第19話 ウスパジャタ
次の日から僕は、ウスパジャタのノートを読み始めた。今までで一番の難解なものだった。言語は翻訳で問題ない。しかし、言葉が分かるだけであって難解な学術書を理解できるわけがない。学園でそういうものも学んでいるだろうシェリルやリーナに手伝ってもらうことにした。僕が訳をそのまま言葉で言って、2人と相談しながら意味を考える。
「ウスパジャタの属性は闇だって、サトシと同じだね」
「そうね、シェリル。この大陸にも属性のある人がいたんだ」
「もともとは、イグナシオ大陸と同じような感じだったのかもしれないよ。魔素が薄くなって属性のある人が生まれなくなったのかもしれない」
「じゃあ、このままいけば生活魔法も使えない人が出てくるかもしれないね」
「魔素が無くなったらそうなるかもしれない」
3人で考えても意味が分からない部分は飛ばしながら、読み進んでいくうちに、魔物についての記載が出てきた。
「魔物にも寿命があるんだ。繁殖もするらしい」
「ゴブリンも人を攫って子供を作らせるよね。繁殖するってことは寿命があるってことじゃない」
「でも、野生の動物も魔物化するよね。兎が一角兎になったりとか。熊が灰色熊になったりとか」
「どちらもありそうね」
「このノートによると、寿命があることは昔から分かっていたことなんだって。そして、ここに閉じ込めたことで、それがはっきりしたそうだ」
シェリルは納得したような顔をしている。リーナは不思議そうだ。
「ウスパジャタって何年ここにいたのかしら。魔物の寿命ってどれくらいなの」
「おそらく、長くても100年くらいじゃないかな。あの長老さんは112才だったよね。まだまだ元気そうだったし」
「そうね。若い奥さんもいたよね」
「でも、魔物の寿命ってどれくらいなの」
「ここに書いてあるのだと、数百年から最高でも千年くらいらしい。リトルフェンリルの寿命は千年くらいだろうって書いてある」
「どうして分かったんだろう」
「リトルフェンリルの皮を特殊な鑑定器にかけて調べれば分かるらしい」
「ねえリーナ、下にあるかな、その鑑定器」
「あるかもね。いろいろな機械が置いてあったから。きっとアラスティア様がマジャルガオンの袋の鑑定に使っていたものと似ているはずよ」
聞いていたセシリアが納得できない様子で聞いた。
「ウスパジャタはリトルフェンリルを殺せたの」
「そうだよね、皮を手に入れないと鑑定もできないはずよね。サトシ、何て書いてある」
「ちょっと待って、探すから」
僕はリトルフェンリルという文字を探した。
「有った。死んでいるリトルフェンリルを見つけたんだって」
「寿命で」
「おそらくそうだろうな。皮に傷はなかったらしいから。まさか病気ってこともないだろうし。内臓は口から入ったであろう小さな魔物が食べてしまっていたらしい。皮は特殊なんだね」
リーナが、
「でも、祠のすぐ近くで死んでいたわけじゃないんでしょ。どうやって探したのかしら。やはり強かったのねウスパジャタは」
「いや、闇のランプを使ったらしい」
[闇のランプ」
「それは何」
とみんなが聞いてくる。
「ちょっと待って、調べないと分からないよ。どっかに書いてあるんだろうけど」
1冊目の残りを調べたが、闇のランプについては記載されていなかった。
「疲れた。少し休もう」
難解な文章を見るのは苦痛だよね、学者じゃないんだし。
「サトシ様、横になってください」
とアルトが言う。セシリアも治療魔法を使ってくれた。
ナナが祠の中に入ってくる。外の様子を見ていたらしい。
「まだ、魔物がいっぱいいるよ。近寄っては来ないけど」
「そうよね、出歩けないよね。こんなところ」
昼食後、またノートを読んでいった。
「とにかく、リトルフェンリルの皮を手に入れて鑑定にかけたら10枚重ねになってたって。そして慎重に剥がして鑑定器にかけたら100年くらいで1枚分の薄皮ができているらしいことが分かった。黒色狼の皮は40年に1枚くらい薄皮ができていることがもともと分かっていたとも書いてあるよ」
「へー、黒色狼の皮を薄く剥がしたりはしないよね」
「帰ったらイバダンさんに聞いてみよう。何か利用できるかもよ」
「あっ、それで」
セシリアがポツリと言った。
「なに、セシリア」
とリーナが聞く。
「以前、休みの日にご主人様とゲームの屋台に行きましたよね。そのとき、リトルフェンリルの皮を使ったインチキがあったんです」
「あー、あのときの魔法で玉を落とすやつだね」
「そうです。リトルフェンリルの皮って、高いですけど手に入らないわけじゃないんですよね。誰が狩っているのか不思議だったんですけど」
「そうだよね。あの強さだもんね」
「で、寿命で死んだリトルフェンリルがいて、薄皮が10枚重ねだったら市場にでても不思議はないですよね。ものすごく高価でしょうけど」
「でも、一介のゲーム屋なんかが手に入れられるものじゃないよね」
シェリルが言う。
「私の国にもありますよ。リトルフェンリルの皮。王の装備と近衛隊の隊長の装備に使っています。それくらい高価なものです」
「じゃあ、あのゲーム屋は」
「どこかの国のスパイか。大きな盗賊団の手先かだよね」
「ルグアイ王国だろうね。それか山賊団」
「なぜそう思うの、リーナ」
「だって、神の門に近いし、トレーヴ山脈で寿命を迎えたリトルフェンリルがいたって不思議はないわ」
「そう考えるのが妥当かな。冒険者や旅人が偶然拾って売ったとも考えられるしね。売るなら見つけたところから近いギルドか商人だよね。ルグアイが手に入れやすいだろうね」
「隷属の首輪もそうだよ。ルグアイから輸入していたらしいよ」
とシェリルが言う。
「ウスパジャタの弟子がルグアイに行ったんだろうね。龍の祠に書いていた人」
「そうよ。きっとその人が首輪を作ったんだわ」
「ウスパジャタはリトルフェンリルを自由に扱うために隷属の首輪を作ったらしい」
とノートを見ながら僕が言うと、
「罠を作って首輪をさせることには成功したらしい。けど、首の皮が魔法を通さなくて失敗したとある。黒色狼では成功していたらしいけど」
ナナが、
「黒色狼をペットにできるんですか。それ、いいにゃん」
セシリアが、
「大きな首輪があればね。人族用のじゃ無理でしょうね」
「そうですよね」
とがっかりするナナ。本気だったのかよ。
「でも、小さい魔物ならいけますよね」
と顔を上げるナナ。
「隷属の首輪があればね」
やっと諦めてくれそうだ。魔物をペットにしたらマリリアには住めないだろうな、きっと。
ノートを読み進めていく、
「もう1体リトルフェンリルの皮を手に入れたらしい。これは仲間割れで殺されたのか傷ついていたそうだ。皮の重なりも5枚だったと書いてある。500才代ってことだよねきっと。実験では薄皮1枚だけでも魔法は通らなかったとも書いてあるよ」
「そうよね、物理攻撃にも強いのよ。王の装備に使うくらいだから」
「ねえ、シェリル。リトルフェンリルの皮って何色」
「透明よ。薄くて丈夫で透明だから下地に綺麗な布や金属を付けると綺麗な装備になるのよね」
リーナは少し青ざめている。
「ひょっとして、地下にある透明なシートって・・・」




