第16話 ナウラ
明日の黒月日を休みと決めた夜、バーナード様が訪ねてきた。
「セシリア、クラウディオとカタリナの居所が分かった」
「本当ですか、どこに」
「クラチエの北の地下牢だ。魔法無効の結界がある牢だ。エルフ専用の牢で魔法が使えないようになっている。生活魔法も使えない。捕まったエルフはたった6人だそうだ」
「水も自分では作れないんですか。それは辛い。ちゃんと水や食事は与えられているのでしょうか」
「おそらく、それは大丈夫だろう。残ったエルフが死ねば今後の統治がやりにくくなるからな。絶対にとはいえないが」
僕も聞いてみる。
「情勢はどうなっているんですか、第1王子と第2王子の」
「アルバーノ王子が国軍を、ガルシアス王子がエルフと手を結んだ。数では圧倒的にアルバーノ王子が優勢だが、貴族がどう動くかで勝負が決まる。特に宰相のディオジーニと、軍から尊敬されている大将軍モリエールの動きによるかな」
「混乱の中なら、セシリアのご両親を助けることができるかもしれない。とにかくその北の地下牢に行ってみようと思います」
「おそらくクラウディオたちは猫かぶっているだろうから警備は手薄だとは思う、助け出して欲しいが無理はするなよ。ガルシアス王子が勝てば彼らは解放されるだろうから」
「それまで生きていればでしょ、助けに行きます」
とセシリアが決めた。
「サトシ、今から俺と一緒にアラスティアのところへ行くぞ、魔食いについて何か分かったらしい」
「はい」
と返事して、剣と袋を持ってバーナードとともに王宮に向かった。
王宮のアラスティアの部屋に入る。
「サトシ、魔食いのことが分かった」
「ありがとうございます。どんな魔法なんですか」
「文献をいろいろ当たって調べたのだが、ようやく1つの伝説に記述を見つけた。魔食いとは、魔法を奪い取る魔法だ」
アラスティアは少し間を取って続けた。
「マジャルガオンの袋が属性ごと魔法を奪い取ったように、他の生物から魔法を奪い取ることができるものだ。伝説では、闇の魔導師マジャルガオンが創作し使っていたらしい魔法だ、ダークフェアリーの魔石から作った魔法ということになっている」
「では、魔食いを使うと属性ごと魔法を奪い取り、使えるということですか」
「マジャルガオンは魔法を奪い取って使っていたらしい。始めの頃は魔物から魔法を奪って使っていたらしいのだが、それには何の不利益もなかったらしい。人から魔法を奪い取るようになってマジャルガオンの精神が壊れていったとある」
「人からは奪えない」
「いや、人からも奪えるが精神の共鳴がおこり精神が蝕まれていくのだそうだ。あくまで伝説だが」
「人から奪うと危険なのですね。倫理的にも奪えませんよね、レベルアップしてやっと取れる魔法だし」
「マジャルガオンは精神が壊れて敵味方の見境なく人を殺し続けたとある。約束してくれ、人からは奪わないと」
「分かりました。約束します」
「Fレベルのブートドッグから加速を奪ってみることだ。攻撃されても危険は少ないだろうからな。魔法を使う魔物もいろいろいるので生息地などを冒険者ギルドで聞いてみるといい」
バーナードが言った。
「教国に行く途中にも、ブートドッグの生息地があったと思う。それにアルマジロンの身体強化も奪うべきだ」
「はい、試してみます」
次の日は、旅の準備にあてた。セシリアとリーナが冒険者ギルドでブートドッグとアルマジロンの生息地を調べ、僕とアルトは買い出しに行った。僕もギルドの方に行きたかったが、買い物には闇の袋が必要なのだ。夜はみんなでクラチエの北の地下牢までの道順の検討にあてた。
タンガラーダで1泊した後、トリニダの森の南方にあるラーツ山でブートドッグを討伐し加速を魔食いで取得し、国境を越えてプエルモント教国に入り、コルウェジ草原でアルマジロンを討伐し身体強化を取得する。南回りの3~4泊でクラチエの近くまで行ける予定だ。戦いが起きているのは北の方だから巻き込まれる心配は無いだろう。
蛇の8日、僕たちは出発した。いつものように乗合馬車での旅だ。何事もなくタンガラーダに着いた。いつもの光の森の泉亭に泊まる。部屋割は、僕とセシリア、アルトとリーナだ。夕食には早かったので、セシリアとリーナは馬車を借りに、僕はアルトと一緒に冒険者ギルドに行く。ブートドッグの情報を聞くためだ。
冒険者ギルドに入る。まだ早いせいか人はまばらだ。カウンターにナウラさんの姿があった。もちろんナウラさんところに行く。
「こんにちは」
「こんにちはサトシ様。こちらでお仕事ですか」
「はい、ブートドッグを討伐しようと思って」
「ブートドッグはラーツ山に生息してますけどレベルFですよ。パーティーに初心者の方がいらっしゃるんですか」
「まあ、そんなものです」
まさか魔食いを試すためなんて言えないよな。
「あれから、私もここでは他の人と同じように仕事が出来てます。本当にありがとうございました。差別されないってすごいことなんです」
少し、涙目になっているようだ。
「なんか有ったんですか、相談に乗りますよ」
「今日、仕事が終わってから宿の方にお伺いしても良いですか」
あらたまった感じで聞いてくる。ちょっと躊躇したが、
「いいですよ、光の森の泉亭に泊まってます」
「では、仕事が終わってから伺います」
アルトも少し戸惑っているようだ。
「ナウラさん、様子がおかしかったですね。やはり差別されているのでしょうか」
「そういうふうには見えなかったけど、裏ではいろいろあるのかな」
宿に帰り、夕食を食べて部屋で4人でくつろいでいると、ナウラさんが訪ねてきた。リーナが気を利かせて、
「私は向こうの部屋に行っていましょうか」
「いえ、皆さんで聞いて下さい。お願いします」
「なんかあったの。いじめられているとか」
「いえ、私はギルドではよくしてもらっています。特に他の人と同じように仕事をこなせるようになってからは、サトシ様のおかげです」
少し表情が硬くなって、
「今日は、私のことではなく妹のことでご相談したくて来ました」
「へー、妹さんがいたんだ」
「はい、ナナルといいます。17歳で冒険者をしています。属性は土です」
「じゃあ、『石つぶて』とか使えるんだ」
「いえ、攻撃魔法は取っていません。取得しているのは全て支援魔法なんです」
「すごい、私の母も支援魔法に特化していました」
とセシリア。
「冒険者としては、それはそれで良いと思うのですが」
「パーティーで何かあったんだね」
「そうなんです。夫婦2組の人族とパーティーを組んでいたんです。人族4人が攻撃、ナナルが補助と連携もよく、魔物討伐の効率も良かったそうです。でも、猫人族ということで差別され続けていたみたいなんです。レベルが上がっても支援魔法しか取らせてもらえず、独り立ちできないように仕向けられ。依頼達成金の分配では、倒した魔物の数で分けると言われ支援魔法ばかりで魔物を倒せないナナルには分配されなかったんです。そればかりか、魔素も換金させられほとんどを搾取されていたみたいです」
「それはひどい」
「充分な装備も買えず。安い革の鎧と短剣だけしか無く。宿も部屋を取ってもらえず、馬屋に寝泊まりさせられていたそうです。それに言葉も標準語をしゃべることを許されず、猫人族の子供がしゃべるように『にゃ』とか『にゃあ』とかを付けるように強要されていたとか」
あ、それ、聞いてみたい。不謹慎だが聞いてみたい。
「逃げられなかったんですか」
リーナが聞く。
「ずっと、ルグアイ王国の山岳地帯を回り、魔物もそれなりにいて支援魔法だけでは1人では逃げられなかったようです。やっとタンガラーダの近くに戻ってきたので逃げ出したんです。でも、追いかけられ、背中を切られ、そう深い傷ではなかったのですが、命からがらこの冒険者ギルドにたどり着いたんです。教会で治療を受けましたが、まだ傷は痛むようです。心の傷も深いかもしれません」
アルトが確認する。
「それで、私たちに何をして欲しいのですか。そのパーティーメンバーに謝らせたいのですか」
「いえ、もう終わったことはいいです。ナナルをサトシ様のパーティーに入れてもらえませんか」
「人族とのパーティーでも良いの」
「はい、人族と付き合っていかないとこの国では生きていけません。サトシ様なら差別なさらないでしょうから、お願いします」
「僕たちの拠点はマリリアだよ。ナウラさんと離れてしまうよ」
「ナナルがマリリアに行くなら、私もマリリアに行こうと思います。すぐにはいけませんが。マリリアの冒険者ギルドに空きが出来たらすぐに移転したいと願いを出します」
「即答はできません。今度の旅が終わったら帰りにギルドによるからそのときにナナルさんに会わせて下さい。その頃までには傷もかなり良くなっているでしょうから」
「ありがとうございます。お待ちしております」




