Seven Days・diary
「ぅえーん、あー」
あ、誰かが泣いている。小さな女の子だ。
どうしたの?
あれ……。あなたどこかで会ったことある?見覚えのある顔―。
ん? 女の子の後ろから男の子が。女の子と同じくらいの年。
女の子に何か話しかけてる。
「どうして泣いているの?」
女の子が不思議そうに顔を上げた。
「あなたは……誰?」
「僕は巧真。君は?」
「私は美代」
美代……私と同じ名前だ。
そういえば、この風景見たことある。
一面の向日葵畑、おばあちゃん家の近くだ。
「美代ちゃんはどうして泣いていたの?」
「おばあちゃんとはぐれちゃって」
あれ、私も同じ様な体験をしたことがある。
もしかしてこれって……
「じゃあ僕が一緒に探してあげるよ。だから泣かないで」
「うん! ありがとう巧真くん」
私の記憶……?
「美代ちゃーん、美代ちゃーん」
おばあちゃんの声だ。私を探してる。
「よかったね、見つかって」
「ありがとう、巧真くんのおかげだよ」
「僕は何もしてないよ。さぁ、おばあさんの元に行くんだ。もう大丈夫だろう?」
「え……、一緒に来てくれないの?」
「僕はここまでだよ。さぁ……おばあさんが探している」
「そう……。私、明日もここに来るね! また会おうね!」
「あぁ、もちろん」
そう言ってお互い手を振り合い、私はおばあちゃんの声のする方へ走って行った。
そうだ、これはすべて私の幼い頃の記憶だ。
忘れていた……大切な思い出。
なぜだろう、思い出したら凄く会いたくなった。
たくま、巧真
「巧真っ」
あれ、ここはどこ?
……って自分の部屋か。
ベッドの上にいるってことわぁー
当たり前だけど今のは夢ね。
それにしても、やけに鮮明に覚えている。まるで記憶の一部を切り出し映像として見たような……不思議。
「よし、決めた。向日葵畑に行こう」
私は部屋を飛び出すと階段を駆け降りた。
「お母さん! 私おばあちゃん家に行く」
「バタバタ降りてきたと思ったら……いきなりどうしたの」
「おばあちゃん家にしばらく泊まりたいの。夏休みだし良いでしよ」
「はいはい。今おばあちゃんに電話で聞いてみるから」
お母さんは鬱陶しそうにしつつもちゃんと私の願いを聞いてくれる。お母さんのそんなところが私は好きだ。
少ししてお母さんは受話器を置いた。
「良いですよ、今日からでも是非来てねって。もう一人で電車乗り継いで行けるでしょ。荷物準備して行ってらっしゃい」
「ありがとう!」
「遊んでばっかいないで、勉強やおばあちゃんのお手伝いもするのよ」
「はーい」
私は階段を駆け上がって自分の部屋に入ると、急いで荷物をまとめた。
三十分後―
私はキャリーケースに荷物を詰め、手提げに勉強用具を入れ、肩掛けのバッグに財布等の必需品をしまうと部屋出た。
階段を、キャリーケースを抱え一段一段気をつけて降りていると、お母さんが下で待っているのに気がついた。
私は階段を降り終わるとお母さんに駆け寄る。
「ちゃんと準備出来たよ。手提げには勉強用具もしっかり入れたからね」
「偉いわね。後もう一つ、これを持って行って」
そう言ってお母さんは私の頭に何か乗せた。
「これって……」
「美代はよく外に遊びに行くからね、それがあった方がいいでしょ。特におばあちゃん家の方は日差しが強いから」
手にとって見るとそれは麦わら帽子だった。それも、私の好きなデザインでとっても可愛い。
お母さん、こんなものまで用意していてくれたんだ。
「ありがとう……。大事にするね!」
「大事にするのはいいけどちゃんとかぶってよ。この前美代に似合うと思って買ってきたんだから」
「もちろん! じゃあそろそろ行くね」
「ええ、行ってらっしゃい」
私はお母さんに大きく手を振った。既に帽子は頭の上だ。
「行ってきまーす」
私は勢い良く玄関を飛び出した。
電車に揺られること3時間。
やっとおばあちゃん家がある町の駅に着いた。
まぁ住所上は町だが、はっきり言ってここは田舎。誰もが想像する町とはひと味もふた味も違う。
「はぁー、やっと着いた。長かったなぁ、この道程」
私が駅から出て伸びをしていると、少し離れたところで見覚えのある顔が手を振っていた。
「おばあちゃん! 迎えに来てくれたの」
私が駆け寄るとおばあちゃんはニコニコ顔で頭を撫でてくれる。
「美代ちゃんのお母さんから電話でね、今家を出たから三時間後に良かったら駅まで迎えに行ってくれないかって頼まれちゃって。そしたら美代も喜ぶからって」
お母さん…。そんなとこまで気を使ってくれたんだ。
「大きくなったねぇ」
「えへへ、もう何年ぶりになるかな。私が今中学三年生で十五歳、前来たのが…」
「五歳の頃だからちょうど10年ぶりね」
「十年か、長いなぁー」
「おばあちゃんにとってはたいしたことないよ。その何倍も生きてるからねぇ」
「へぇー、私もいつかそう思える時が来るかな?」
「どうかな、美代ちゃんは時間を大切にするからね」
「んーよく分かんないよ、時間を大切にするって?」
「大丈夫、いつか分かる日が来るよ。さぁ、おばあちゃんの家に行きましょう。美味しい西瓜を用意しておいたからね」
「やったぁ!おばあちゃん大好き」
私は無邪気に飛び跳ねながらふと思った。
十年……。
それだけの間があるのだから、巧真がここにいるとは限らない。それに、私のことを覚えているかどうか。
けど、なぜだろう。あの場所、向日葵畑に行けば絶対に会える気がした。覚えていてくれる気がした。
だって、私がここに来たのは巧真に呼ばれたから。
巧真が夢の中で私を呼んでいたんだ。向日葵畑で、またあの頃みたいに遊ぼうゃと。
二十分後―
「やっと着いたー」
私はおばあちゃん家の玄関でそう叫んだ。
「お疲れ様。すぐに西瓜を用意するから手を洗って待っていてね」
おばあちゃんは疲れた様子を一切見せずさっさと台所に行ってしまう。
私も負けていられないな、と思いキャリーケースを抱えて部屋の中へ入っていった。
「いただきまぁす」
私はそう言うと早速西瓜にかぶりついた。
「んー!ひんやりしてて凄く美味しい。甘くてほっぺもとろけちゃうよ」
「まぁまぁ、それはよかった。そういえば美代ちゃん、朝ご飯はちゃんと食べたの?」
「うん。お母さんが電車の中で食べなさいって、パンを持たせてくれたから」
「それはよかった。朝早くに家を出たみたいだったから少し心配でね」
「えへへ、実は私も忘れてて。お母さんが持たせてくれなかったら朝ご飯抜きだったよ」
「あらあら、お母さんに感謝しなきゃね」
「うん。お母さんには色々お世話になってるからなぁ、私お母さんがいなかったらどうなってたか」
「良いお母さんね」
「私お母さんのこと大好き。怒ると怖いけど」
そんなたわいもない会話を楽しんでいたらあっという間に時は流れた。
「そろそろお昼ね。素麺でも作ろうかな」
おばあちゃんが台所に向かったので私もついて行く。
「おばあちゃん、私も手伝うよ」
「あらそう。ならお箸と器を出してもらおうかな」
私はおばあちゃんの指示に従って色々なことを手伝った。
「美代ちゃんが手伝ってくれたおかげですぐに出来たわ。さぁ、食べましょ」
夏に入って、我が家でも何回か食べたことのある素麺だが、おばあちゃん家で食べるとまた違った味わいがあった。
私は素麺を食べ終わると、食器を洗ってからおばあちゃんに言う。
「この近くに向日葵畑ってあるよね。今から行っても良いかな」
「まぁ、よく覚えてたわね。もちろんいいわよ、行き方は分かる?」
「それがよく分かんなくて……」
「大丈夫、ここのすぐ近くだから。玄関を出てね、右に真っ直ぐ進んで行くとあるわ。おばあちゃんはこれからお買い物に行かなきゃだから一緒に行けないけど、大丈夫よね?」
私は大きく頷いた。
「うん!ありがとう。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
私は持って来ていた肩掛けの鞄を下げておばあちゃん家を後にした。
十分後―
「はぁ……近くって言ってたけど、案外遠いんだな」
私はやっと向日葵畑に到着した。
体中汗まみれだ。
「こんな時のために、これがあるのよね」
私は鞄から汗拭きシートを取り出し顔から腕から足まで念入りに汗を拭き取った。使用した枚数正味5枚。
しかし、流石に外なので背中や何かは拭けない。ワンピースを着ているので余計にだ。
「こんな時はこれね」
私は次に、携帯用冷却スプレーを取り出す。
そして体中に吹き掛けた。
髪にはそれ専用の、パチパチ鳴る例のあれを使ってじっとり感を消す。
「これでやっとさっぱりね」
私は気合いを入れると、向日葵畑の中へ入っていった。
向日葵畑の中は、向日葵が影を作ってくれているおかげで涼しかった。
風通しも良いので吹き抜ける風が心地よい。
しばらく向日葵畑の中を歩き回った。しかし巧真君らしき人は見つからない。というより人一人見当たらない。
「やっぱ無謀だったのかなぁ」
そう思い諦めかけた時だった。
ガサッガササ
どこからか向日葵の茎をかき分ける音が聞こえた。
その音に耳を澄ませていると…
真後ろで音が止まった。
私はそっと振り返る。期待と不安がいれ混ざっているというのはこんな気分のことか。
振り返った視線の先にいたのはー
「巧真……君?」
どこか夢の中の男の子を思わせる男の人だった。
その男の人は驚いた顔をして私に尋ねる。
「君……誰? どうして僕の名前を知っているの」
…………
そうだよね、十年も前のこと覚えてるわけないよね。
私だってたまたま夢を見て思い出しただけだもの。
それなのに巧真が呼んでる! とか調子乗っちゃって……馬鹿みたい。
でもどうしよう。我慢しようと思っても泣けてきちゃう。
こんなんじゃ、変な人って思われるだけなのに。
「どうして泣いているの?」
……えっ、このセリフ。あの夢と同じ。
「ごめんね、悲しませちゃって。ちょっと冗談言って驚かせようと思っただけなんだ。許してくれるかい?美代ちゃん」
私はもう一度振り返る。
この男の人は私の名前を知っていた。さっきのは冗談だと言った。
この人は私の知っている巧真君で、巧真君は私を覚えていてくれた。
「ほん……とに、巧真君なの?」
「あぁ、僕は君の知っている巧真だよ」
ダメ、また泣いてしまう……。でもこれは、さっきとは違う、喜びの涙。
「会いたかった。貴方に会いに、ここまで来たの」
「僕もだよ。ずっと君に会いたかった」
巧真君は私に向かって両手を広げた。私は巧真君の胸に飛び込む。
「不思議…。私ね、今日まで巧真君のこと忘れてたの。けどね、私達が初めて出会った日のことを夢で見て、そうしたら凄く会いたくなった。今まで忘れてたのが分からないくらい懐かしかった」
巧真君は私を優しく抱き締めてくれる。その体はとても温かい。
「僕は美代ちゃんのこと一時も忘れたことないよ。あの日の思い出は、僕にとって掛け替えのないものだから」
ずっとこうしていたいと思った。けど、そういうわけにはいかない。
私は巧真君の腕からそっと抜け出す。
「ねぇ、私巧真君に出会えたららやりたいことがあったの。凄く単純なことなんだけどね……またあの頃みたいに、向日葵畑を駆け回って遊びたいなって」
「僕も、美代ちゃんと遊びたい。色々話したり、また二人で何かしたい」
「やった! 私ね、外で走り回るのとか大好きなんだ。巧真君と一緒ならもっと楽しいし」
私がくるくる回っている、と巧真君は少し恥ずかしそうに頬をかいた。
「その……巧真君って言うの、流石にもう中三だし止めないか? せっかくまた会えたんだし、仲良くなった印に呼び捨てにしない?」
「あぁ確かに、君付けだとちょっとよそよそしいね。じゃあ私のことも美代って呼んでね、巧真」
「了ー解! 美代」
お互いに笑みがこぼれてきた。
「ハハハ……。そうだ、もう気付いてるかもしれないけど、ここは初めて美代に会った場所なんだよ」
「え! そうだったの……全然気がつかなかった。でも広い向日葵畑よ、どうしてそんなことが分かるの?」
巧真はいたずらに笑って見せる。
「さぁどうしてだろう」
「あっ、ずるーい! 教えてくれてもいいでしょ」
「ヒントはこの場所の特徴かな」
「特徴……?」
私は辺りを見回して、そして記憶と照らし合わせる。
あっ……分かったかも。
「この、一部だけ向日葵が咲いていない場所。向日葵畑の真ん中で、ここにしかない。そうだ、私はここで泣いていた」
「正解。僕らが見つけたんだよ、ここにしか向日葵が咲いてない場所がないってことを」
「そうね、そうだったわ。私ったら色々忘れてる……恥ずかしいなぁ」
そう言って、私は手を握り自分の頭にその手をやった。軽く舌を出し、おどけたふりをする。
けど心の中はそんなお気楽でいられなかった。
巧真は全てを覚えているのに、私は一部しか思い出していない。
巧真はー……
「大丈夫、安心して」
いつの間にか巧真が私の目の前に着ていた。
そして私の頬を両手で包み込み、そっと額を私のそれに当てた。
「僕だって全てを覚えているわけじゃないし、美代が急に色々思い出せるわけでもない。少しづつ、一緒に思い出していこう。二人で過ごしていれば何かの拍子に思い出すよ、さっきみたいにね。だから…そんな悲しそうな顔しないで。僕の一番苦手なものは、君の悲しい顔だよ」
そうか、巧真は全てお見通しなんだ。いくら隠そうと思っても隠し切れない。
巧真には敵わないなぁ。
「ありがとう巧真。その言葉を聞いて安心出来たし、私に悲しい顔は似合わないんだなって分かったよ。うん……笑える、私笑えてるよね」
額から体温が遠ざかり、巧真は私の目を見つめた。
「あぁ、僕が一番好きな顔だよ」
そうだ、あの時も言っていたな。
"僕は笑顔が一番好きな表情なんだ"って。
忘れていたけど思い出した。巧真といれば、きっといつか、全てを思い出すだろう。
「ねぇ巧真、私しばらくこっちにいるの。だからその間は……一緒にいてくれる? 私は全てを思い出したいんだ。そして、それをお土産に私の町に帰る。また来年の夏、ここに来るまで忘れないから」
「もちろんだよ。また明日もこの時間、僕はここに来るよ。明後日も明々後日も、美代がこの世界にいる限り」
「世界だなんて、ちょっと大袈裟じゃない?」
「そんなことないさ、ここは美代の世界だよ」
「それだったら巧真も一緒。この向日葵畑は、巧真と私の、二人だけの世界でしょ?」
巧真は少し間を開けてから、どこか悲しそうにこう答えた。
「うん……そうだね」
ねぇ巧真、どうしても分からないことがあるの。けどね、これを聞いてしまったら、貴方がいなくなってしまいそうで怖い。
ねぇ、巧真……。
貴方はどうして、そんな悲しそうに、笑っているの?
「大変、もうこんな時間」
遊び疲れて、ふと空を見上げると、太陽は西の山へと潜りかけていた。
「夏は日が長いのに、太陽が真上に昇ってから西に潜るまで、一瞬だった気がするわ」
「そうだね、美代と遊んでいると、いつだって時を忘れそうになる」
「私もよ……あぁあ、もう帰らないといけないなんて、嫌だな。時が流れるのって、とっても早くて遅いんだから」
ふと巧真は空を仰いだ。どこか遠くに思い馳せているような、そんな顔。
「誰だって思うことだね。けど、凄く矛盾している。正反対の意味なのに…」
独り言のように呟く巧真。
ねぇ……
どうしてそんな切ない顔をしているの?どうして今そんなことを、貴方は思っているの?
問うのはいつも心の中。言葉になんて、出来ないけど。
だから私は平静を装う。
「人の感情なんて、矛盾だらけだよ。そういえば今何時かな」
私は鞄から携帯を取り出した。
「えーっと……」
「七時十五分くらいかな」
巧真が笑顔でそう言った。視線は私の方に戻っている。
私は、当たってたら凄いなぁと思いつつ携帯の時間を見る。
「……凄い、ほとんどピッタリだよ。今十四分だもん」
「惜しいなぁ。美代が後一分時間を気にするのが遅ければビンゴだったのに」
「えーなにそれ、私のせいみたいじゃん」
私は頬を膨らませる。
「ごめんごめん、冗談だよ」
「全く、あんまりからかわないでよね」
「からかってなんかないさ。ただ美代の反応が可愛いから」
「そういうの、からかってるって言うんだよ」
「えー」
「えー、じゃない」
私が手を振り上げると巧真は両手で頭をかばった。
私は手を振り下ろす! もちろん本気で叩くつもりなんてないし、叩いたわけでもない。
振り下ろした手で巧真の腕を掴んで私の方に引き寄せた。
そして、掴んだのとは反対の手で携帯を構える。
「はい、チーズッ」
ルリリン
携帯特有のシャッター音が鳴り響く。
「せっかくだから、記念に写真撮りたくて。ビックリした?」
「あぁ、腕掴まれた時は何事かと思ったよ」
「あー、私が本気で叩くと思ったでしょ。私そんな暴力的じゃないもん」
「分かってるよ」
巧真は私の頭に乗っている帽子を外すと、2回撫でた。
私は上目遣いで巧真を睨む。
「本当に?」
「本当だよ、僕のこと信じれない?」
「そんなことはないよ」
そう言うと、愛しそうに私の髪を梳いて帽子を頭に戻してくれる。
もしかして否定したら帽子を返してくれなかった?
まぁそんなことどうでもいいか。
「じゃあ私はそろそろ帰るね。おばあちゃんが心配しちゃうから」
「あぁ、気をつけてな」
「うん。また明日、今日と同じ時間に来るね」
私は後ろ歩きで、小さく手を振りながら遠ざかる。巧真は男らしく大きく手を振った。
「了解!じゃあまたな」
私は向きを変えて走り出す。それでも巧真は手を振り続けた。
多分、私が見えなくなるまで手を振っていてくれた。
次の日、また次の日と私は向日葵畑に通い続けた。
午前中はおばあちゃんのお手伝いをして、お昼ご飯を食べたらすぐに向日葵畑へ向かう。夜は学校の宿題のノルマを終え、幼い頃からの日課である日記を書いてから眠りにつく。そんな充実した毎日を送った。
長っかった向日葵畑までの道も、3日目にはもうすっかり慣れてしまった。向日葵畑の真ん中に行くのも、初めは手探り状態だがいつの間にか体が覚えていた。
そんなある日、私はおばあちゃん特製スペシャル西瓜を持って行った。
「巧真ー、おばあちゃんが西瓜くれたの。一緒に食べよー」
私がそう巧真を呼んでいると、少しして巧真が現れた。
「今日は遅かったね、いつもは先に来ているのに」
「僕が遅いんじゃなくて美代が早いんだよ」
「そういえば、今日は早くこれを食べたくて走って来たかも。そうそう、おばあちゃんが西瓜をくれたの、一緒に食べよ」
私は手に持っていた風呂敷を地面に置いて広げた。
中には、お皿ごとラップに包まれた西瓜4分の一サイズが二つある。
「おばあちゃんが畑で作ってるんだけどね、凄く美味しいの。はい、巧真の分だよ」
私はラップを外すと一つを巧真に差し出した。
「ありがとう。いい色をしているね」
「でしょ、味も最高なんだから。一口食べると果汁が口いっぱいに広がってー…。まぁ兎に角食べてみてよ」
「うん!」
シャリッ
美味しそうな音が私の耳に届く。
巧真は目を丸くして大きく頷いた。
「やっぱり美味しいなぁ。何とも言えないこの甘さ、流石手塩に掛けて作られただけある。お店じゃこんなの食べれないよ」
「でしょ! って、今やっぱりって言った? 巧真っておばあちゃんの西瓜食べたことあるの!?」
私が無邪気にそう問い掛けると、巧真はしまったという顔をすると、慌てて顔の前で手を振った。
「ち、違う違う。見た目からして美味しそうだったからさ、やっぱりって言ったんだよ」
「あ、なるほどね」
「そんなことより、美代も早く食べなよ。せっかくの西瓜を虫に食べられちゃうよ」
「大変!それは困るわ」
私はもう一つの西瓜を手に取って頬張った。
「んー美味しい!!」
私は頬を押さえて笑顔でそう叫ぶ。私流最大級の美味しいジェスチャーだ。
巧真も西瓜を食べながら時折感心したように頷いた。
お互い西瓜を食べ終わるまでしばらく無言だったが、私は西瓜をかじりつつあることを考えていた。
あの"やっぱり"の言い方、どう考えても今までに食べたことのある言い方だった。もしそうだとしても何等問題はない。
おばあちゃんが西瓜を地域の人に配っていたら、巧真はこの辺に住んでいるのだからおかしくないはずだ。
なのに巧真は誤魔化した。本当に巧真が答えた理由で"やっぱり"と言ったのなら、あんなに慌てる必要はなかった…と思う。
いきなり問われてビックリしたからと言っても、あそこまで……。
巧真は私に、何か隠しているのかも。
この時私は、既に何かを、感じていたのかもしれない。けど、真実を知る勇気は、まだ私には無かったのだ。
私がおばあちゃん家に来て、今日でちょうど七日目だ。
いつものようにお手伝いをし、おばあちゃんお手製の美味しいお昼ご飯を食べて家を出る。
「毎日毎日通って、本当に向日葵畑が好きなのねぇ」
おばあちゃんが家を出る前にそう言った。おばあちゃんはいつも玄関まで来て私の見送りをしてくれるのだ。
「うん! 大好きだよ、向日葵も…」
巧真も。
たとえどんな隠し事をしてようと、私は巧真が好きなんだ。そう気付いたのはつい3日前、頭の中で巧真のことばかり考えていることに気が付いてからだけどね。
「気をつけて行ってらっしゃいね、帽子も忘れないで」
「大丈夫だよ、ここは車が少ないし皆良い人ばかりだから。ちゃんと帽子もかぶったし。じゃあ行って来るね」
「行ってらっしゃい」
私は玄関の戸を閉めると、いつものように走り出した。
今日は少し早いかな。
向日葵畑に着く前、携帯で時間を確認すると今までその場所を通る時間より十分ほど早かった。
よぉーし! いつも私がからかわれてばかりだから、今日は早くあの場所に着いて巧真を驚かしてやろう。
そんな無邪気なことを……
呑気に考えている時だった。
後一本道を越えたら、すぐそこには向日葵畑が広がっていた。
その道を渡ろうとした時だった。
……――――パアン
結果的に、私がそこを渡れたかどうか、いまいち分かっていない。
ただ、渡ろうとした時に凄い早さでその道から自動車が曲がってきて……
気付いた時には目の前にそれがいた。
世界の全てが真っ白になって
その中で一際輝くものが私の名前を呼んでいた。
美代……美代……!
……巧真の声だった。
私はその輝くものに向かって手を伸ばした。中々掴めなくて必死になった。
掴めなかったら…私はこのまま白い世界から出られない気がした。もう巧真に会えなくなると思うと、これ以上ないくらいに怖くなった。
だから必死に手を伸ばした。その輝きも私に近付こうと頑張っていた。
やっとの思いで輝きに手が届くと、それを掴む前に、私より少し大きな手で握られた。とても温かくて…冷たい手だった。
その手は私を引き寄せると抱き締めた。私は大きな体に包み込まれ、心の底から安堵した。
……そのまま意識は遠ざかっていった。
「美代、美代っ」
いけない、巧真が呼んでいる。目を開けなきゃ。
巧真、今日も沢山遊ぼうね。巧真、巧真ー
「巧真っ」
私は飛び起きた。ここは…向日葵畑真ん中の空き地?
巧真はすぐ隣りに座っていた。そしてまた悲しそうに微笑んでいる。
今なら聞けるかな…その笑みの訳を。
「どうかした?」
「えっ―」
「僕を呼んでいたじゃないか」
私は"巧真"と声を出していたことに気付き無性に恥ずかしくなった。
「あぁー、あれはそのっ、あの」
色々まくし立てようとして、結局出てきた言葉はあのとそのだけ。また恥ずかしくて手で顔を覆った。
「そんなに照れなくてもいいじゃないか。美代の可愛い顔を見せてくれよ」
巧真はそう言って頭を撫でた。可愛いとかいうから余計恥ずかし……
「もう少しで離れなければいけないんだから」
―えっ……今なんて。
巧真? 離れるってどういうこと?
「嘘……よね?嘘と言ってよ!」
私はさっきまでの恥ずかしさがなんかなかったかのように、今は焦っていた。叫んでいた。
「そう言う時点で、美代は僕がどんなに危うい存在か気付いているんだろ」
……確かに違和感は感じていた。でも、離れるなんて!
「どうして急に……今までは普通だったじゃない」
「急じゃないよ。僕は美代の命を救った、それがきっかけだ。神様がくれたリミットなんだよ」
「どういうこと?」
私の頬は、既に涙でぐしゃぐしゃだった。そんな私を巧真が優しく抱き締める…。気を失う前のあの感じと同じだ。
そのまま巧真は静かに語り出した。
「もうとっくに気付いていたかもしれないけど……僕は一か月前に死んでいるんだ。決して治らない、不治の病だった」
本当は、初めて美代と会った時既に余命を宣告されていた。というより、大人達の会話を聞いて知ってしまった日に美代と出会ったんだ。
あと一年も生きられない。あの日医者はそう言っていた。
けど僕はほんの一か月前までこの世界にいたんだよ?宣告されたのが五歳の時だから、10年近く長生きしちゃったんだ。
でもね、そう出来たのは美代のおかげだと思うんだ。あの日、美代と一緒にいたら凄く元気が出た。次の日病院に行くと不治の病のはずなのに良くなっていたんだ。それからもみるみるうちにね。
学校にも通えるようになって、運動だって沢山した。友達だっていっぱい出来たんだ。
それもこれも全て美代のおかげだって僕はずっと思ってる、今もね。
三か月くらい前から急に発作が出てね、少しずつ少しずつ病が体を蝕み始めた。きっと神様が"お前は十分長生きしたからそろそろ休め"って言ってたんだろうね。不思議と苦しくはなかったのさ。
ただ一つ心残りがあるとすれば、たった一人の命の恩人である美代に、まだ恩返しをしていなかったことだ。
僕は死ぬ寸前までそのことが悔やまれてならなかった。
死ぬ前に、どうか美代に会わせて欲しい。会ってありがとうと伝えたい。頭では無理だと分かってるのに、心ではずっと祈っていた。
そしたらね、死んでしまい、空に還る僕の前に神様が現れて、一回だけ機会をくれたんだ。
……美代に会って恩返しをする機会を。
死ぬ寸前まで何かを成し遂げたかったって強く思っていた人の前に、気紛れに姿を表して機会をあげてるんだって。
それは善人も悪人も差別無しにね。
僕は神様にこう言われた。
“君が想っている人には大きな危険が迫っている。選択によってはそれにあわない可能性もあるが、物凄く僅かな確率だ。君ならその運命を変える力がある。さあどうする?最終決断をするのは君自身だ。もしかしたら、君が行くことによってその人を傷つける可能性だって零じゃない。君はその人を守りたいか?”
二つ返事でOKしたさ。美代に会え、恩返しが出来る機会が目の前にあるってのにそれを逃す手は無いだろ?
そのせいで今、美代の心がどんなに傷ついていようと、僕は美代のこれからの人生を守れたから、それでいいんだ。
詳しくは言えないけど、今日美代があの車にひかれることは、ある選択肢を選んだ時点で決まっていたんだ。いわゆる運命ってやつだ。
だから僕はその運命を変えるためにあそこでずっと待っていた。
「勝手だって分かってる。だけど美代が死んでしまうことだけはどうしても許せなかった。今美代を心理的に傷つけていたとしても、僕は美代に会いたかったし恩返しがしたかったんだ。……分かってくれるかい?」
そんなの……
「分かる訳無いじゃない! 私の知ったことじゃないわよ。勝手に人の命救って、勝手に満足して離れてくなんてそんな……この世で一番大切なものが失くなってしまうのよ!? そんなの、何も嬉しくないわよ。あなたがずっと側にいてくれる、それが私にとって一番の恩返しなのに……」
子供のように声を上げて泣いた。喚いた。そんな私を巧真はずっと抱き締めていてくれた。……温かかった。
私の肩も濡れていることに気付いていたが、敢えて知らない振りをした。口では巧真に文句ばかり連ねたが、本当は自分でも分かっていた。巧真が何を伝えたかったのかも…。
「ごめんね、ずっと側にいられなくて。僕だってそうしていたいけど、これだけは世界の輪廻に背く行為だから禁止されているんだ。そして、美代が死んでしまうことも僕には耐えられない。美代には分かって欲しい、普通の人として人生を謳歌出来る喜びと幸せを」
うんー
そんなの、もうとっくに分かってるよ。
私はそっと巧真から体を離した。そしてその顔を覗き込む。
両手で巧真の頬を包み込んだ。
「ねぇ巧真。私ね、貴方に伝えたいことがあるの。……最期にそれだけ、いいかな」
「ああ」
巧真は私の肩に手を回した。温かい……この温もりが、もうすぐ無くなってしまうなんて。
「待って、先に僕から良いかな?」
「もちろんよ」
巧真は少し間を開けてからまた口を開く。
「僕は後少しで美代の前から消えてしまう。こんな在り来たりなこと言うのもなんだけど、僕は美代のことずっと見ているからね、あの空から。そして、美代を守り続ける。たとえ美代が僕のことを忘れてしまっても、僕は生まれ変わって直接美代を守れるようになるまでは……ね」
私は笑顔で、その言葉に答える。頬を伝う涙は止められないけど。
すると巧真は自身の人差し指で私の涙をぬぐってくれた。止まる訳は無いけど、そんな行為一つ一つが今の私には大切なものだった。
「何馬鹿なこといってんのよ。私が巧真のこと忘れるわけないでしょ。たとえ私の頭がこの記憶を埋めてしまっても、私の日記が覚えている。……七日間の日記が」
「そうだね、日記か…美代らしいや」
「えへへ、よく言われる」
私は首を傾けて少し照れる。その後巧真の瞳の奥底を見つめた。よく見ると巧真の瞳は少し淡い色をしている。
綺麗……真夜中にうっすら光る、星のようだ。
「巧真……私の伝えたいこと、言って良いかな?」
「ああ、なんだい?」
私は少し間を開けた。勿体ぶって見せたのもあるけど、本当はこの言葉を言ってしまうと巧真が消えてしまう気がしたからだ。
だけど、言っても言わなくても最期には消えてしまうのだと自分で見切りを付けて勇気を出す。
私は深く目を瞑りそしてゆっくりと開いていった。その流れで思い切って言ってしまおう。
私はー……
「私は、巧真のことが大好きだよ」
あぁ、巧真が薄くなってゆく。覚悟はしてたけどやっぱり辛いな。
巧真が少しずつ消えてゆく体で返事をくれた。
「僕も、美代のこと愛してるよ」
私はそう呟く巧真の口を私のそれで塞いだ。まだ温もりを感じていられる。
頬にあてていた両腕をなぞるようにして首へと回した。巧真も私の肩に回している両腕の力を少し強めて抱き締めた。
永遠に続けば良いと思う時間ほど長くは続かないものだ。
巧真に触れているところから感じる温かさが、少しずつ、少しずつ薄れていきー…
ついには私の肌に残った微かな温もりしか感じなくなた。
しばらく私は、その場で静かに泣いていた。今はもういない大切な人を想い、その人がくれた今を想い。
「行こう」
私は立ち上がると、巧真がいた場所に軽く頭を下げて、向日葵畑を後にした。
私は向日葵畑を出ると一度おばあちゃん家に引き返した。私にはまだやらなければならないことが沢山ある。
「おばあちゃん、ただいま」
「あらあら美代ちゃん、今日はやけに早いわねぇ。まだ家を出て二時間しか経ってないわよ」
二時間か……。その間に沢山の事が起きたな。
「えへへ、色々あってね」
私は笑って誤魔化した。おばあちゃんも笑顔で返してくれる。
けど……おばあちゃんは気がついているのだろう。まだ涙の痕が消えた訳ではない。
でも何も聞かないでくれる、おばあちゃんの優しさに感謝だ。そういえば、お母さんにもそんなところがあるな。
「私ね、行きたい場所があるの。巧真って人がこの町に住んで…たよね。その人の家に行きたいの」
住んでたか、まだ過去形にするのは辛いかな。
おばあちゃんは笑顔のまま返事をくれた。
「巧真君ね、あの子は周りの人に良く気が利いて、とても良い子なのよね」
やっぱおばあちゃんは優しい。敢えて過去形にしないで今もいる人として巧真を扱ってくれる。……私の方がなんだか申し訳ないな。
「巧真君の家は向日葵畑のすぐ側よ。ちょっと待ってて、簡単に地図を書いてあげるから」
そう言っておばあちゃんは電話の横に置いてあるメモを1枚破り、そこにペンを走らせた。
「はいどうぞ。こんなのだけどわかるかな」
「充文だよ!ありがとう。じゃあ行ってくるね」
「気をつけてね」
「うん。一つしかない命だもの、大切にするよ」
巧真が守ってくれたこの命。大切に、最期まで使わなければ、後で巧真に顔向け出来ないよ。
私はおばあちゃんの温かな眼差しを背中に受けて、静かに玄関から離れていった。
本当に向日葵畑のすぐ側だった。おばあちゃんの地図を頼りに一件の家の前に辿り着くと、門の横に取り付けられたチャイムを鳴らした。
はーいという返事の後すぐに巧真の母親らしき人が内側から門を開けた。
「あらあら、可愛らしいお客様ね。何かご用かしら?」
その方はニコリと笑った。
親しみ安い、くりんとした瞳が巧真そっくりの方だ。
―ずきん
心がまた痛みだす。優しい笑顔が巧真を思い返させる。
けど、私は前に進まなきゃいけない。
私も精一杯の笑顔で返す。
「初めまして。巧真……君のお母様でしょうか? 巧真君に、会わせて頂けませんか」
笑顔が一瞬にして曇った。震える瞳が笑顔の私を映し出す。
あぁ……なんて無邪気な顔なんだ。
その方は申し訳なさそうに答えをくれた。
「ええ、私は巧真の母です。けどね……巧真はここにはもういないのよ。ごめんなさいねぇ、巧真は帰って……っ」
私はまだ笑顔でいる。だけどさっきまでの無邪気な顔じゃない。
巧真に酷似した瞳に映るのは、何もかもを知ってしまった……悲しみから必死に立ち上がろうと足掻く、大切な人に逝かれてしっまた健気な少女だった。
巧真のお母さんは私の微かな表情の変化を読み取ったのか、言葉を詰まらせる。
「もう、それ以上何も言わなくて大丈夫ですよ」
私は表情を変えず静かに言った。
「ええ……巧真はこっちです。どうぞ中へ、貴方のような綺麗な子が来てくれて巧真も喜ぶでしょう」
巧真のお母さんは私を居間の奥にある和室に案内してくれた。
八畳ほどの和室にはぽつりと一つ、仏壇が置いてあった。まだ新しい、漆黒が輝きを放っている。
私は仏壇の前に置いてある座布団の上にそっと正座する。お線香を上げて手を合わせた。
巧真……聞こえますか? 私、会いに来たよ。帰る前にちゃんと挨拶しないとと思って。明日家に戻る、だから今年はもうお別れだね。また来年会いに来るから、私のこと忘れないでよ。
……全く、私ったら巧真に助けられてばかりだったね。今度はもっと色々強くなって戻って来るから。巧真が腰抜かすくらい脅かせちゃうよ。楽しみにしててね。
じゃあ……またね。また来年会おうね。
大好きだよ巧真。
今も、昔も、これからも―。
ずーっと一緒だよ。
そう心で想った時だった。ふと、温かな風が吹いたかと思うと、大好きな声が耳に届いた。いや、心に響きかけて来た。
あぁ、俺は美代の側に、ずっといる。
そうだね、ありがとう。
私は立ち上がって側で様子を見ていた巧真のお母さんの前に行った。
そして、深く頭を下げる。
「ありがとう……ございました」
巧真のお母さんは私の肩に手を乗せると体を起こさせる。そして抱き締めてくれた。
「貴方のような優しい彼女がいて、巧真も幸せでしょう。是非またいらしてね」
「―はい。また来年、お邪魔させて頂きます」
そして私は巧真の家を後にした。
「おばあちゃん、ただいま」
「お帰りなさい。もうお夕飯出来てるからね」
「ありがとう」
「……もう、やりたいことは終わったのかい?」
えっー。
私は驚いておばあちゃんの顔を見た。おばあちゃんは何事もなかったかのように食卓で私を待っている。
やっぱり、おばあちゃんは何かを察しているんだな。
私はコクリと頷いて手を洗いに洗面所に向かった。
手洗いうがいを済ませおばあちゃんの座っている場所の前に私は腰を落ち着けた。
「私ね、明日家に帰るよ。こっちの生活も楽しかったけど、いつまでもこうしてはいられないしね」
「あらあら、寂しくなるわねぇ」
「またちょくちょく電話するよ」
「是非来年もいらしてねぇ」
「うん、絶対に来る。約束するよ」
私は夕食を食べ終わると、おばあちゃんが私の部屋として使ってと貸してくれた六畳の和室に向かった。ぽつんと設置された机の上には私お気に入りの日記帳が置いてある。私は今日のことを記してからここに来てからの7日間を日記をめくりながら振り返った。
文字の一つ一つを丁寧に目で追いながら私はその記憶を辿った。
ふと思い立って携帯で撮った私と巧真の写真を開いてみた。そして一枚一枚丁寧に送っていく。毎日毎日最低でも一枚は撮っていた写真。どれもこれも、綺麗な向日葵と笑顔の私が写っていて……。
「あっ……この写真」
初日に私が不意打ちで撮った写真。巧真は驚いていたな…。ピントがあってなくて少しぼけていたので消そうか消さまいか迷って、結局消せず終いだった写真。
「神様……ありがとう」
私はその写真を何度も何度も指でなぞった。
静かに、ゆっくりと夜は更けていった。
翌朝、私は朝早く帰り支度を済ませおばあちゃんの家を出た。
「気をつけて帰るんだよ」
「うん。ここの生活、凄く楽しかった! ありがとう」
「どう致しまして。お母さんには……」
「昨日連絡したから大丈夫だよ」
「そうかい。美代ちゃんはしっかりしてるねぇ」
「そんなことないよ。私なんてまだまだ、これからも沢山生きて色々学ばなくちゃ! って思ってるところなんだから」
「あらあら、頼もしい限りね」
「えへへ、なんか照れるな。おばあちゃんにも色々教わったんだからね」
「そうかい? 私なんかからねぇ……」
「じゃあそろそろ行くね。電車の時間もあるし」
「じゃあね……。またいつでもいらっしゃいよ」
「うん! またねっ」
私はおばあちゃんに軽く手を振るとくるりと向きを変え左手でキャリーケースを引きながら砂利道を歩き始めた。時折石に引っ掛かってキャリーケースがガタッと跳ねる。
ヒュー
気持ちの良い風が吹く。私は帽子を右手で押さえて空を見上げた。
「良い天気」
まるで自然が私を見送っているようだ。また来てねと言いつつ、私の背中をそっと押す。振り向かないよう後押ししてくれる。
駅に着くとちょうど電車が到着した。急いで改札をくぐり電車に駆け込んだ。
近くの椅子に腰掛け窓の外を見つめた。
やがてプーという音を発しながら扉が閉まり、ゆっくりと車体が動き始める。
段々と早くなっていく景色の移り変わりを愛しく見つめながら私は呟いた。
「ありがとう、巧真」
その車両には私一人だけ。呟きは、揺れる電車の音に紛れ、消えていった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
短編にしては長いと思う方もいらっしゃるあもしれませんが個人的には妥当な量だと思っています。
まだまだ未熟な時に作ったお話ですが、悪くはないかなぁと自画自賛。まだまだ甘いなという意見も多いかと思いますが、当時の私は精一杯この話を考え、作り上げていきました。
よかったら感想、アドバイスしてやってください。
と、幼い感じのあとがきで今回は締めたいと思います。
最後にもう一度、ありがとうございました。
2012年8月3日 春風 優華




