第22話 1年目のバラ色祭
次の朝、北の遺跡で1泊した僕たちは、来た道をそのまま戻る形で谷へ下りていった。霧に包まれた下り坂は思ったよりも辛かった。下り終わるとセシリアが、
「魔物です。山ハイエナがいます。12匹です」
「山ハイエナか、最後まで付いてきたグループかな」
「そこまでは分かりません。でも危険は無いと思います」
「なんかほっとするね。山ハイエナは」
「サトシ。魔物には違いないんだから、気を抜かないでよ」
雪狼を倒しながら進む。また尾根に登り、西へ進まなくてはならない。尾根に教国やルグアイの兵士がいる。できれば遭遇したくない。尾根に登る前にナナに消気をかけてもらう。西側に移動すると南に教国軍の天幕が見えた。上空には翼竜が飛んでいる。
「ご主人様。教国の兵は索敵にはかかりませんよ」
「遭遇しても構わないよ。教国軍に会ったらルグアイの傭兵ということにするし、ルグアイ軍に会ったら教国の傭兵ということにするから。教国軍のときはシェリルとリーナは顔を隠して、ルグアイ軍なら念のためにセシリアとナナが顔を隠すということにしよう」
「分かりました。とりあえず4人とも顔を隠しておきます」
西へ向かう。このルートなら、まず山を2つ越えなくてはならない。ウインディドラゴンを見かけたが襲っては来なかった。教国軍の天幕の方へ飛んでいったようだ。
「シェリル、ウインディドラゴンが教国軍の方に行ったけど大丈夫かな」
「だめでしょうね。バラバラに逃げて被害を最小限にするくらいしか無いと思います。近衛隊なら何とかするでしょうけど」
「国軍って、強くないの」
とナナが聞く。
「ほとんどが徴兵で集められた兵士なの。精鋭が来ているとも思えないし」
セシリアの索敵のおかげで、キングベアや地竜を避けて進むことができた。あまり魔物を倒さなくなったからか、地竜の近くを通ったからか、山ハイエナは途中で引き返したらしい。1つ目の山を越えたあたりから僕の左腕も動くようになってきた。戦闘に使うにはまだ時間がかかるらしい。魔法や右手だけで戦っても左手にはひびかなくなった。
2つめの山を越えると魔物の種類が変わってきた。狼が多くなっていたのだ。ここからは小さい山を上ることはあるが、基本的に下りが続く。できるだけ戦闘はせずに急いだため、予定より早い12日目にパジェの演習場の北側に出た。パジェの北の洞窟、シェリルが最初に籠もっていた洞窟に1泊して、夜明け前に消気をかけて演習場を通った。
夜が明けてすぐに、パジェの冒険者ギルドに行った。
「馬車を御者付きで借りたいんですけど、メルカーディアのオルガ村まで」
と言うと、
「シェリル王女と一緒にいらした冒険者の方ですね」
と言われた。シェリル王女の冒険者登録をしたギルド職員だった。
「シェリル王女は今は王宮なんですよね。巫女姫様はご一緒なのですか」
「そうよ」
とリーナがフードを外す。
「で、馬車は借りられるの。できれば急ぎたいんですが」
とリーナが急かせる。
「はい、何とかします。しばらくお待ちください」
と奥に引っ込んでいった。
待つこと15分。御者が見つかったという知らせを持ってギルド職員が出てきた。
「冒険者カードをお願いします」
と言われたので、リーナが冒険者カードを渡す。それを見て、
「ランクB、黒龍の牙って今話題のパーティーって巫女姫様のパーティーだったんですか。でも何で赤いカードなんですか」
「拠点はメルカーディアのマリリアなの。紅バラの剣のクラウディオ様のギルドのところ」
「でも、教国人なのに・・・」
「じゃあ、急ぐから」
と言って話を打ち切り、馬車へと案内してもらう。
馬車はフーベルの草原を通過し、クラカウティンの森の南を通り、トリニダの森の北をかすめるようにして夕方にオルガ村に着いた。セシリアが住んでいた家には他の人が住んでいた。宿の女将の話によるとアルトが住んでいたケンプ村は廃村になったらしい。
「やっとメルカーディアに着いたね」
「明日、一気にマリリアまで帰る。それともタンガラーダに一泊する」
とリーナが聞いてきた。
「ごめん。バラ色祭のときに行きたいところがある。みんなはマリリアにこのまま帰って」
「帰るのは一緒だよ。ねえ、みんな」
「でも、せっかくのお祭りだし」
「お祭りは、どこの町や村でも楽しめるよ」
「いや、町や村じゃないんだ」
「トリニダの森ですね。ご主人様」
「私たちが最初に出会ったところですか、サトシ様」
「トリニダの森の中でバラ色祭を迎えるなんて僕1人でいいよ」
リーナ、シェリル、ナナの3人は、黙って見つめている。
「私も一緒に行きます」
「私も」
と2人は言った。リーナが、
「じゃあ、みんなで行きましょ」
と言った。僕はまだ迷っている。
「何か変なことが起こるかもしれないよ。みんなを巻き込みたくない」
「いいよ、巻き込んで。私たちはパーティーなんだから」
みんなで行くことが決まってしまった。こっそり行こうかと思ったが、行き先はセシリアとアルトが知っているのだから、無駄なことだ。
「分かった。みんなで行こう。明日ガビー村まで行って、明後日トリニダの森に入ってバラ色祭を迎えることにしよう」
次の朝、辻馬車でガビー村に行き、冒険者ギルドに挨拶に行く。ギルドにはいつものようにバルナバーシュさんが座っていた。違っていたのは腕に赤ちゃんを抱いていることだった。
「こんにちわ」
セシリアが、
「赤ちゃん産まれたんですね。奥様は?」
「おう、久しぶりだな。エリシュカはバラ色祭の準備で忙しくてな。俺が子守りなんだ」
「仕事中ですよね」
と僕が聞くと、
「子守りしてても仕事できるからな、ここのギルドは」
「マスターが言うんならそうなんでしょうね。大きくなりましたね、この村。バンガロー空いてますか」
「おう1泊だけならな。バラ色祭で使うらしい。明日は、昼から飾り付けするらしいから、朝には出て行ってくれ。宿はどこもいっぱいだ。それでいいか」
「いいです。明日は森に入ろうと思っていますから」
「何か依頼を受けているのか」
「秘密です」
「カードを見せてもらえるか」
「はい」
と言ってカードを見せる。
「やはりな。お前たちだったのか『黒龍の牙』は。Aランクか出世したな」
鍵を受け取りギルドを出る。
バンガローにはベッドが4つしかない。僕とセシリア、アルトとナナが一緒のベッドに入った。
朝、アルトとナナが朝食と弁当を準備し、僕たちはバンガローの掃除をした。朝食を食べて鍵を返し、森に入った。
セシリアが言うには、少し上りになるので5時間くらいかかるらしい。もっとも今日中に着ければいいのでゆっくり行くことにした。途中で、アプリの実やポフリの実を集めつつ進む。お弁当を食べて、森の奥に進んでいくと見たことのある小川に出た。
「ここです。あの夜に野営した場所です」
「もう少し上だよね。最初に会ったのは」
「はい、ご主人様」
「僕が行きたいところはもう少し上なんだ。少し休んで、そこまで行こう」
坂を上っていくとゴブリンロードと戦ったところに出る。
「ここで隷属の首輪に血をいただいたんです」
「私とカーラも一緒でした。あの薮から突然現れたんですよねサトシ様が。あのとき私たちは生き返ったのです」
「もう少し、上のほうだから」
と言って、進む。道は右に曲がり薮の上に来る。
「ここからゴブリンロードを叩いたんですね」
とセシリアが言っている。返事をせずに先に進む。
けもの道が無くなり、石塊がところどころに突き出しているところに出た。地面の色も黒ずんでいる。上は木々の葉で空がほとんど見えない。エレベータがあったと思う所から10mくらい離れて立ち止まった。
「ここだ。ここで朝を待とう」
みんなは何も言わずに野営の準備をする。
「明日はバラ色祭よ。今日はドラゴンステーキだにゃ。サトシ様とシェリルの全快祝いも一緒にね。お酒もあるにゃ」
ナナが明るく振る舞う。シェリルが結界石を置き、アルトとナナが料理をする。セシリアとリーナは周りの状況を調べている。
宴会になった。セシリアとアルトは心持ち緊張した様子だ。僕も何も話すことが出来なかった。リーナが、
「ここは空が見えないね。バラ色になったの分かるかしら」
「分かるよ。全く空が見えないわけじゃないから」
とシェリルが応える。
交代で見張りをし、夜明け前にみんな起きた。真っ暗だった空が赤く染まっていく。僅かな木漏れ日でもそれが分かる。バラ色になるのじゃなくてバラ色に輝いているようだ。
「きれい。バラ色の木漏れ日もステキね」
「そうね、輝きがすごい」
あちこちにあったバラ色の木漏れ日がだんだんと集まっていく。地面の1点に集約する。
そのとき、ぼんやりとした四角い箱が現れた。エレベーターだ。扉が開いている。見えたのはそこまでだった。はっきりと実体化する前にエレベーターは消えてしまった。
「今のは何」
とリーナが聞く。みんな一斉に僕の方を向く。
「神の門だよ。異世界と通じる。僕はそこから来たんだ」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
サトシがこの世界に来て1年が過ぎました。
最初の計画の2年分が1年で過ぎていまいました。
またプロットを立て直さなければいけません。
リアルでも時間が欲しい今日この頃です。




