第38話 「世界が静かに拒否し始めた件」
お読みいただきありがとうございます。
第38話は、
これまで“抑えられていたもの”が
目に見える形で
表に出始める回です。
派手な崩壊はありません。
ですが、
無視できない違和感が
確かに残ります。
その変化を
感じていただければ幸いです。
異変は、
報告書の端から始まった。
「……すみません」 ルークが、 端末を操作したまま 声を落とす。 「数値自体は、 基準内です」
「“自体は”?」 フェンが、 嫌な顔をする。
「はい」 「ですが……」 ルークは、 一度言葉を切った。 「抑制処理に、 以前より 時間がかかっています」
時間。
それは、 今まで 問題にならなかった部分だ。
「遅延量は?」 セリアが、 即座に訊く。
「平均で、 約一割」 「最大で、 ……二割です」
沈黙。
二割は、 誤差ではない。
「原因は?」 アリアが、 落ち着いた声で問う。
「特定できていません」 「魔力不足でもない」 「外部干渉も、 確認できません」
「……世界側か」 フェンが、 低く言う。
俺は、 すでに 目を使っていた。
【鑑定結果】 対象:抑制処理 状態:部分拒否 備考:仕様優先度変更中
――変更。
嫌な言葉だ。
「……拒否、だな」
「拒否?」 リリスが、 こちらを見る。
「完全じゃない」 俺は、 続ける。 「でも、 “前と同じやり方”を 通さなくなってる」
「世界が?」 アリアの声が、 わずかに硬くなる。
「世界が」
否定しなかった。
その瞬間、 遠くで―― 鈍い音がした。
「……何だ」 フェンが、 顔を上げる。
次の瞬間、 通信が入る。
「区域Cで、 転倒事故!」 「重傷ではありませんが、 抑制が一瞬、 間に合いませんでした!」
一瞬。
それだけで、 事故は起きる。
「死者は?」 俺が問う。
「……いません」
その答えに、 誰も安心しなかった。
「現場判断は?」 アリアが、 即座に指示を出す。
「すべて中止」 「動線固定、 設備更新、 全部止めて」
「了解!」
通信が切れる。
その場に、 重い空気が残った。
「……始まったな」 フェンが、 静かに言う。
「まだだ」 俺は、 首を振る。
「“始まってはいない”」 「でも――」
言葉を、 選ぶ。
「世界が、 我慢しなくなった」
それは、 怒りではない。 敵意でもない。
ただ、 “通さない”という 意思表示。
「次は」 リリスが、 呟く。 「……もっと、 間に合わなくなりますか?」
「なる」
即答だった。
「そして、 その理由は 説明されない」
全員が、 黙る。
言い訳も、 理解も、 許されない段階。
「……神と話した結果が、 これか」 フェンが、 苦く笑う。
「違う」 俺は言う。 「話す前から、 決まってた」
「ただ――」
視線を、 区域の外へ向ける。
「もう、 戻れなくなっただけだ」
世界は、 壊れていない。
だが―― 確実に、 優しくはなくなっていた。
ここまでお読みいただき、
ありがとうございます。
今回の事故は、
世界が壊れた結果ではありません。
まだ、
「正常な範囲」です。
問題は、
それでも事故が
起きてしまったこと。
抑制は失敗していない。
管理も崩れていない。
誰も間違っていない。
それでも、
世界は通さなかった。
ここから先は、
“うまくやれば大丈夫”が
通用しません。
次に失敗するのは、
人か、
それとも――
世界か。




