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2015年/短編まとめ

作者: 文崎 美生

ゆるゆると流れていく川のように、サラサラと落ちていく砂時計のように、ゆっくりゆっくりと、でも確実に失っていくものを感じていた。

体の真ん中辺りに、のんびりと生まれる穴がある。


ゆっくり、確かに、着実に大きくなっていくその穴は、本当なら目で見ても気付かない穴だった。

それが何でこんな風に広がったのか、自問自答してもきっと欲しい答えは出て来ない。

今ではすっかり、その奥の景色が見えてしまうくらいに広がる穴。


恐る恐る手を伸ばしてみた。

掴めるものは何もなく、その穴を通る風が手を撫でていくのを感じる。

呼吸は苦しくない、体は動く、ちゃんと考えられる。

だから大丈夫。

自分の胸を叩けなくて、穴に手を当てた。


昔から人と接するのが苦手で、自分の領域に入られるのを極端に嫌っていた気がする。

今もそれは変わらずに、むしろ悪化の一途を辿っているところ。

年々上手くなるのは、相手の考えを少しでも読み取ろうとする力や、愛想笑いばかり。


手の甲で頬に触れる。

その奥の表情筋は、決して柔らかいわけじゃなくて、無理矢理動かすせいで引き攣っていた。

体の真ん中辺りに空いた穴は、それを感じるだけでもゆっくりと広がる。


「しんどー」


ほろり、と溢れる言葉に感情は乗らない。

言葉として吐き出されるだけで、誰かに届くこともなくて、またしても穴を広げた。

塞がることのない穴は、ただただ、広がるだけ。

体を逆に飲み込もうとしているようだった。


そもそも何でこの穴が出来たんだっけ、と初めて違和感を感じた日を思い出す。

ゆっくりと再構築されていく記憶の中では、私がある一つの枠からはみ出しているのが見えて、何となく原因を感じ取れてしまう。


仕方のないことと言うのは、この世界にはいくつもあって、どうしようもないことは、山ほどあるのだ。

だから私のこれも仕方のないことで、どうしようもないことなのだろう。

最初からその枠の中に、収まれなかった私が悪いのだ。


そのせいで穴が出来たのだとしても、その原因は私にあって、私が悪いことになる。

私が私であることが、そもそも全ての原因だ。


胸の間に指を這わせる。

人間らしい一定の鼓動を感じれば、生きている、を実感出来た。

まだ、私は生きている。

心臓が動いていて、自分で考えて行動に移せるはずなのだ。


涙腺が消えてなくなったように、もうしばらく泣いていない。

静かに目を閉じて、自分の体に空いた穴を思い浮かべてみても、涙なんて出て来ない。

泣けなくなったのは、こうして穴を意識するようになってから。


目を閉じて想像の世界で穴に触れる。

何も無いそれは、別に何の感触もしないし、特に何かあるわけじゃない。

本当にただの穴。

その穴は私の体を食い尽くして、いつか私が穴になるんだろう。


ゆっくりゆっくり、気付いた時には手遅れなんだろう。

きっと、そうだ。

生きているという主張を聞きながら、またしても穴が広がったような気がした。

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