第三話
次の日、僕が学校へ行くと彼女-西條氷華はまたもや靴箱の前にいた。
「今日は何の用なのかな?」
僕は少し戸惑いながら彼女に話しかけた。
「この前のお詫びをしたいって昨日言ったと思うんだけど昨日は結局何もしてないなあと思って。」
どうやら彼女は義理堅い性格らしく、どうしてもお詫びがしたいらしい。僕は彼女に言われるまで一昨日のことなんて忘れていたわけだが。
「お詫びなんていいよ。それにね、あそこはあまりいい写真は撮れないんだ」
僕はそう言ってその場を辞そうとしたが、彼女はそれでも僕の手を引いた。
「おばあちゃんが言ってたの、どんな形であれ人に迷惑をかけたら誠心誠意お詫びをしなさいって。さあ、何でもするから言って」
彼女はどうしても引く気はないようで、上目遣いで僕の顔をまじまじと見つめた。
「あのさ、僕たちって初めて会ってからまだ三日のはずだけど、どうしてそこまでできるかな。もしかしたら僕はキミに悪いことするかもしれないよ。そういうことは考えないの?」
すると彼女は不思議そうな顔をして、首を傾げた。
「う~ん、なんでだろう。だって、大哉くんそういう人には見えないし」
僕は呆れてものも言えない。顔を押さえて天を仰いだ。純真無垢な彼女は依然不思議そうな顔をしている。このまま放っておいても仕方がないので、不本意ではあるが彼女に一つお願いをすることにした。
「わかった。じゃあキミの写真が撮りたい。これでいいかな?」
「え?」
彼女はいきなり素っ頓狂な声を上げた。
「そんなことでいいの?てっきり、君を抱きたい、とか、胸を触りたい、とか言われると思ったのに」
僕は彼女と出会ってからもう何度目かもわからない溜息を洩らした。
「さっき、そんな人には見えない、って言ったのはキミなんだけどねえ」
確かに彼女はパッと見てスタイルがいい。ウエストはしっかり引き締まっているし、半袖セーラー服から見えるその腕は艶やかで健康的だ。だから僕は、彼女を「風景」として見たかった。
「あはは、ゴメン。もちろんそれぐらいなら大丈夫だよ」
彼女は前屈みになって僕に微笑んだ。
そのかわいらしい笑顔はまるで爽やかに吹き抜ける夏の海風のようだった。
全国の高校どこでもそうであるように、うちの学校の屋上も立ち入り禁止だ。だが、どこかの阿呆が屋上のカギを力づくで壊して屋上に入っていたらしく、それがそのまま放置されているので、実際は誰でも入ることができるようになってしまっている。
僕と氷華は6時限目の授業が終わると、夕方の屋上に向かった。4階から続く階段を上り、もはや役に立たない鍵を外し、屋上の扉を開いた。
扉を開けると、炎-まさに炎のように燃える夕陽がそこにはあった。網状の柵からこぼれ出づる陽は、氷華の黒髪を赤く照らし、その情景はまるで一枚の絵画のように見えた。
「キレイだね、大哉くん」
彼女は柵のほうに歩みを進めると、夕陽に背を向け微笑んだ。
彼女の言うように、夕陽そのものも綺麗だが、陽の光を湛えた彼女もまた美しく、その情景は写真家にとってはまさに絶好の標本であった。
自分の眼の前で手でレンズを作り、彼女に向かって構える。僕はその「風景」に、思わず喉を鳴らした。
人と風景との「融合」これが僕の求めていた最高の写真だ。氷華と夕陽はまさに融合していた。
「ありがとう、キミのおかげで久々にいい写真が撮れそうだよ」
僕は独り言のようにそっとつぶやき、カメラを構えた。
すると彼女は僕の方を振り向いて静かに微笑んだ。
お待たせしました第三話です。
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