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01 そのバイクに乗ると決めたこと

私の今の相棒を選んだ訳ですかね


12月2日 画像を追加しました。

 別にバイクに強い憧れがあったという訳ではない。 

 まあ、人並みに若い頃は50ccのスポーツバイクを乗りもしたが、わざわざ免許を取りに行くほどでもなかった。

 それが、40歳にして教習所に行き、それまでより少しだけ能力の落ちた身体で教習を受け、免許を取った。

 さすがに大型までは必要無いと普通二輪免許を選んだが、乗り始めてみると免許だけは取っておいても良かったのかななどと思うようになるから不思議なものだ。

 とはいえ、私の小遣いの範囲では大型バイクは維持できない。車検も要らない250ccがお似合いといえばお似合いだろう。

 そうして選んだのが、身長が低くとも足が届き、筋力の落ちた私でも扱いやすいほどに軽いトレールバイクだった。

 トレールバイクは、見た目はいわゆるオフロードバイクだ。

 しかし、モトクロスをやるような車高の高いバイクではなく、サスペンションを柔らかく設定して足つきを良くし、林道などを走りやすいように作られている。

 ヤマハのセローという車種が有名なようだったが、私はあえてカワサキのスーパーシェルパというあまり聞かない車種を選んだ。

 理由は、カンのようなものだ。

 販売店で展示されていたセローとスーパーシェルパを見て、ピンと来たのがそのバイクだったのだ。

どちらも中古車だった。

 セローはキレイで、性能も良さそうで、乗りやすそうに見えた。シェルパは店の奥の方に薄汚れて埃をかぶった状態で置かれていた。

 どちらも250cc。

 セローの方はまだ年式も新しく、機能的に見える。

 一方、シェルパは一世代前といった外見だった。

 私は、薄っすらと埃をかぶったその緑色の車体が妙に気になった。

 まだ走れるぞ。

 まるでそう言っているように思えた。

 一瞬、リハビリをしていた自分の姿が重なる。

 そうだな、まだまだこれからだよな。

「すいません、そのバイクなんですが…」

「どういったバイクをお探しですか? こちらのセローなんか入ったばかりでかなりお買い得ですよ」

 店員にはセローをすすめられたが、カワサキがいいんですよと言うとひとつ頷いてこれも良いバイクですよとシェルパを見せてくれた。

 カワサキ車を選ぶ客はこだわりを持った人が多いようで、セローをしつこくすすめられることは無かった。私自身は別にこだわりがある訳ではないのだが。

 店員が埃を拭きながら見せてくれたそのバイクは、製造から10年以上経っていたが、走行距離はそこまで伸びていなかった。事故のあとも無い。値段もセローより手頃だった。

「これをお願いします」

 そう言ってから3週間ほどで、隅々まで整備をされたそのバイクは、私のもとにやってきた。

 キレイなライムグリーンだった。

 新品とは違う、年月を重ねたモノだけが持つ、力の抜けた自然体のたたずまいがあった。

 よろしくな。

 バイクと私のお互いが、無言のままそう思ったように感じた。もちろん、私の勘違いかもしれないが。

 しかし、跨ってセルボタンを押すと、バイクは見事に応えた。

 若く荒々しい音ではなく、落ち着いた静かな鼓動だ。

 ゆっくりとアクセルを開ける。

 静かな動き出しから、穏やかだが力強い加速が始まる。

 強烈ではない。だが、グッと加速するたびに胸にくるものがある。

 病気以降、飛んだり走ったりといった激しい動作は出来なくなってしまった。

 身体全体の動きが繋がらないのだ。

 走ればバタバタとぎこちないロボットのような動きになり、ジャンプしようとしても上手く踏み切れない。

 何もいまさらスポーツ選手になりたい訳ではないし、身体を動かす仕事をしている訳でもない。

 ただ、少し前まで普通に出来ていたことが、思うようにできない事がもどかしく、悔しいのだ。

 自らに対する諦めと哀しみと怒り。

 自分のことを若いとも思っていなかったが、これほどまでに自分の意識と身体のバランスが崩れるとは思っていなかった。

 こうして少しづつ歳をとっていくものなのだろうか?

 たとえそうだとしても、もう少しやれるはずだ。

 まだやれる。まだまだ出来る。

 そんな思いでバイクの免許を取った。

 しかし、相棒となったそのバイクの、緑色の車体に跨って感じたのは、そんなこととはまるで違うことだった。

 気持ちいい。

 アクセルを開けるたび、足下のエンジンが応える。

 バイクと一緒に加速する。

 身体全体で風を感じながら、グッと加速するこの気持ち良さ!

 40歳での病気と、後遺症とも呼べないようなわずかな不便さなど、すっかりどこかに飛んでいってしまった。

 人生の半分、折り返し地点でちょっと転んだようなものだ。

 こうしてちゃんとバイクで走っていられる。

 バイクの操作もきちんと出来るし、問題無い。

 なら、転んだって起き上がってまた走り出せば良い。

 転んだくらいで終わりにしてしまえるほど、この気持ち良さはちっぽけなものじゃない。

 わずか250cc、缶ジュース1本よりも小さな容量の単気筒エンジンがこんなにも気持ち良いなんて…。

 知らなかったことだ。

 他にもきっと知らなかったことがたくさんある。

 このバイクに乗って走っていれば、もっとたくさんのことがわかりそうな気がする。

 走り続けていこう。

 このバイクと一緒に。

 出来なくなってしまったことをいつまでもくよくよ考えているよりも、もっと新しいことを教えてくれる筈だ。

 きっと……この相棒なら。

挿絵(By みてみん)

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