第9話 シェリル
シェリルはあたりを見回している。状況を把握するのに必死のようだ。シェリルの視界にマルチェリーナが目に入る。マルチェリーナが寄り添っていてくれる。少し離れた位置に冒険者らしい人が4人いる。
「リーナ。マルチェリーナよね。どうしてここに」
声が少しうわずっている。
「シェリル、落ち着いて。私、冒険者になったの。あそこにいるサトシたちとパーティー組んでるの」
「私を捕まえに来たのね。覚悟は出来ているわ」
「捕まえになんか来ないよ。探しに来ただけ。少し落ち着いて。アルト、何か落ち着く物ない?」
「ホットチョコレートを作ってるから、ちょっと待てて」
あたりにチョコレートの良い匂いがしてくる。
「お腹空いているんでしょ。サンドイッチも有るから、ゆっくり食べて」
とアルトが優しく言いながら、ホットチョコレートを渡す。シェリルは受け取り、両手でカップを包むように持っている。戸惑いながらも匂いに負けて口に持っていき少しだけ飲む。甘い匂いが口いっぱいに広がる。涙がポロポロとこぼれ落ちる。
リーナがシェリルを抱きしめる。
「シェリル、辛かったでしょう。もう大丈夫だから」
「国王殺しで、兄殺しの大罪人なのよ。私と一緒にいるとあなた達にまで迷惑がかかる、そんなこと私は耐えられないわ」
「大丈夫。あなたは国民を救ったのよ。罪に問われることは無いとディオジーニ様がおっしゃっていたそうよ。ガルシアス様が国王になられて、あなたに会いたがっているの。願いが有るなら聞くとまでおっしゃっているそうよ」
「私、このままどっかに消えてしまいたい。冒険者になって一緒に旅をしましょう。そう、できるだけ遠くに、私のことを誰も知らないような。ねえ、パーティーに入れて」
「そんなに簡単に王女様をパーティーには入れられないよ。それくらい分かるでしょ」
「でも、巫女姫だって」
「私は、もう巫女姫じゃないの。お父様はアルバーノに殺されたし。貴方が仇を取ってくれて嬉しく思っているわ。次の教皇が決まったんで私はもうただの冒険者よ」
「私は・・・」
「貴方は王女であることを捨てられない。教皇は世襲じゃないので変わってしまえば終わりだけど。王族は血筋ですものね。血は捨てられないよ」
シェリルの顔がまた曇ってくる。リーナが続ける。
「でも、冒険者登録はしましょ。登録だけなら何の問題もないよ。ばれたって良いんだし、王族が冒険者になったらいけないことはないはずよ。1度くらいならガルシアス様も冒険を許してくださるかもしれないしね」
「そうね、せめてそれだけでも」
それから、早い食事をして、そのまま野営した。リーナが近寄ってきた。
「サトシ、私は明日、シェリルの冒険者登録をしてクラチエに行くわ。あなた達はどうする」
「一緒に行けるなら、一緒に行こう。脱獄を助けたことも罪に問われないらしいから。それにディオジーニ様からの依頼だったよね、シェリル王女の捜索。終了報告に行かなくちゃね」
「サトシったら、楽観主義なのね。ひょっとしたら捕まるかもよ」
「・・・」
絶句していると、
「冗談よ。ディオジーニ様のことだから安心だよ。ガルシアス様が国王になったことだしね。シェリルもいるわけだから」
次の日、シェリルの冒険者登録をしにパジェの冒険者ギルドに入った。ギルドはがらがらだった。カウンターに受付の女性が2人いた。シェリルはリーナと並んでカウンターに近づいて、
「冒険者登録をしたいんだけど」
と言うと。カウンターにいた2人の女性は、
「お、お、王女様に巫女姫様、・・・」
と機能不全状態に陥ってしまった。1人が、あわてて奥に行く。
「大変です、マスター。来て下さい」
と叫んでいる。
マスターが出て来た。
「お、お、王女様に巫女姫様、・・・」
と先ほどの女性と同じ反応。しばらく待つことにした。5分もするとマスターを呼びに行った女性が落ち着きを取り戻した。
「登録ですね。本当に王女様と巫女姫様が登録なさるんですか」
「いえ、私だけです。この水晶で良いのよね」
とシェリル。受付の人は、登録の呪文を言って、
「ステータスと言って下さい」
というので、シェリルは「ステータス」と言って登録を済ませた。受付の女性は、
「はい、これがカードです」
とカードをシェリルに渡した。シェリルは受け取って、
「ありがとう」
と言ってギルドを出た。
「きゃー、わたしシェリル王女の登録をした~。夢のよう・・・」
と中で大騒ぎしている声が聞こえる。
馬車を御者付きで借りて南に向かう。クラチエに入り王宮の門の前まで来て馬車を降りた。シェリルとリーナはフードをかぶって顔を隠している。門番に言う。
「ディオジーニ様からの依頼を受けた冒険者サトシのパーティーです。依頼達成の報告にまいりました。お取り次ぎをお願いいたします」
門番は怪訝そうな顔をしたが、事務的に答える。
「一応伝えておく。しばらくかかるかもしれないので連絡先をそこに書いておけ」
リーナが怒っている。この娘は意外と気が短いのかもしれない。リーナは顔を見せて、
「すぐに伝えなさい。きっと宰相が飛んでくるから」
門番は目を丸く見開いて、
「巫女姫様。ただちに伝えてきます」
と中に走っていった。他の門番が何があったのかを確かめようと集まってくる。
「マルチェリーナ様。戻ってこられたのですか」
と口々に言う、やはり人気有るんだ。
「いえ、今は単なる冒険者です。ディオジーニ様の依頼を達成したのでその報告に来たのです」
と答えていると、奥の方が騒がしくなってきた。
門番と一緒に出て来たのは宰相のディオジーニ様だった。
「これはこれはマルチェリーナ様。依頼を達成したということでしたが」
「はい、ここで証拠を見せた方がよろしいですか」
「いや、私の部屋に来ていただけますか。お仲間も是非」
「分かりました」
僕たちは武器を預け中に入った。闇の袋は口を紐で縛り何か魔法をかけて渡された。王宮の中央部まで入り、ディオジーニ様の部屋に入った。そこには国王に就任したばかりのガルシアス王がいた。部屋に入ると、シェリルはフードを外した。ガルシアス王はほっとした様子でじっとシェリルを見ている。ディオジーニ様が、
「依頼達成を確認いたしました。冒険者の方々ご苦労様でした。達成金は経理の方に用意させます。報酬は金貨と魔素、どちらが良いですか」
リーナが、
「魔素にして下さい。私のカードにお願いします」
ディオジーニはリーナのカードを受け取り侍従に渡し、
「その前に、食事をどうぞお召し上がり下さい。ミレット、ご案内して」
こういう場合にはリーナのカードを使うことは前から話し合っていた。奴隷であるセシリアとアルトのカードは見せたくないし、僕の属性「闇」も見せたくない。獣人であるナナのカードも差別の不安がある。リーナの「光」はレアではあるけど教国にはもうミレットさんを通して知られているはずだから。
当然のことだが、シェリルとの話しを僕たちに聞かせるつもりは無いのは分かる。納得して退出することにした。アルトがミレットさんに話しかける。
「ミレットさん、お久しぶりです」
「お久しぶりです。皆さんの御活躍はディオジーニ様からお聞きしています。いろいろと大変でしたね。では、こちらに」
僕たちの活躍といえば、クラウディオさんたちの脱獄の件だよな。皮肉なんだろうな。そう思いながら、応接室に入る。ミレットさんが、
「こちらでお待ち下さい。食事の用意が出来ましたらお呼びいたします」
「ねえ、ご主人様」
「なに」
「父と母の武器や荷物を返してもらえないかな」
「そうだね。頼んでみよう」
そう言っていると、1人のエルフが入ってきた。
「こんにちは、君がクラウディオの娘か」
エルフは1人しかいないのですぐに分かったようだ。
「貴方は?」
「ライスナーだ、魔法師隊を任されている。クラウディオの昔の同僚さ。で、今はご両親はどうしている」
「西マリリアの冒険者ギルドで、ギルドマスターをしています」
「ほう、さすがアスワンだね。人を見る目がある」
小声で、アルトに
「アスワンって誰」
と聞く、アルトはそんなことも知らないのかというような顔で、
「メルカーディアの宰相ですよ」
そうだ、さっきの件、
「セシリア、この人に頼んだら」
「はい、そうですね」
セシリアはライスナー様の方を向き、
「ライスナー様、お願いがあるんですけど」
「何だい。俺にできることか」
「両親の武器と荷物を持って帰りたいのですが返していただけますか」
「分かった。俺に任せとけ、何とかする。これから食事だろう。俺も一緒に食べるからね。ディオジーニ様にも頼んであげよう」
それを聞いて僕はビックリした。ディオジーニ様も一緒に食べるんだ。それを見たライスナー様は
「ビックリしているようだな。国王も一緒かもしれないぞ」
リーナが、
「じゃあ、シェリルも一緒なんですね」
「もちろんだ」




