第16話 聖なる森
朝早く目覚めるとアルトとセシリアは支度を始めていた。
「おはようございます、ご主人様」
「おはようございます、サトシ様」
2人とキスをして、着替えてリビングに行く。長老夫妻と昨日のエルフ2人がいた。田舎の朝は早いようだ。
「カルロタとリナレスです。この2人が馬車で聖なる森の入り口までご案内いたします」
と長老が改めて紹介する。
「よろしくお願いします」
と言うと、2人はにっこり笑った。視線はセシリアとシェリルに釘付けだ。長老にお礼を言って馬車に乗った。
道中は平和そのものだった。魔物の気配は全く無い。野生の動物、兎や鹿などがのんびりと草を食んでいる。
「この辺りには魔物はいないんですか」
とナナが聞くと、リナレスさんが、
「この辺りにはいません。森の奥か山の上くらいにしか。聖なる森は入るとすぐに魔物に襲われるらしいですけどね」
「じゃあ、レベル上げは難しいですね」
「レベルを上げてもしょうがないですからね。クリーンやフリーズが使えるようになる4まで上げれば良いんでね。騎士になるためには10まで上げないといけないけど」
「じゃあ、みんな強くないんだ」
「いえいえ、騎士たちは強いですよ。剣の腕は一流ですし、魔道具も使うからね」
「なるほど。それでもレベルは10くらいなんですね」
「騎士たちのレベルはほとんど10です。10以上でないと魔道具が有効に使えないらしいですよ」
なるほど魔道具はMPを消費するから、それくらいないと使い物にならないわけだ。ゴブリンだけでレベル10上げるとなると500匹以上倒さなければいけない計算だ。森で、それも奥まで行かずに、はぐれゴブリンを索敵無しで探しながら500匹となると何年かかるのだろう。聖なる森に入って急いで上げようとして死ぬ奴の気持ちも分かるな。
馬車の中で、朝食を食べる。アルト特製のサンドイッチとスープだ。アルトはカルロタさんとリナレスさんにも渡している。2人は顔を真っ赤にして受け取った。視線はアルトの胸に張り付いている。
シェリルが相談があると言って僕の横に来た。
「ねえサトシ、私、計算してみるとポイントが14あるのよね。で、神速とトルネードを取ろうと思うんだけど、どう思う。神速は加速をとっているから6、トルネードは10いるのよね。もちろん、もう1つレベルが上がれば両方とも取れるんだけど、クラウディオ様が魔法を取るばかりでなくMPを増やすのに使うのも有効とおっしゃっていたんで、迷っているの」
「神速って加速の上位魔法なのよね」
とリーナ、ナナも、
「持続時間は無いけど瞬間移動したように見えるらしいよ」
と言う。
「僕だったら神速がいいかな。トルネードは凄い技だけど単体相手だよね。ポイントも8残るならそれは保留ということで」
「そうね、パーティー戦なら神速がいろいろ役に立ちそうね。神速にするわ」
聞いてみると、他のみんなも8~9ポイントがあるらしい。セシリアは次に上がると上位の治療魔法を取るつもりだが、他のみんなはどうするんだろう。僕は4あるけど翻訳に使わないといけないだろうな。ナナが言った、
「今回の最大の敵はリトルフェンリルでしょ、どうせ魔法は通用しないんだから、焦って取る必要は無いよ。帰ってから師匠たちにも相談しましょ」
「そうね、『黒龍の牙』がこれから何をするのかで取る魔法も変わるよね」
とリーナが締めくくった。
昼前には聖なる森の入り口に着いた。道が真っ直ぐに森の中に続いている。入ってすぐに右に曲がっているのが見える。馬車を降り、2人と別れる。
「俺たちゃ、この辺りで鹿狩りをしてるから、運良く帰りに見かけたら声をかけてくれ。村まで送るよ」
そう言っていた。きっと、長老から、もし生きて森から出てきたら連れて帰ってこいと言われているのだろう。
森の入り口で昼食を食べ、装備を確認する。
「じゃあ、入るよ」
と言うと、セシリアが、
「森に入るとすぐにゴブリンがいます。入り口から150mくらい入ったところです。20匹ぐらいです」
森に入る。入ったときに嫌な感じがした。
「結界です」
とセシリアが言う。結界があるのか、それで魔物が出てこないんだなと納得する。森に入ると道があった。すぐに右に折れ、そして左に折れる。それだけで森の入り口が見えなくなった。
ゴブリンがいた。20匹ほどだ。索敵によると集団の周りに6匹いるらしい。
「ファイアーストーム」
「ウインドストーム」
と範囲攻撃の2連発が飛ぶ。集団を形成していたゴブリンが全滅する。周りからゴブリンが襲ってくる。バラバラに来るゴブリンなんて敵ではない。簡単に殲滅する。
「いきなりこれでは、レベルの低い冒険者は耐えられないよね」
とナナが言った。
その後も灰色狼や黒色狼を倒した。水猿や大猿も襲ってきたが問題なく倒す。トゲトカゲや大トカゲもいた。どれもDレベル以下の魔物だ。なんの障害にもならない。
しばらく進むと、また嫌な気がする。
「また結界です」
とセシリアが言う。そのとたんCランクのオークに出会う。結界を通ったことで魔物のレベルが上がったようだ。オークは僕の得意の魔物だ。心臓フリーズ1発で仕留める。さらに3匹のオークが襲ってきた。セシリアとアルトとシェリルが難なく倒す。ナナも加速の補助魔法しか使っていない。シェリルは神速を試していた。一瞬でオークの後ろに回り込み、両アキレス腱を切り裂き、倒れたところをとどめを刺す。オークは何が起こったのか理解できていないことだろう。
「結界が効くのなら、野営もできるね」
とセシリアが言う。
「リトルフェンリルにも効いて欲しいね」
とリーナは不安を隠さない。
「そうか、リトルフェンリルかあ」
とセシリアも言う。
牙竜が出てきた。ティラノサウルスみたいなものだ。牙竜は大きく息を吸い込み、口を開き、大きな咆哮を発した。並みの冒険者なら怯んでしまうことだろう。15m位まで近づいてきて再び大きく息を吸い込んだ。僕は大きく膨らんだ肺にファイアーを灯す。左右に1回ずつ。咆哮は出ず、牙竜は大きく仰け反った。左からセシリアが氷の刃で、右からアルトが炎のハルバードでとどめを刺した。
「レベルが上がりました」
とセシリア。セシリアはすぐに上位の治療魔法を取得する。
「リーナ、治療魔法をかけるね」
と言い、リーナを治療する。
「残っていた痛みが引いたみたい」
とリーナ。リーナはライトボールを放ってみる。
「魔法を使っても痛まない。セシリア、ありがとう」
もうケガしてから2週間以上経つので治りかけていたようなのだが、それでも効果はあったようだ。
牙竜の牙を抜き、心臓の位置を調べると横隔膜の下にあった。肉は臭みがあり美味しくなさそうだったので取らなかった。野営する場所も探したいので、森の奥に進む。
「また結界です」
とセシリア。リーナが、
「牙竜ってBランクぐらいよね。この結界から先はAランク以上が出てくるってことね」
みんなが緊張しているようなので。
「じゃあ、この結界の外で野営しようか」
と提案してみる。
「そうしましょう。結界を背に野営すれば片側だけの見張りで済むでしょうしね」
とアルト。ここで野営することに決めた。結界石を置き、みんなにクリーンをかける。アルトとナナは食事の用意をする。セシリアは結界の外に出て、索敵で魔物を見張る。今のところ大丈夫のようだ。
夜は交代で見張りをし、朝が来た。夜のうちにオークが何匹か近くを通ったようだが、僕たちには全く気付かなかったようだ。
朝食後、結界の中に入っていく。結界の中に入り、しばらく行くと景色は一変した。手入れのされていない、うっそうとした森だったのが。中央に祠があり道が放射状に伸びている。それらの道をはさみ木々が整然と生えている。魔物の姿は見えなかった。突然、セシリアが、
「魔物です」
と叫んだ。




