03 2つのタイヤで走るということ
バイクはコケる乗り物です。
今回は私の転倒についてのお話しです。
11月27日 一部を修正しました。
バイクは乗り物として不完全な機械だ。
それは機械単体では自立すらできない。
曲る時には搭乗者が体重移動しなければ曲がれず、ほとんどの車種にはバックギアすら付いていない。
そして見れば解ることだが、一部の特殊なモノを除いて、バイクのタイヤは2つだけだ。
つまり、バイクは当然のことのように転倒する。
その機械はライダーの存在があって初めて乗り物として成立し、ライダーはバイクを構成する部品の一つになる。
だが、ライダーは人間という不確定な要素を持つ構成部品であるため、ミスをする。
すなわち、コケるのだ。
私の相棒スーパーシェルパも、私という不出来な部品をつかまされたおかげで、幾度も地面に寝転がることになった。
クラッチレバーが折れ、ブレーキペダルが曲がり、フェンダーにはキズがついた。
部品としての私は、実に出来が悪い。
初めて転倒したのは、赤信号でのことだった。
余裕を持ってブレーキをかけ、ギアを1速に落とし、停止する。
その瞬間、左足がステップに引っ掛かった。
支えが得られなかったバイクと私は、そのままゆっくりと左に倒れた。
停止状態であったため、ライダーの怪我は軽かったが、バイクの方はクラッチレバーを折った。
バイクで転んだ時の気持ちというのは、人それぞれだと思うが、その瞬間はおそらく一様に、著しく判断力が低下する。
本来、転倒してしまった時にはまず自分の怪我などを確認し、安全を確保した上でバイクを移動するべきだと思う。
しかし、その瞬間のバイク乗りはナゼかボロボロの体のままでもバイクを優先させてしまう。
勿論、体が動かせる場合に限るが、多少の怪我ではなぜか自分のことよりもバイクの方が先になる。
この時も、私はあたふたとバイクを起こし、路肩に動かして一通りバイクのダメージを確認してから自分の体を見た。
大きなケガはない。
ただ、精神的にはショックだった。
左側だ。
どうしても左側、特に左足が私の、文字通り足を引っ張る。
自分の体でありながら、咄嗟に動いてくれないというか、一瞬のタイムラグのようなものが生じてしまう時があるのだ。
そして、結果として大切な相棒にキズをつけてしまった。
やっぱりダメなんだろうか?
大怪我をする前に辞めておくべきなのか?
そんな思いが心の片隅に湧き上がる。
しかし、首を振って大きく一つ息を吐いた。
このバイクに乗ると決めた時から、私の中の理由も、この先やることも決めた筈だ。
このバイクと走り続ける。
転んでも起き上がってまた走ればいい。
私は折れて短くなったクラッチレバーをなんとか操作し、家に帰った。
部品を取り寄せ、自分でレバーを直す。
これを教訓にナックルガードも取り付けた。
これでレバーはもう大丈夫だろう。
こんな風に少しずつ部品を変え、修復し、メンテナンスをしながら相棒と自分の体との距離を近づけていった。
しかし、バイクはあくまでも機械だ。
雑な操作をすればその関係はすぐに破綻する。
ある日、河川敷に降りた私は何も考えずにアクセルを開いた。
そこはフラットだが乾いた砂利の路面。
途端にバイクのリアタイヤはグリップを失い、私程度の技術ではコントロールすることも出来ず、転倒した。
瞬間、呼吸が止まった。
右胸の脇を打ったようで、電気か針をあてられたような痛みが走った。
数秒で呼吸が戻る。
そのままの体制でエンジンを切り、とりあえず起き上がろうと体を起こした。
起き上がれなかった。
右足がバイクの下敷きになって挟まっている。
なんとかその場でもがいて足を引き抜き、サイドスタンドを出してから改めてバイクを引き起こした。
たかだか110kgしかない軽量級のバイクが、ズシリと重たかった。
ダメージを確認する。
ハンドル回り、タイヤ、フレーム、エンジン回り、OKだ。バイクにはダメージは無いようだ。ブレーキペダルが少し内側に曲ったが、引っ張ると元に戻った。
他にダメージは? と見て、ジーンズの膝が切れているのに初めて気がついた。
大して痛みは無い。すり傷程度だろう。先ほど打った右脇は、大きく呼吸をすると痛むが、打ち身くらいか? 骨まではいっていないと思う。
他は…‥右足首が少しおかしい。
捻ったようだ。
今のところ、あまり痛みはない。
しかし、捻挫というのはだんだん痛くなってくる。
自宅までは1時間程度の距離。
私はバイクにダメージが無かったことにひとまず安堵し、今度は慎重にアクセルを操作しながら帰宅の途についた。
途中からだんだん右足が痛み始める。
家に帰りつく頃には、ブレーキペダルを操作しようと曲げ伸ばしする度に歯を食いしばらなければならないほどの痛みが出た。
苦労してブーツを脱ぐ。
右足首がポッコリと腫れあがっていた。
過伸展による捻挫。バイクに挟まれた際におかしな角度で伸ばす形になってしまったのだろう。
すぐに腫れた足を冷やし、テープで固定をした。
若い頃にスポーツのインストラクターをやっていたことがあり、ケガの対応は心得ていた。
こうしたケガをする度に、もっと技術を身につけなくてはと思う。
思うけれども、この時はバイクが壊れなくて良かったと心から思った。
これもバイク乗りの正直な気持ちなのだろう。
結局、捻挫は軽度で、バイクに乗れるように回復するまで2週間程度かかった。
2週間後にはテーピングで固定したまま、またバイクを構成する部品の一つになる。
不出来な部品だが、相棒は文句一つ言わない。
セルボタンを押すと一発でエンジンが目を覚ました。
バイクに乗れることがただただ嬉しかった。
たった二つのタイヤで走るということ。
それがこれほどに楽しいということ。
痛い思いもする。
辛い思いもする。
でも、その機械にとっては私が必要であり、私にとってもそれが必要である。
私たちは、たった二つのタイヤで走る、バイクであり、バイク乗りであるのだから。