2話 ソフィー=ラグナヴェール前編
------ソフィー視点---
わたくしの名前はソフィー=ラグナヴェール。イーシャイナ王国第4皇女です。
年齢は……16歳です。
幼き頃は、よく夢で神様のお告げを受けておりました。ゆえに、わたくしの事を神子と呼ぶ人達もおります。
わたくしの家のラグナヴェール家は代々このイーシャイナ王国を治める王家で、現王のエドモンド=ラグナヴェールはわたくしの父です。そして、お母様のカリーナ=ラグナヴェールと兄であり次期王でもある、第2王子のフェリクス=ラグナヴェールお兄様の4人暮らしです。
第1王子のジョージ=ラグナヴェールお兄様は、3歳の時に病死し、他の第1皇女から第3皇女のおねえ様達は、すでに外国の王侯貴族や国内の有力貴族に嫁いでおられますので、4人暮らしと言う訳です。
今、イーシャイナ王国……と言いますか、この世界は未曽有の危機に直面しております。わたくしが幼き頃、夢で見た魔王が現れたのです。
その魔王軍は自分たちの事をオブリヴィオンと名乗り、この世界におります魔物を操り、略奪や破壊、大勢の人々を殺してきました。そしてこの世界の国々に無理難題の要求をし、拒否すると沢山の魔物を従え攻め入って来るのです。
それは我が国に対しても同じで、オブリヴィオンの総帥アロガンと申します者が、わたくしを差し出すよう要求してまいりました。もしこの要求を受け入れなければ、国を滅ぼすと……
お父様はこれを即座に拒否したため、今この国の南部でオブリヴィオン軍が攻めてきており、イーシャイナ王国軍と激しい戦闘になってしまいました。幸い今のところ、わたくしの国、イーシャイナ王国軍が優勢とのことですが、お父様は大事をとって、わたくしを、アルブ王国に匿っていただくため、我が国の魔法省顧問でもあり、アルブ王国魔法省の大臣のご子息でもある、ニール=ラーキン様の手引により、今まさにアルブ王国に向かっているところです。
わたくしは、ラーキン様と王族専用の箱馬車にのり、他の荷物用の馬車2台と共に、護衛の騎乗した、近衛騎士団の精鋭6名に守られながらアルブ王国を目指しております。後どのくらいで付くのでしょう。
今は丁度、イーシャイナ王国の首都キアの町を出て3日。イーシャイナ王国の首都キアとアルブ王国の首都ラグナは馬車で4日半と聞いておりますので、馬車で後1日半と言うところでしょうか。
◇◇◇◇◇
「姫様……そろそろ休憩をとりましょうか?」
わたくしを気遣いラーキン様がお声をかけてくれました。
「お気使いありがとうございます。大丈夫ですよ。ラーキン様。」
わたくしがラーキン様に微笑むと、
「姫様、ニールと呼んで下さい!とお願いしたはずですよ。」
柔らかい微笑みを浮かべながらおっしゃいました。
「ごめんなさい……ニール様。」
このやり取りに、ニール様と私はお互い苦笑しました。
その時、急に馬車が減速し、停車しました。そのため、わたくしとニール様の体は前のめりになり、座席から転げ落ちそうになります。
「きゃぁ~!!」
思わず声を出してしまったわたくしに、
「姫!お怪我はありませんか!?」
前に倒れそうになったわたくしの体を支えながら、ニール様がおしゃいました。そして馬車の窓を開け、外に居る御者に声をかけられます。
「どうした!」
ニール様に声を掛けられた御者は、指で前方を指し、なにやら「あわわ、あわわ」と言っているだけでした。
「何を言っているのか分らん!!」
すると前方の騎乗した近衛兵の1人がこちらに駆け寄ってきて、
「魔物です。!魔物が現れました。ラーキン殿は姫様を連れて後方に避難してください。」
とニール様に告げ、いちもくさんに前方の方へ向かいます。
他の護衛の近衛兵達も前方へ駆けて行きます。それを見てニール様はわたくしの手を取り、馬車から降りました。
「さあ、姫様こちらへ。」
ニール様に手を引かれ馬車の車列の後方へと移動いたしました。移動する途中、馬車車列の前方に目を向けると、近衛兵達6人と緑色をした魔物2匹……オークでしょうか?の戦闘が見えました。
ニール様は、わたくしの視線を見て、
「おそらくオークでしょう……2匹程度であればすぐに終わりますよ。」
にこやかに、わたくしにおっしゃいました。荷馬車に乗っていたメイド達と合流し馬車の後列の方に避難しました。すると突然、わたくし達の目の前に、黒っぽい紫色の体皮で筋肉質の腕や足、首筋に黒い鱗で覆われた、おぞましい魔物のようなものが現れました。
「がははっ!やはり姫を逃がすつもりだったか……」
その声を聞いてニール様は、さっとわたくしを庇うように前に立ち、
「魔王の手のものか!」
おぞましい者を睨みつけながらおしゃいました。
「うん?魔王……あっ貴様らはそう呼んでいるみたいだな。」
「姫は、わたさん!」
のニール様の言葉に、
「ならば死ね!」
と言い放つと背中の大剣を抜き、こちらに剣先を向けてきました。その時、わたくしとニール様を庇うようにメイド達が短剣を抜き、おぞましき者の前に立ちはだかります。
「ここは、わたくし達が引き受けます。」
「ラーキン様は姫様を連れてお逃げ下さい。」
そのメイドの言葉に、黙って頷くニール様。
わたくしは、ニール様に手を引かれその場から離れます。逃げるわたくし達の後方から、金属が当たる音がしたかと思うと、
”ガキーン””グサ””ドサ”
肉を切り裂く音と何かが崩れる音がしました。
「逃がさん!!」
その言葉に走りながら後ろを振り返るわたくしとニール様の視界に、メイド達を倒し、物凄い勢いでわたくしたちに迫るおぞましき者の姿が目に入ってきました。恐怖のあまり、わたくしは声も出せません。 すると、ニール様は足を止められ、おぞましき者の方に振り返り、左手にはめている指輪の宝石部分に右手の指で触れ、
「Icicle!」
と叫ばれました。
この指輪は、ニール様がお造りになった無詠唱で魔法が発動する魔導器で、魔法名だけで直ぐに魔法が発動する魔道具です。ニール様の周りに沢山の”つらら”が空中に現れ、おぞましい者に向かって飛んでいきます。
それを剣を振るって、すべて粉々にするおぞましき者。
「馬鹿な!Icicleに触れたものはすべて凍りつくはず……」
苦虫をかみつぶすような顔でニール様はおしゃいました。
「へぇへっへ!」
「俺の無敵剣にはそんなちんけな攻撃……効かねーよ。」
不敵に笑いながらこちらを見るおぞましい者。ニール様は即座に左手の別の指輪の宝石部分を撫でられ、
「Pitfall!」
と叫ばれます。するとおぞましき者の足元に大穴が出現いたしました。そしてそのまま、おぞましき者は、
「うわっああああーーーー!!!」
と声を出しながらその大穴に落ちていきました。
「さあっ!姫今のうちに」
わたくしは、ニール様に手を引かれその場を離れます。そして、ニール様は走りながら懐より羽ペンくらいの長さのスティックを右手で出され、それを天高くかざし、
「Trans……」
と叫ぼうとされた時、何処からともなく火球が飛んできて、ニール様のスティックを握る手に当たりました。
「ぐっわぁ!」
火球が当たり、スティックを握る手が焼け、痛みのあまりニール様は、声を上げられ、思わずスティックを落とされました。
慌てて、わたくしとニール様は火球の飛んできた方を見て見ますと……思わず目を見開いてしまいました。
「へへへへっ……手こずらしおって」
そこには、おぞましき者が1匹のオークに助けられ、上半身を穴から出し、空いた右手をこちらに向けた状態で、脇にはもう一匹のオークが立っておりました。
「なっ……なに!騎士たちは……」
「あの世だよ。」
おぞましき者は穴から完全に這いあがり、余裕の笑みを浮かべ言います。
「こいつらは、ただのオークではない!我々の技術で強化してあるからな。」
と言いながら、おぞましき者はニール様の落としたスティックを踏みつけます。スティックは”バキッ”と音をたて粉々になってしましました。
「くそっ!」
ニール様は、がっくり両膝を地面について言葉を吐きました。
「観念せー!!」
おぞましき者は、わたくし達に手に持っていた大剣の切っ先を向けます。ニール様は両膝を地面につき、俯いた状態で左手の3つ目の指輪にそっと口づけをして、
「Surround Shield!!」
と叫び、左手の指輪を指からお抜きになり、おぞましき者に投げつけました。すると、おぞましき者とオーク達の周りにガラスのような壁ができ、彼らをぐるりと囲みました。そして、ニール様はすくっと立って痛む右手を庇うように左手でローブの腰にさしていた杖を抜き、魔法の詠昌を始めました。
その間、おぞましき者達が障壁を叩いております。
「Magic Circle!」
魔法の詠昌を終えたニール様がおっしゃると、わたくしたちの上空に魔法陣が形成されます。そして、さらに魔法の詠昌をつづけられるニール様。その時、”バキッ!””バリバリバリ”と音がします。音のする方にわたくしが目をやると、あのおぞましき者が自分の大剣で障壁を切りつけておりました。
おぞましき者が切りつけるたび障壁にはヒビが走って行きます。もう、障壁が破られるのも時間の問題でしょう。
わたくしは、ニール様のローブを掴みながら、
(勇者様!!わたくしどもをお助け下さい。)
わたくしが、心で祈りを捧げておりますと、”パァ~リ~ン!!”という音とともに、とうとうおぞましき者達が障壁をやぶってしまいました。その時、ニール様が叫びます。
「Transition!!」
わたくしとニール様の体が魔法陣の方にスーと吸い込まれていきます。その時、わたくしのスカートの裾をガチっと捕まれました。見るとあのおぞましき者がわたくしのスカートの裾を掴みニタっと笑いました。
「キャァ~~~!!」
わたくしは大声で叫びます。
(勇者様~!!!たすけてぇ~)
わたくしが強く心で思った時!わたくしの体から何か巨大な力のような物が抜ける感覚があったかと思うと、わたくしの体が光、その光が魔法陣と交錯し、魔法陣が雲のようにみるみる変わって行きます。
”ビリビリ~”
おぞましき者が掴んでいたわたくしのスカートの裾が破れ、わたくしとニール様はそのまま雲のような者に吸い込まれて行きました。




