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04 未熟なバイク乗りとその状況がおこる確率のこと

バイクに乗っていると『転倒』以外にもトラブルに遭遇します。

今回は私が遭遇した『転倒』以外のトラブルのうちの一つについてです。


 2輪車、3輪車、4輪車。

 数は違ってもそれらの乗り物はタイヤを回して走っている。

 しかし、内側に空気を入れるタイプのタイヤの場合、ふとしたことでその用を成さなくなることがある。

 それが、パンクだ。

 かなり大雑把にいってしまうと、一部のものを除いて、タイヤはゴムで出来た風船のようになっていて、中に空気を詰め込んでその形や大きさをとらせている。

 では、詰め込んでいた空気が抜けてしまったら?

 誰でも解る答えだが、タイヤは潰れる。

 タイヤが潰れるとその乗り物は著しく機能が低下してしまう。

 意外にもこのゴムでできた部品は力持ちなのだ。

 普通のセダンタイプの4輪車なら約1.6トン、1600キログラムもの重量をたったの4本で支えている。

 では、この力持ちが1人いなくなったら?

 答えは車輪の数によって異なる。

 4輪車は、パンクの症状にもよるが、意外と走れてしまう。

 勿論、ずっとではない。空気が抜けきってしまえば硬い鉄やアルミのホイールと路面の抵抗でタイヤが裂け、走れなくなる。

 では、2輪では?

 2輪でも、やはり症状にもよるが、しばらくは走れる。

 ただ、4輪よりも短い距離で走れなくなってしまう。

 4輪車は1つのタイヤがパンクしても、残りの3つのタイヤがある程度車体を支えてくれる。

 しかし2輪車は、空気の抜けたタイヤが、残るもう一本のタイヤとともに車体を支えなければならない。

 これはおそらく重心の位置が問題なのだろう。

 あまり難しい理屈は解らないが、4輪車の方が長い距離を走れるというのは経験で知った事実だ。

 では、そうなってしまった時どうしたらいいのか?

 4輪車は比較的簡単だ。

 なぜなら、予備の部品、スペアタイヤを持ち歩くことが出来るからだ。

 さらにその構造上、スペアタイヤとの付け替えも専門的な技術や知識が無くともなんとか出来る。

 対し、2輪車はどうだろう?

 2輪車、バイクはスペアタイヤを持ち歩くことが出来ない。予備のタイヤを担いで走っているバイクを見たことがあるというヒトはあまりいないだろう。

 勿論、いないとは言わないが。

 また、バイクのホイールにはブレーキやチェーンなどの部品が一緒になって繋がっている。4輪車のようにネジを緩めてポンと外すという訳にはいかない。整備技術に自信の無い初心者にとってはこの辺りも敷居が高い。

 さて、ではどうするのか?

 途方に暮れるしかない。

 勿論、早い段階でパンクに気が付いていれば、パンク修理剤や空気を入れ直しながら走るという方法もある。

 だが、抜けきってしまっては打つ手が無い。

 その時の私は、まさにこの状態だった。

 走行中に腰の下に違和感を感じ、首を傾げながら減速を始めると、リアタイヤがいきなりズルリと横に踊った。

 慌てて路肩に寄せて停車し、リアタイヤを振り返ると…‥

 すっかり空気の抜けたタイヤがホイールから外れかけていた。

 ここで2輪車の場合はどうするのかの答えに戻る。

 途方に暮れるのだ。

 まず、周りを見た。

 『栃木県道11号線』と道路わきの標識に書かれている。

 路肩の向こうは斎場のようで、広い駐車場が見えた。

 どうしよう。

 バイクから降りてタイヤをもう一度見た。

 裂けてはいないが、空気がすっかり抜けてホイールから外れかけている。隙間から内側のチューブも見えた。

 車載工具と私の整備技術でどうにかなる状態とは思えない。

 天を仰いだ。

 いやダメだ、こんなことをしていてもどうにもならない。

 私はまず携帯電話を取り出し、インターネットに接続して、現在地と、近くにバイクショップがないかを調べた。

 今いる場所は、数年前にラムサール条約の指定を受けた広大な湿地帯を有する『渡良瀬遊水池』から北に数キロの地点。

 近くにバイクショップは無かった。

 ここから自宅までまだ1時間はかかる。

 押して帰るというのもだいぶ無茶な選択だ。

 路肩の縁石に腰を下ろし、ペチャンコになったタイヤを眺め、大きく息を吐いた。

 私のバイクは、自転車のようにタイヤの内側にチューブが入っているタイプのものだ。ここでベテランのバイク乗りなら、手早くタイヤを外し、内側のチューブを修理して、また走り出せるのかもしれない。

 しかし、バイクに乗り始めて1年程度の初心者である私には、当然ながらそんな技術はなかった。

 太陽はまだ私の斜め上にいるが、時計の針はすでに午後3時を指している。

 季節は10月。

 これから陽が傾いて暗くなるまであっという間だ。

 どうするか決めなくては‥。

 私はまず携帯電話で妻に連絡をした。

 帰りが遅くなるのは間違いない。

 暗くなっても帰って来なければ、また心配をかけることになる。

 電話に出た妻は、ケガは無いか? 自分はどうしたらいいか? とやはり色々と心配してくれた。

 私は、大丈夫だと答え、少し帰りが遅くなるが心配いらないと伝えた。

 さて、どうするか。

 どうにもならなければ、ここから一番近いバイクショップか、どこか一時的に預かってくれるところまで押すしかないが。

 その前に出来ることは…‥。

 ここまで考えて、そういえば…と、財布の中のカード入れを調べてみた。

 そこに目的のモノはあった。

 昨年の春、家族用のミニバンを買った時、ディーラーでJAFに加入をしていた。その会員カードだ。

 確かJAFはクルマでもバイクでも対応してくれた筈だ。

 カードの裏にフリーダイヤルの番号が書いてある。

 電話をかけてみた。

 しばらくして機械音のアナウンスが流れる。

 どうやら混みあっているようだ。

 一度電話を切り、呼吸ひとつ待ってもう一度かけてみる。

「はい、JAFロードサービス・コールセンターです」

 今度は繋がった。

「すみません、バイクがパンクしてしまって、走れなくなってしまったんですが…」

 私は担当の女性に現在の状況を説明した。

「バイクのパンクですね? かしこまりました。では…」

 女性は今いる場所、バイクの車種とパンクの状況、JAFカードの会員番号などを訪ね、私は周囲の建物や自分のバイクなどを確認しながら答えた。

「…サービスカーが到着するまで40分ほどお待ちいただくことになってしまいますが、よろしいですか?」

「はい、よろしくお願いします」

 私は礼を言って電話を切った。

 バイクの横でヘルメットを傍らに置き、再び縁石に腰を下ろす。

 大きな溜息がひとつ漏れた。

 とりあえず現状から脱出できそうなことへの安堵。そしてこうなるまでパンクに気が付けなかったことへの後悔。その二つの意味が合わさった溜息だった。

 あと40分か。

 もう一度、今度は少し冷静になって周囲を見回した。

 バイクを止めた路肩の向こうは、斎場だ。広い駐車場があり、その向こうに建物の入口が見える。

 路肩とはいえ、少しの間バイクを置かせてもらうことを断わった方が良いだろうかと、そちらに行ってみた。

 休日のため、入口は閉まっていた。

 人はいるようだが、出てくる気配はない。

 まあ、敷地外で40分程度なら邪魔にはならないだろう。

 トイレを借りたかったが、諦めてバイクのところに戻る。

 そういえば、少し戻ったところに小さなガソリンスタンドがあったな。

 バイクの状態をもう一度確認し、スタンドまでトイレを借りに行くことにした。

 10分もあればトイレを済ませて戻って来れるだろう。パンクしたバイクがその間に無くなるかもしれないというのは、心配のし過ぎというものだ。

 少し風はあるが、天気は悪くない。

 スタンドまでの往復の間にも県道を何台ものバイクが通り過ぎていった。

 時計を見る。

 まだ15分程度しかたっていない。

 こういう状況での時間というのはいやに長く感じるものだ。

 私は携帯電話を弄りながら、バイクの隣りに腰を下ろして時間をやり過ごした。

 しばらくしてJAFのマークを付けた自動車用の大きなトランスポーターがやってきた。

 まだ30分も経っていないが、急いで来てくれたようだ。

 私は頭を下げ、それに対してサービスマンはにこやかに「大変でしたね」と言いながら、手早くバイクを大きな荷台へ載せてくれた。

 近くのバイクショップまで運んで修理ということになるらしい。

 トランスポーターの広い荷台に250ccの小さなバイクが1台だけ載っている光景はちょっと不思議な感じだった。

「どちらまで行かれるんですか?」

 バイクを載せ終わるとサービスマンにそう聞かれた。

「埼玉県の○○なんですが…」

 答えた私に、サービスマンはうーんと唸った。

 聞いてみると、ここから近いバイクショップが無いのだそうだ。私が帰る方向で修理が出来そうなところを考えてくれているらしい。

「佐野市まで戻ればバイクショップがあるんですけれど、逆方向ですよね?」

「そうですね…」

 うーんとまた彼は悩み始める。

 当事者の私以上に真剣に悩んでいる彼を見ると、なんだか申し訳ない気持ちになった。

「佐野市のバイクショップで大丈夫ですよ。すぐに修理できなかったら電車で帰りますから」

 そう答えたが、頭の隅では家に着くのは何時になるだろうかと不安になった。

 しかし彼は、

「いや、それじゃ大変ですし…でも他にバイクショップは無いし…‥、そうだ、すぐに修理できるか電話で聞いてみますね」

と慌ただしく電話をかけ始める。

 数分後、佐野市のバイクショップに部品の在庫があることが確認でき、修理も30分程度で出来ることが分かった。

 私が礼を言うと、反対方向になってしまって申し訳ないと逆に謝られてしまった。

 その後、佐野市のバイクショップに向かったが、トランスポーターは細い道をいくつも通りながら走っていく。どうやら近道をしているようだ。

 到着して料金を聞くと、15km以内なので会員の方は無料ですと笑顔で返された。このための近道だったらしい。

 私のバイクを降ろして次の現場に向かっていくトランスポーターを、心から感謝しつつ見送る。

 バイクショップの店員も、大変でしたねとすぐに修理に取り掛かってくれた。

 修理をすすめていくと、タイヤから3cm程の長さのクギが出てきた。

「コレが刺さってました。走っているうちにどっかで拾っちゃったんですね。パンクってしない人はまったくしないんですけど、運が悪かったですね」

 言われて、確かにそうだな、と思った。

 私の知人のライダー達でも、パンクを経験したという話しは聞いたことが無い。それが二十数年もバイクに乗っているライダーでもだ。

 非常にまれな確率のことだが、たった1年たらずの運転期間で経験できたことはいい勉強になった。

 バイクに関する知識不足、トラブルに対応する技術不足、そしてバイクに関わる人達の心遣い、今日一日でいつものツーリングよりたくさんのことを経験し、思い知り、感じた。

 なかなか経験できない確率の、でも身近なトラブル。

 この経験を経て、私はまた少しだけ一人前のバイク乗りに近付けただろうか。

 さあ、もうすぐ作業が終わる。

 家族が待っている我が家へ帰ろう。

 少し遠くなった道のりを、私の大事な相棒と共に。

この時は佐野市の北を走った帰りだったのですが、なかなか大変でした。

佐野市のバイクショップと言われた時は、すごろくで○○マス戻るを出した気分でしたね。帰宅時にはすっかり真っ暗。

しばらくの間は走っていてもリアタイヤの挙動が気になって仕方がありませんでした。パンクはもうこりごりです。

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