第十一話 カイル、遺跡を破壊する
この作品は生成AIを利用しています。
毎週月曜日更新予定です。
測定具の石が、今までとは違う速さで明滅していた。
青い光が、脈を打つみたいに強くなったり弱くなったりを繰り返す。そのたびに広間の床を走る細い線が、ほんのわずかに白く浮いた。
「下がれ」
ガレスの声が低く落ちる。
隊が自然に一か所へ寄る。記録係は紙を抱え込み、術者たちはすでに前へ出ていた。カイルも剣の柄へ手をかけるが、目の前の相手は獣でも人でもない。どう斬ればいいのか分からないまま、身体だけが固くなる。
「これ、起動しかけてる」
ローラが呟いた。
「分かるのか」
シリルが問う。
「中心に流れてた魔力が、今度は逆に広がってる」
その言葉とほぼ同時に、広間の中央にあった構造物の表面が、細く光った。
ひびのような線が一本走り、そこから蜘蛛の巣みたいに広がる。音はない。なのに、その静けさが余計に嫌だった。
「測定値、跳ねた!」
術者の声が一段高くなる。
「このままだとどうなる」
ガレスが即座に訊く。
測定担当は石から目を離さず、唇を引き結んだ。
「分からない。ただ、出力の伸び方が異常だ。ここで収まる形じゃない」
「崩落か?」
「それだけで済むならいいが……」
最後まで言い切る前に、足元が小さく震えた。
今度は全員が分かった。遺跡そのものが、息を吸うみたいに一度だけ沈んだのだ。
「外まで届く」
ローラがはっきりと言った。
ガレスが振り向く。
「何だと」
「この規模だと、この中だけじゃ終わらない。たぶん外まで壊す」
「根拠は」
「この広がり方。前に見た小さい起動と違う。抑えないと、全部いく」
全部。その言い方の軽さと中身の重さが噛み合わない。
シリルが一歩前へ出る。
「止めるには」
「流れを切るしかない」
「どこを」
ローラは中央の構造物を見る。それから、床を走る線、その先の壁面、さらに天井近くの溝へと視線を動かした。
「ここが中心。でも、ここだけ壊してもたぶん遅い。先に繋がってる流れを止める」
「どこだ」
「左奥と、あの壁際。それから――」
言いかけたところで、広間の中央が低く唸った。
今度は音があった。地鳴りとも違う、金属の奥で何かが擦れるような、嫌に乾いた響きだ。床の線が一気に明るくなる。
「時間がない!」
ローラが叫ぶ。
ガレスの判断は早かった。
「結界班、出力を押さえろ! 測定班は中心監視! 前衛はローラに従え、流れを切る! 記録係は後退準備!」
その声で全員が動いた。
結界担当の術者二人が広間の入口寄りに出て、杖を床へ突き立てる。透明な膜ではなく、今度は薄青い壁のようなものが幾重にも張られ、中央から広がる光を押し返す。だが、押さえ込むというより、遅らせるのが精一杯らしい。術者たちの額にはすぐに汗が浮いた。
「長くは持たない!」
「十分だ、稼げ!」
ガレスが怒鳴る。
ローラは中央へは向かわず、左奥の壁へ走った。カイルとシリルがその後を追う。壁際を走る細い溝が、途中で柱のような出っ張りに繋がっている。石材の継ぎ目にしては不自然に整った形だった。
「ここ!」
ローラが指した。
「壊せばいいのか」
「表面じゃなく、繋ぎ目!」
カイルは一度だけ息を吸い、剣を握り直した。普通の石なら、狙う場所を選ばなければ刃が死ぬ。だが今は考えている暇がない。ローラの指した継ぎ目へ剣を叩き込む。金属を打ったみたいな硬い音が返り、腕が痺れた。
「硬っ」
「もう一回!」
シリルの剣が横から入る。同じ場所へ、今度は角度を変えて打ち込む。ひびが入った。そこへカイルがさらに重ねる。三撃目で、継ぎ目の一角が砕けた。
その瞬間、壁を走っていた光が一筋だけ消える。
「効いた!」
ローラの声。
だが喜ぶ間もなく、広間の中央がさらに脈打つ。入口側から術者の苦鳴が聞こえた。
「二本目!」
ローラはすでに反対側へ走っている。今度は低い壁際の溝だ。そこへ辿り着くより先に、中央から白い閃きが走った。熱を伴った光の筋が床を舐め、すぐ横を抜けていく。
カイルは咄嗟に身を低くした。肩の上を焼けた空気が抜ける。ローラは転がるように避け、シリルは半歩だけ引いて壁に背をつけた。
「今のも来るのかよ!」
「だから攻撃性ありって言った!」
叫びながらもローラは迷わない。壁際の溝の途中にある石板を蹴り、露出した継ぎ目を示す。
「そこ!」
今度はシリルが先に踏み込んだ。剣を逆手に持ち替え、狭い角度で打ち込む。石板が割れ、内部の細い金属片が見えた。カイルはそこへ投げナイフを叩き込む。火花が散った。
次の瞬間、床を走っていた光がもう一本消える。
中央の脈動がわずかに鈍る。
「あと一つ!」
ローラが言った時、入口側で結界の一枚が砕けた。
青い破片が霧みたいに散り、術者の一人が膝をつく。治療担当がすぐに支えるが、中央から押し広がる力の方が速い。
「持たない!」
「最後を切れ!」
ガレスの怒声が飛ぶ。
ローラの視線が上を向いた。天井近く、広間を囲う溝が中央へ集まっている。その途中、梁の陰に小さな出っ張りがある。
「あれ!」
「高いだろ!」
「届く!」
そう言うなり、ローラは壁の段差へ飛び乗った。普通なら滑って落ちる角度だ。だが彼女は一度だけ靴を引っかけ、さらに身体を持ち上げる。そのまま梁へ手をかけ――
「ローラ!」
カイルが叫ぶのと同時に、中央からもう一筋の光が走った。
避けきれない角度だった。ローラは半身を捻ったが、光は脚を掠め、石の縁へ身体を叩きつける。
普通なら落ちていた。だが彼女は手を離さなかった。顔を歪めたまま、片手で梁へぶら下がり、もう片方の手でショートソードを抜く。そのまま狙いもためらいもなく、天井近くの出っ張りへ突き立てた。
金属を裂く甲高い音が、広間いっぱいに響いた。
天井の溝を走っていた光が、一斉に消える。
中央の構造物が、初めて大きく軋んだ。
脈動が止まる。
一拍遅れて、測定担当が叫ぶ。
「出力低下! 止まる――いや、崩れる!」
その言葉の方が早かった。中央の構造物に入ったひびが、一気に全体へ広がる。床の線も、壁の溝も、役目を終えたみたいに次々と砕けた。
「全員、脱出!」
ガレスの声で、隊が一斉に反転する。
ローラは梁から飛び降りた。着地は少し乱れたが、自分の足で立っている。カイルはそこへ駆け寄る。
「走れるか!」
「走れる!」
「嘘つくな!」
「本当!」
その言い合いの間にも、天井から砂と石片が落ちてくる。もう議論している暇はない。カイルはローラの腕を掴み、そのまま入口へ向かった。
後ろでは術者たちが撤退しながら残りの結界を展開している。崩れる石を受け止めるためではなく、落下の勢いを少しでも殺すためだ。記録係は紙束を抱え、ガレスと若い剣士が最後尾で周囲を見ている。
通路へ入った途端、遺跡全体が揺れた。
壁の奥で何か巨大なものが砕ける音がする。細い通路は広間よりもずっと危うい。先頭を走る隊の足音に、自分たちの呼吸と、後ろから迫る崩落音が重なった。
「前、崩れる!」
誰かの声。次の角で、天井から石が落ちて通路の半分を塞ぐ。だが完全ではない。ガレスが先に突っ込み、積もった石を蹴り崩す。シリルが横から記録係を押し上げ、術者が短く風の魔法を走らせて砂を払う。
通れる。
そこを一人ずつ抜ける。カイルはローラを先に押し出した。自分が抜ける直前、後ろの壁にまたひびが走る。
入口へ続く最後の通路は、さっきより短く感じた。光が見える。外だ。そこへ飛び込む寸前、後方で低い轟音が鳴り、熱を帯びた風が背を押した。
全員が遺跡の外へ転がり出る。
次の瞬間、入口の上部が崩れ落ちた。石壁の一部が斜面ごと崩れ、灰色の土煙が一気に立ち上る。周囲に張っていた簡易結界がそれを少しだけ押し返したが、完全には防ぎきれない。砂混じりの風が頬を打つ。
しばらく誰も動かなかった。
咳払いが一つ。次に二つ。やがて、全員が本当に外へ出たことが分かると、緊張が少しずつ解ける。
「人数!」
ガレスが怒鳴る。
記録係が一人ずつ顔を見て数え始めた。術者、前衛、荷の管理、シリル、ローラ、カイル。抜けはない。
「全員いる!」
その声に、誰かが長く息を吐いた。
治療担当がすぐに動き出す。擦り傷、打撲、切り傷。軽傷者は多いが、血まみれで倒れている者はいない。若い剣士の腕が裂け、記録係の一人は肩を打ち、術者の一人は結界を張り続けた反動で顔色が悪い。けれど重傷と呼ぶほどの者はいなかった。
ローラは少し離れた石の上へ腰を下ろしていた。脚を庇っているのが分かる。カイルが近づくと、彼女は顔を上げた。
「だから走れたでしょ」
「そういう話じゃない」
見れば、服の脇がまた裂けている。さっき光を掠めた脚も、石で打ったらしい腕も無事では済んでいないはずだ。だが本人は、歯を食いしばっているだけで崩れない。
そこへ治療担当の術者が来てしゃがみ込む。
「見せて」
「これくらいなら」
「そう言う人ほど見せるの」
ぴしゃりと言われ、ローラは珍しく素直に従った。脚の布が捲られ、そこに赤く焼けた跡が見えた。普通ならもっと深い損傷になっていてもおかしくない。術者も一瞬だけ眉を動かしたが、すぐに治療の光を当て始める。
「軽い火傷と打撲ね。大事には至ってない」
その言い方に、カイルはまた引っかかる。軽いで済む当たり方ではなかったのを、目で見ているからだ。だが今は問い詰める場ではない。
その頃、ガレスと測定担当、シリルが崩れた遺跡を少し離れたところから見ていた。斜面の半ばはほとんど埋まり、入口は完全に潰れている。さっきまでの冷たい沈黙は失われ、ただ崩れた石と土がそこにあるだけだった。
「止まった、でいいんだな」
ガレスが問う。
測定担当は測定具の石を見下ろす。青い光はほぼ消え、鈍い灰色に戻っていた。
「出力は急減した。中心機構は破断したと見ていい」
「再起動の可能性は」
「少なくとも今ここではない」
それを聞いて、シリルがようやく肩の力を抜いた。
「じゃあ……食い止めた、のか」
「たぶんな」
ガレスはそう答えたが、その声は珍しく少し掠れていた。
大規模破壊。測定担当が中で漏らしたあの言葉が、今になって重く戻ってくる。もし止められなければ、ここだけで済まなかったのかもしれない。斜面の崩落程度で終わったのは、最後の流れを断ち切れたからなのだろう。
記録係の一人が、まだ土埃のついた紙束を抱えたまま小さく笑った。
「全部駄目になったかと思った……」
「半分は煤けてるわよ」
治療担当が言う。
「半分残ってるなら上等だ」
荷の管理役の男がぼそりと返し、そのまま荷車の確認に向かった。結局、誰も浮かれない。だが、全員生きていることへの安堵だけは、そこにあった。
夕方が近づく前に、ガレスが隊を集めた。
「今日はここから下がる。夜営地は一つ前の水場まで戻る。けが人が多い以上、無理に進まない」
「ベルノアへは?」
シリルが訊く。
「帰る。これ以上見るものはないし、入口も潰れた」
それは当然だった。遺跡の調査は続けられない。だが、持ち帰るべき報告は十分すぎるほどある。
「死者なし。重傷者なし。軽傷多数。遺跡は暴走後に崩落。出力は停止」
ガレスが確認するように口にし、測定担当が頷く。
「それでいく」
隊は再び荷をまとめ始めた。崩れた遺跡の前での作業は、行きよりずっと遅い。誰もが疲れていて、けれど手は止めない。荷車に残った道具と記録を載せ、歩けないほどではない者から自分の足で立つ。
カイルは剣を鞘へ戻し、最後に一度だけ崩れた斜面を振り返った。
あれほど静かだった遺跡は、もう石と土の塊にしか見えない。だが、その奥に眠っていたものが何だったのか、それが完全に分かったわけではない。ただ、放っておけばまずかったということだけは、骨身に染みていた。
「行くぞ」
ガレスの声で隊が動き出す。
ベルノアへの帰還が始まった。
帰り道は、一週間前より長く感じる気がした。




