第3話 セシリアの誕生日
2日後。鰐の16日はセシリアの誕生日だ。朝のキスのときに
「誕生日おめでとう」
と言って指輪を渡した。この世界では結婚指輪という風習はなく、指輪は装備の一つなのだ。ただ、特別な日にアクセサリー装備を渡すというのは意味のあることらしい。もちろん僕が送るのは左の薬指に嵌めてもらう。意味はあえて教えない。
「ありがとう。今日は2人だけで過ごさせてくれるってみんなが言ってたよ」
とセシリアが上目遣いで言う。
「じゃあ、何をする」
と言うと、
「2人だけで狩りがしたい」
という。
「レビスの森にワイルドベアが出たんだって。それを狩りに行きましょう。馬を2頭借りて行きましょ。ご主人様」
ということで、馬でのデートになった。レビスの森はマリリアから馬で1時間くらいの所だ。ワイルドベアなら簡単に討伐できる。アルトにお弁当を作ってもらうのは遠慮して、屋台で弁当を買って、馬を借り、レビスの森に向かった。
空は晴れわたり、ゆっくりと馬を走らせてレビスの森に着く。
「久しぶりの2人だけの依頼ですね」
「そうだね。セシリアは16歳になったんだね」
「はい、冒険者になって、ちょうど1年です。レベル17のランクBですよ。次にレベルが上がったら上級の治療魔法が使えるようになります。『黒龍の牙』以外では考えられないスピードですよ」
「『黒龍の牙』かあ~。それにAランクだって。辞退すべきだったよなあ」
「辞退なんてとんでもない。強くなれば良いんですよ」
「そうはいってもね。貴族扱いなんて言われてもどうしていいか分からないよ、この世界の常識もないのに」
「そういうのはシェリルやリーナに任せておけば良いんです、王族と貴族に。それに貴族扱いになれば奥さんを何人でも持てますよ」
「えっ」
「愛人なら冒険者でも何人でも持てますが、貴族なら何人とでも結婚できるんです。その違いは大きいんですよ、女にとっては」
「・・・」
男なんですけど僕。
「メルカーディアも教国も冒険者になって命を落とす若い男が多いですからね」
「そうなんだ」
「手軽に大金が入るのは冒険者が一番ですから。身分に関係なく誰でもなれるし、何の資格もいらないし」
「女の冒険者も多いよね」
「女の場合は、本当に強いものだけが冒険者になるし、無理な仕事は男性が引き受けてくれることが多いから命を落とすことは少ないんです。命を落とすより辛いことはされることもあるけど」
「なるほどね。でも強くなると関係なくなるよね」
「そうでもないんです。もし『黒龍の牙』がピンチになって1人残して5人が逃げることになったら、誰を残しますか」
「そりゃ僕が残る」
「でしょ。男性の考え方ですよね。すぐに格好つけたがる、それも命がけで」
「まあ、そうだろうな」
「本来なら、私かアルトを残すべきです。隷属の首輪の奴隷ですから。ご主人様が亡くなれば私たち2人も生きていけませんから。それでもご主人様なら絶対残るでしょうね」
「そうだね」
「ご主人様も何人でも良いですよ、猫人族でもね。一杯やきもち焼きますけどね。気にしながら頑張ってくださいね」
そこは、気にしなくて良いからじゃないんだ。それにナウラさんのこともバレてるっぽい・・・。
レビスの森に着いた。馬を降りて馬を引きながら森の奥に向かう。セシリアが索敵をする。
「魔物がいません」
「ワイルドベアは、他の魔物を追い出すからな。ワイルドベアがいる証拠だろう」
しばらく行くと、少し開けたところに出た。馬を繫ぎ、屋台で買ったお弁当を食べる。少し食べたところでセシリアが、
「ワイルドベアが、こちらに来ます。まだ私達には気づいていないみたいです」
素早く、お弁当を包み直し、馬を木陰に隠すように繫ぎなおす。馬を守るように、セシリアが緑の結界を張る。
「ここが戦いやすいからここで狩ろう」
「じゃあ、気づかせますね」
とセシリアがまだ遠くにいるワイルドベアの方に向けてウォーターボールを放つ。ウォーターボールは木々に当たり大きな音をたてた。ワイルドベアはこちらに気づいたようだ。気づいたら一直線に向かってくるのがワイルドベアの特徴でもある。
「来ます」
僕はファイアースピアを放つ。セシリアが氷の刃でとどめを刺す。
討伐部位の右手と肉を剥ぎ取り闇の袋に入れる。
「依頼は終わりましたね」
と抱きついてくるのでキスをする。ワイルドベアの死骸を目当てに魔物が来るかもしれないので、そこまででやめておく。
「来る途中に、小高い丘があったね。あそこで休憩しよう」
と言って馬に乗る。ゆっくりと馬を走らせ、見晴らしの良い丘の上に来た。そのまま抱き合い2人だけの時間をゆっくり時間をかけて楽しみ帰路についた。
ギルドで依頼達成報告をして家に帰った。みんなの視線は少し痛かったが気にしないことにした。セシリアは少し自慢気だった。
それからの1週間は、装備の整備やルートの検討をして過ごした。古代語のことで質問があると王宮に呼び出されたりもした。そして1週間の雨期をまったりと過ごし、鳥の1日、豊饒祭を師匠たちと楽しみ、出発の朝が来た。




