第12話 谷へ
リーナの傷は、なかなか痛みが引かなかった。僕の経験から考えて、これくらいの傷の痛みは3週間かかるはずだ。戦闘には参加させないとして、山道を歩くだけなら1週間も待てば大丈夫だろう。とりあえず1週間ここで待つことにした。
3日間は、翼竜と雪狼の討伐で過ごした。雪狼は黒色狼と同じくらいの強さだ、簡単に倒せる。4日目になると雪狼の姿が消えた。セシリアが索敵で調べてみると、
「南には山ハイエナがいつものようにいます山ハイエナの数は少し増えているようです。北から人型の魔物が来ます。12匹います」
リーナを洞窟に残し、僕たちは戦闘に備えた。
魔物は、猿の群れだった。その中の1匹がウォーターボールを撃ってきた。魔封じの盾で簡単に受ける。水は飛び散り辺り一面を濡らす、かぶってしまうと寒いだろうなと思う。震地をかけ、猿たちの動揺を誘う。ウォーターボールを放とうとしていた猿は、びっくりして魔法を中断する。
セシリアがウォーターボールを、アルトがファイアーストームを、シェリルがウインドストームを放つ。猿たちが怯んだ隙に、間合いを詰め剣で切り裂いていく。ナナが、
「初めて見る魔物です。イグナシオ大陸にはウォーターボールを使う猿はいないはずです」
「じゃあ、こいつらは神の門から入って来た魔物だね」
「そうだと思います」
「この寒さで、水をかぶらされたら大変だね」
アルトが僕に聞いた。
「ウォーターボールを魔食いされますか」
それくらいみんなに余裕がある。
「そうだね」
1匹を残し後は殲滅した。残り1匹も戦闘不能の状態だ。セシリアが蔓の捕縛で動けなくしてくれた。魔食いは成功した。
次の日は、雪豹が現れた。雪狼よりひとまわり大きい、体長は3mというところだ。マリリアを出るときにイバダンさんからチャンスがあれば雪豹の毛皮を取ってきて欲しいと頼まれていた。できるだけ綺麗に毛皮を取りたい。震地で動きを鈍くしたところにセシリアが蔓の捕縛を連射する。倒れたところをフリーズで仕留めた。傷の無い綺麗な毛皮が手に入った。
セシリアは焦っているように魔物を狩っていく。レベルを上げて早く高位の治療魔法を取りたいのだろう。
「セシリア、落ち着け。焦って無理すると命を落とすぞ」
「だって、リーナが」
「時間が解決することなら、待てばいい。弱い魔物を焦って殺しても経験値はそんなに溜まらないよ」
「でも、・・・。分かりました、ご主人様」
納得したのか、首輪の影響なのかは分からない。
1週間が過ぎ、リーナが歩けるようになった。戦うのはまだ無理みたいだ。ウインディドラゴンでも心臓の位置が分かっているので、リーナ抜きでも何とかなる。そう思って北に向かって歩き出した。
歩き出して2日目、遠くに煙が見える。左右に数本ずつ。
「だれか炊事してますね」
とアルトが言う。リーナが、
「教国かルグアイの魔物討伐隊でしょう」
「調べてきます」
とセシリアが走っていく。
「右にルグアイ軍、左に教国軍がいます」
ここから先は、雪が深い上に尾根が迷路のようになっており、正確なルートが分かっていないと北の遺跡にたどり着くのは困難なのだ。両陣営は斥候を出し遺跡を探しているが、まだ見つかっていないのだろう。両軍の天幕の位置は遺跡からかなり離れたところにある。
僕たちは龍の祠に書いてあった北の遺跡までの道筋が分かっている。それを教えるべきかどうか、みんなで話し合った。
「これからリトルフェンリルやウインディドラゴンなどに遭遇する確率が上がると思う。一緒に行くメリットは大きいんじゃないか。南の遺跡のときもユージン様やスカーレット様が助けてくれたし、高位の治療魔法が使える人がいるかも知れない」
「でも、知らない人たちだよ。きっと利用されるだけになるわ。私の傷は大丈夫だから」
と、リーナ。シェリルも、
「教国軍の人には、私とリーナの素性がばれるわ。私は王宮で軟禁中ということになっているので絶対にだめです」
セシリアも、
「といって、ルグアイ王国の方針も分からないよね。ここは見つからないように先を急ぎましょう」
ナナに消気をかけてもらいつつ、見つからないように慎重に進む。ちらほらと冒険者のパーティーもいる。きっと斥候で雇われている傭兵なのだろう。北の遺跡へ行く最後の難所に向かう。北の遺跡に行くには尾根を1度下りなければならないのだ。そしてまた尾根に上がる。伝説には尾根の上にある遺跡と書いてあるらしいので、知らないと谷に下りる発想は出てこない。谷に下りて、三角岩を探す。谷から見て三角形の大きな岩らしい。三角岩から登ったところが北の遺跡に通じる唯一の道らしい。
◇ ◇ ◇
マリリアの王宮では、アラスティアとバーナードが、国王と宰相に呼ばれていた。
「『黒龍の牙』の実力はどの程度なのだ」
「ユージンやスカーレットが報告した通りです」
「今でも、まともに戦えば、あいつらに勝てるパーティーはほとんど無いでしょう。ユージンとスカーレットが組めば勝てるでしょうけど」
「そんなに強いのか」
「ユージンやスカーレットのパーティーは、彼らの強さを引き出すためのものですからね。『黒龍の牙』は、全員の力を全員が引き出すパーティーです、『紅バラの剣』が仕込みましたからね。1年もすると我々『紅バラの剣』でも勝てなくなるでしょう」
とバーナードが言うと、アラスティアは、
「今でも、あいつらの技を知らないとしたら勝てるかどうか。特にサトシの魔法は脅威です」
国王が言う。
「魔食いか」
「今回の遠征でまた新しい魔法を使えるようになっていることでしょう。しかし、本当に恐ろしいのは遠距離操作なのです」
「そうなのか」
「サトシは、それを無詠唱で使えます。16m以内にいる者は簡単に、それも誰にも気付かれずに殺すことができます。心臓発作でも脳梗塞にでもできるんです。それも魔法防御が効かないのです」
「なるほど、それは脅威だな」
宰相が、
「今のうちに殺すことも考えておいた方がよいのか」
アラスティアが答える。
「それも一つの手です。ですが、その必要はないと考えております。政治には興味を示しておりません。偉大な冒険者の道を歩ませればよいのです」
「人は変わるものだぞ」
「分かっております。そのために我々がいるのです。サトシは義理堅い奴です。国王から『龍』の名を頂いたことも決して忘れないでしょう」
宰相は質問を続ける。
「問題は、シェリル王女と巫女姫か」
「マルチェリーナは問題ありません。シェリル王女はとりあえず1年は大丈夫です。メルカーディア王国に拠点を持つという証しである赤色の冒険者カードでも教国は文句が言えません。黄色にしたいならシェリル王女が冒険者になることを公式に認めなければいけません」
「そのあたりは、私からディオジーニに王女の近況報告を兼ねて伝えておこう」
と宰相は楽しみを見つけた子供のような表情で言った。
◇ ◇ ◇
谷に下りた僕たちを待っていたのは雪狼の群れだった、8匹いる。尾根には斥候の兵士たちがいるかもしれないので音や光は出せない。
「震地を使う。派手な魔法は使えないから」
「雪狼なら剣でも余裕です。アルト、シェリル行くわよ」
とセシリアも続く。ナナが支援魔法をかける。震地で動きを鈍くして剣で倒していく。あっという間に戦いは終わった。
毛皮と牙を剥ぎ取り、三角岩を探す。セシリアが、
「まだ、山ハイエナは雪狼の肉の所にいるみたい。とても1日では食べきれないでしょうね。ここでお別れかな」




