかに発光し、放電。内部の電子機器を焼き切る。
衝撃で落馬しかけたノゾミだったが、うまく持ち直してその勢いでゴブリンに突っ込む。それを見てグレンは感心した。なかなかタフでうまくやる女だ。
戦闘は継続中だが、長居は無用だった。
命中までは確認したものの、実際にどこまでダメージが与えられたのかを確認する術は、グレンには無い。現時点で彼女の戦闘能力を全て奪うのはまずい、ベストは情報面のみにダメージを与え、相手を盲目にさせることなのだが。
グレンは素早く岩山から降りると、隠していた馬に飛び乗り、南方向へと一直線に離れていった。