第51話 「調整者の誤差」
お読みいただきありがとうございます。
第51話は、
世界を調整する側に
“あってはならないもの”が
垣間見える回です。
それは失敗ではありません。
もっと厄介なものです。
彼女は、
何も言わなかった。
実験施設跡の
映像が消えても。
死者数が
確定表示に変わっても。
ただ、
記録を閉じた。
「……次は?」
俺が訊くと、
女は
一拍だけ遅れて答えた。
「……次の調整は、 四時間後」
遅い。
いつもより。
「それまで、 放置か」
「そうなるわね」
声音は、
平静だった。
だが――
俺の目は、
別のものを捉えていた。
【鑑定結果】
対象:調整側個体
状態:安定
備考:判断遅延(微)
……遅延。
あり得ない。
彼女は、
世界の歯車だ。
感情で
回転速度が
変わるはずがない。
「……今の選択」 俺は、 静かに言う。 「気にしてるのか」
女は、
即答しなかった。
それ自体が、
答えだった。
「……仕様上」 彼女は、 少しだけ視線を逸らす。 「あなたの選択は、 非効率」
「知ってる」
「でも」 女は、 言葉を探すように 続けた。 「避難所の 安定度は、 想定より高かった」
救えた人数が、
計算より多かった。
「……誤差だな」
俺が言うと、
女は
わずかに眉をひそめた。
「誤差は、 修正するものよ」
「全部か?」
問いに、
彼女は
すぐ答えなかった。
沈黙。
短いが、
致命的な沈黙。
【鑑定結果更新】
備考:感情的揺らぎ検出
――揺らぎ。
世界が、
見逃さない種類のやつだ。
「……あなた」 俺は、 声を落とす。 「それ、 世界に 知られたら――」
「分かってる」
女は、 即座に遮った。 少しだけ、 強い声。
「分かってるわ」
一呼吸。
そして、
彼女は
自分でも驚いたように
目を伏せた。
「……でも」 小さく、 本当に小さく言う。 「“全部正しい”より、 マシだった」
その一言で、
空気が変わった。
世界が、
一瞬
躊躇する。
「……それが、 感情だ」
俺が言うと、
女は
苦笑した。
「言わないで」 「私、 そういうの 嫌いなの」
嫌い。
好き嫌い。
その言葉が、
彼女の立場と
あまりに噛み合わない。
「……ねえ」 女は、 俺を見る。 「あなた、 危険よ」
「今さらだ」
「違う」 女は、 首を振る。 「世界に 危険なんじゃない」
「私に」
その言葉は、
冗談みたいだった。
でも――
鑑定結果が、
否定しない。
【補足】
調整側個体:
不確定要素、増大中
増大。
世界が
一番嫌う状態だ。
「……次から」 女は、 いつもの調子に 戻ろうとする。 「判断は、 もっと早くする」
「できるか?」
俺の問いに、
彼女は
一瞬だけ
黙った。
そして――
はっきり言った。
「分からない」
それが、
彼女にとっての
最大の異常だった。
ここまでお読みいただき、
ありがとうございます。
調整者は、
世界のために
感情を持たない存在です。
ですが、
完全な合理性は
ときに
世界を不安定にします。
主人公の選択は、
世界ではなく、
彼女を揺らしました。
それは、
想定外の方向から
世界を壊す可能性を
含んでいます。
次話、
この“誤差”は
見逃されません。




