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とある王女の恋物語・番外編

女王様からのお裾分け

作者: 藍田 恵

成人したばかりのケイトのお話。

「ねぇ、ケイト」

「なあに、マイリ?」

 一番下の妹との散歩は、ケイトにとって良い気分転換だ。

 すぐ下の妹達とは違って、幼いマイリはケイトをもう一人の母親だと思っているようなふしがある。

 実際、長の妻は忙しい。

 家事や子育てに加え、村の婦人達との集まりにも参加しなくてはならない。

 あの母は一体どうやって、6人の子供の子育てと両立してきたのだろう。

 今年成人を迎えたケイトは、もう一人前の女性と看做されて母親の仕事を少しずつ引き継いでいる。

 家事はもちろん、婦人会の手伝いにも呼ばれるようになった。

 女性が少ないから、日々の悩みや家事・子育ての智恵などを分け合うことは大切なこととされている。

 お茶を飲みながらの雑談は、子供の頃は遊んでいるように見えたものだが、実は真剣な情報交換の場であったことをケイトは知る。

 実際、ケイトはこの集まりで色々なことを知った。

 娘の数が多い長の家はこの国の中でも珍しい家であり、長には娘達への求婚の許可を求める者が国の内外を問わず後を絶たないらしいのだが、長がなぜか頑として断り続けていることとか。

 ケイトが成人したのに自由でいられるのは、長の跡を継ぐからだとか。

 セレナは母の若い頃にそっくりだとか。

 ジェスの作る木苺のパイは、どの家のものよりも美味しいこととか。

 そして双子のように一緒に育ったサラとエリーは、王族に嫁ぐんじゃないかしらとか。

 この仮説は両親の結婚の事情を考えたら、充分に頷ける話のようだった。

 だから長が娘達への求婚の類いは一緒くたに断っているのだと村人は思っていること云々。

 家にいただけでは決して耳に入らない事実や噂話に、ケイトは目を白黒させる。

 そしてマイリの面倒を見ながら、今の自分の年に母はもう自分を身籠っていたのだと思うと、ちょっぴりの焦りも出てくる。

 しかし娘達への求婚を断っているだけあって、長は成人前のケイトに結婚のことを仄めかしたことは一度もない。

 結婚については無理強いはしないから、好きな若者が現れたら結婚するがいい、と今のマイリくらいの年の頃に言われたきりだ。

 当時まだ3つの娘に何を言っていたのだろう、あの父は。

 まぁ、もう少し世の中を見ておきたいから、父の気持ちは有り難いのだけれど。

「ケイト。このあいだサラに木苺がたくさんある場所を教えてもらったの。この近くなんだよ」

「へぇ。そうなの?」

「うん。いーっぱいあったから、たくさん食べたの。お土産にもって帰ろうとしたら、そっちの実はもう少し待ってからのほうが美味しくなるよ、ってサラが言ったの。だから、もうすこしになったから、取りに行こうよ」

 少し文法がおかしい話し方にケイトは微笑む。

 サラにはなぜか、食べ頃の木の実や果物を探し当てる才能があった。

「サラがそう言うなら、もう食べ頃ね。どう行けばいいか分かる?」

「うん」

 マイリはケイトの手をきゅ、と握り直し、力強く引く。

 マイリに教えるくらいだから、木の上とか崖の側ということはさすがにないだろう。

 サラもすごいがマイリの記憶力もすごかった。マイリは一度連れられた場所なら迷うことなく再び訪れることが出来た。

 獣道けものみちよりも分かりにくい草の間を掻き分けて、マイリは大粒の美味しそうな木苺がたわわに実る繁みにケイトを案内した。

 苺は食べ頃に熟れて、見るからに美味しそうだ。

「いいのかしら…」

 ケイトは思わず呟いていた。

「どうして?」

 マイリは不思議そうにケイトを見る。

「こんなに見事な木苺は、森の女王様のものなのではないかしら」

「大丈夫だってサラが言ってたよ」

「サラが?」

「うん。女王様のものだけど、特別に分けてくれるって言ったんだって。だから、次に来た時は、女王様にありがとうございます、って言うのを忘れないでねって」

「誰がサラにそう言ったのかしら?」

 マイリはうーん、と上を見て、しばらく考える。

「…えーと、分かんない。でも、次に来た時はパイが作れるくらい持って帰ろうって言ってた!」

 もしかしたら森の精なのかもしれない、とケイトは思う。

 どちらにしても、この森も森の女王の支配下なのだ。妖精達の力が強い場所だから、あまり人は足を踏み入れない方がいいのだろう。

 でも。

 ケイトは思わず微笑む。

 いかにもサラが言いそうなことだ。子供の頃は、まさに今のようなことをよく言っていた。

「じゃあ、先にお礼を言って、それから採りましょうか。女王様、ありがとうございます」

「ありがとうございまーす」

 ケイトは実をひとつ採って、マイリの口に入れた。

「どう?」

「美味しいよ! ケイトも食べてみて」

 今度はマイリがケイトの口元に木苺を差し出す。ケイトはぱくり、と口に入れると、目を輝かせた。

「うん。…本当、美味しい! サラにもお礼を言わなきゃね。それから、この場所は女王様の秘密の場所だから、サラ以外の人と来るのはこれきりにしましょうね」

 言ってしまってから、ケイトは自分で驚いた。

「サラと一緒ならいいの?」

「え…ええ」

「じゃあ今度はサラと来るね!」

 何の疑問も感じずにそう言うマイリに、ケイトは微笑んでみせた。

 女王様の秘密の場所だなんて、サラと一緒だったらいいなんて、どうして言ってしまったんだろう…。

 私、そんなこと言うつもりなんか、これっぽっちもなかったのに。

「ケイト。エプロン広げて。はやくはやく」

「あ、うん」

 マイリにせがまれて、ケイトはエプロンを広げた。


今度はセレナとジェスの話が書きたいな〜。

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