16 風の手のひら
バイクを運転している時に感じる風についてのお話しです。
バイクは世界とつながったまま加速する。
雨が降れば雨粒をその身に受けながら、夏の日にはヒリヒリと焼ける様な陽射しを浴びながら、バイクはバイク乗りと共に加速を繰り返す。
その時、あなたは何を感じているだろうか?
熱さだろうか? それとも寒さ?
いや、どんな時でも常にその身に感じるモノが他にある筈だ。
それは風。
クルマや電車では感じることの難しい、時にやさしく、時に乱暴に、バイク乗りの体を叩いていく風。
私たちの周りにごく当たり前に存在するこの空気が、前方に向かって加速を始めたバイクとバイク乗りを相手に、姿を変えていく。
風の無い穏やかな冬の日。
ウェアを着込み、グローブをし、ヘルメットを被る。
バイクの背に跨り、セルボタンを押してエンジンを始動する。
クラッチレバーを握り、チェンジペダルを踏み込むと「カッ」と1速にギアの入る音がする。
緩やかにアクセルを開き、クラッチレバーを開放。
スピードメーターの表示が徐々に上がっていく。
暖かさすら感じられた冬の陽だまりの空気が、ヒューと音をたてて風に変わる。
前方に向かって加速するほどに、後方に向かって空気が流れていく。
ヘルメット越しに聞こえるのは、両足の間のエンジンの音、後方に吐き出すマフラーの排気音、そして全身にあたる空気が風に変わるヒューという音。
左足でチェンジペダルを蹴っ飛ばし、2速、3速、4速、5速とギアを上げていく。
暖かく見えていた空気はチェンジペダルを蹴り上げるたびに冷たい風へと温度を下げ、スピードメーターの数字に合わせてビュービューと声を大きく変えていく。
ハンドルを持つ手の指先が冷たく、次第に痛いほどに冷えていく。
体に当たる風はカミソリのように鋭利に、冷たく、ウェアの隙間から体を切りつけようとしてくる。
ギアをさらに6速に上げ、メーターの数字が3桁になる頃には、カミソリは力強い手のひらのようになってウェアごとバイク乗りの体を叩き、ヘルメットを後方に押しやろうとする。
しっかりとハンドルを握っていなければ、見えない手のひらの力に負けて上半身は起き上がり、ヘルメットごと首をかちあげられてしまう。
前方の空気は透明の壁に変わり、バイク自体をそれ以上加速させまいと立ちはだかる。
バイク乗りはそんな中を、顎をひき、へその下に力を込め、しっかりとハンドルを握ってアクセルを開く。
ヘルメットの外では空気がゴーゴーと叫び声を上げ、ウェアの上からところ構わずぶつかってくる。
それでも、バイクは風を切り裂いて加速する。
濃密な空気の中を、フロントタイヤの先端で切り裂いて、前へ、さらにその先へ。
…やがて、アクセルを緩めて減速を始めると、ヘルメットの向こうの叫び声は徐々にトーンを落としながらヒューという歌声に変わり、体を叩いていた力は、友人の肩をたたく様な親しいものになる。
カタチを持って、バイク乗りのすぐそばを通り抜けていく透明な空気。
それは見えない手のひらだ。
嬉しい時。
楽しい時。
ちょっぴり悲しい時。
アクセルグリップを握る私たちの気持ちに応えるかのように、時に励ますかのように、姿を変えていく。
春の陽射しの中をゆっくりと流す時それは、「いい天気だな」、「気持ち良いな」、「のんびり行こうぜ」、「景色がキレイだな」と優しい声のように軽やかに体に触れていく。
少しイラついてアクセルを大きく開いた時、「おいおい、そんなにラフにして大丈夫か?」、「いいぜ、ぶっ飛ばしてやなことなんて忘れちまえ」、「冷静になれよ」と目の覚めるような力強さで体中を叩く。
バイク乗りの気持ちに応えるバイクの周りに当たり前に存在し、バイク乗りの気持ちを映し出す空気。
それが風という手のひら。
さあ、風を感じよう。
空気を切り裂いて、後方に吹き飛ばせ。
その先に、バイク乗りを歓迎する見えざる手がハイタッチを待っている。
寒い日にバイクに乗ると風が痛いですよね。
それでもバイクには乗るんですが、体に当たる風をこんな感じに考えて、1人でヘルメットの中でニヤニヤしてしまいます。
ちょっと変態ですね(;^_^A