第40話 「正しい判断が、正解とは限らない」
お読みいただきありがとうございます。
第40話は、
世界ではなく
人の側に生じた
はっきりとしたズレを描く回です。
誰も間違っていません。
それでも、
同じ方向を向けなくなります。
その感覚を
感じていただければ幸いです。
会議室の空気は、
重かった。
誰も、 声を荒げていない。 だが―― 視線は、 一致していなかった。
「……確認する」
アリアが、 静かに切り出す。
「39話の件以降、 抑制基準を さらに引き上げた」 「それでも、 遅延は止まっていない」
「止まるどころか」 フェンが、 腕を組む。 「また増えてる」
ルークが、 端末を操作する。
「現在、 最大三割五分」 「一時的に、 四割に 達した地点もあります」
四割。
その数字に、 何人かが 息を呑んだ。
「……つまり」 セリアが、 慎重に言葉を選ぶ。 「このままだと、 事故は 続く可能性が高い」
「ええ」 アリアが、 否定せず頷く。
視線が、 俺に集まる。
「……鑑定士」 アリアが、 名を呼ぶ。 「あなたの判断では、 どうすべき?」
俺は、 一拍置いてから答えた。
「抑制を、 さらに強めるべきじゃない」
室内が、 静まり返る。
「……は?」 フェンが、 思わず声を出す。
「今のやり方を 続けると」 俺は、 淡々と続ける。 「世界側の拒否が 強まる」
「じゃあ、 どうする」 フェンが、 睨む。
「“動かさない”」
その言葉が、 落ちる。
「整備も」 「更新も」 「最低限以外、 全部止める」
「それは――」 即座に、 別の管理担当が口を開く。 「現実的ではありません」
「生活に 支障が出る」 「事故も、 別の形で 増える」
正論。
誰も、 否定できない。
「……分かってる」 俺は、 頷いた。
「だから、 “選ぶ”必要がある」
「選ぶ?」
「世界を 刺激しないために」 「人の不便を 受け入れるか」
「人を 守るために」 「世界を 刺激するか」
誰かが、 小さく息を吸った。
「それは……」 アリアの声が、 わずかに揺れる。 「人に、 我慢しろと?」
「そうだ」
俺は、 目を逸らさない。
「今までは、 それを 先延ばしにしてた」 「でも、 もうできない」
沈黙。
長く、 重い。
「……それでも」 別の声が、 上がった。 「住民に 説明できません」
「“世界が嫌がるから 不便になります”と?」
「納得しないでしょう」
「しないな」 俺は、 即答した。
「でも、 納得させる以外に 方法がない」
「……それは、 理屈だ」 フェンが、 低く言う。 「現場は、 感情で 動いてる」
「知ってる」
「じゃあ、 お前は」 フェンが、 一歩踏み出す。 「また、 怪我人が出ても それを “正しい”と 言えるのか」
俺は、 一瞬だけ 言葉を探した。
そして、 答えた。
「“正しい”とは 言わない」
「でも」 「避けられなかったとは 言う」
その瞬間、 はっきりと 空気が割れた。
誰も、 叫んでいない。 誰も、 怒鳴っていない。
それでも―― 分かった。
ここから先、 同じ判断は できない。
アリアが、 ゆっくりと 口を開く。
「……分かりました」 「本日は、 ここまでにします」
会議は、 それで終わった。
誰も、 結論を 共有しないまま。
部屋を出る時、 フェンが、 小さく言った。
「……正しいと 分かってるのに」 「納得できない時って、 あるんだな」
俺は、 何も返さなかった。
鑑定結果は、 変わらない。
だが―― 人は、 そこまで 強くない。
ここまでお読みいただき、
ありがとうございます。
今回、
誰も誤った判断はしていません。
意見も、
立場も、
すべて理解できます。
それでも、
同じ結論には
辿り着けませんでした。
鑑定は
“本来あるべき姿”を示します。
ですが、
それを選べるかどうかは
別の問題です。
ここから先、
世界より先に
人の判断が
限界を迎えます。
それが、
最初の崩れです。




