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作者: 糸間 優

『金属バットの少女』

カラカラと金属音。トンネルの風が少女のワンピースの端を掠めていく。淀む空気の中で清潔を保ちながら、ひた進んだ。丘の頂に突き刺さった決別の印を見つめながら、握る手に力を込める。蒸し暑い太陽が睨んだ。石が砕ける音。泥の上に残ったのは石片と金属バットだけだった。



暗闇の中、布団に埋もれながら彼女の腕の尺骨を甘く噛む。薄い布の向こう側で、微熱を孕んだ吐息が漏れる音がした。左手の指が僕の髪の毛に優しく絡み、両の足が交差する。狭いワンルームに布の擦れる音と甘い息遣いだけが響いていた。そっと口を離すと、緋色の刻印がしっかりと残っていた。



身勝手な国王の御意向で無作為に選ばれた今日の私は、勇気などという大層な代物を欠片も持ち合わせておらぬ。今だって禍々しい魔物の眼前で内股で剣を弱々しく構えるばかりだ。このような臆病な男を選び出してしまうのだから運命とは酷く滑稽である。酒場で出会った友人諸君、世界を救ってくれたまえ。



彼を幼児と呼ぶには少し抵抗がある。見た目はまさに幼児のそれだが、とにかく中身が凄まじい。誰も彼も関係なく、残酷なまでに無差別に、接触を図った人間をものの見事に説き伏せる。無論、全否定。肯定も共感もない。それがあまりにも的確なものだから、皆顔面を青くして去っていくのである。



秘密を持っている。もう決して増えることのない秘密。あの深夜の病室での彼との甘い蜜のような時間は、もう共有されることのないうたかたの夢。この腕の傷も、首の痣も、染み付いた煙草の匂いも、いずれ消えてしまう。だから今日も剃刀を握り、愛の残響を反芻するように、消えかけの痕を呼び覚ます。



『謝肉祭』

女は深々と頭を下げ、自らの腹を裂いた。道化の祭りは拍手喝采。ラム肉山羊肉蛙肉。全ての肉に感謝感激雨霰。続いて男も腕をもぐ。狂気の混じったワインの雨に、鐘を鳴らして踊り出す。感謝に感謝、今にお返し致しましょう。 さあさあ今度は主客交代。私の肉に総ての感謝を。



『抜け殻の身体にはそれぐらいで丁度よかったのです』

ひゅるりゆるりと、背中にぱっくり開いた隙間から細やかな錦糸が昇っていきます。抜け殻の身体にはそれぐらいで丁度よかったのです。暗闇でチラチラと光るそれが窮屈な生涯を讃えていました。「端麗な君に主役をあげよう」たったそれだけの始まりです。観客はもう埃しかいないのでした。



『くじらのないた夜』

永遠と呼ぶには短すぎるが、刹那と呼ぶには長すぎる。そんな旅情。音も姿を隠したこんな凪の夜には、奥にしまい込んだ筈の感傷も零れ出してしまう。大きな身体はゆっくりとしか進まず、深い群青の中で冷たく沈んでいる。今日も彼の涙は大海で塩辛い孤独を運んでいくだろう



チョコレイトを落としてしまって広がった波紋には、甘くて苦い匂いがのっていて、ミルク越しには丸い鼻。日曜の午後は無菌室にこもる潔癖症の君が笑う。



黒目から月光 白目から宇宙 睫の狭間から卒塔婆 瞼から乳白色の稚児 眉毛から雑踏 額から葦 前髪から嘘 耳から蟒蛇



眼球を取り外して 代わりにマーブルチョコレートを詰めよう 甘い優しい人に なれたらいいね


その後 君の眼球は 僕が飲み込んで ぐるぐると渦巻く 僕の心みたいな形のものを ゆっくりと 見せてあげたいと 思うんだ


そうして そっと揺れる君の背中や髪の毛や 瞼の隙間から零れるマーブルチョコレートや とろけそうな指先や 紅色の耳朶や 艶やかな唇や 足下に落ちた生クリームや 毛玉の付いたセーターや 嘘に満ちた睫や ずり落ちた靴下を バラバラと零れ落ちるジェリービーンズの雨の中 見ていたいと思うよ


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