夜の女王のアリア
ルルディの、ほぼほぼモブ悪役令嬢たる所以は、ヒロインと接触がないことであるが、音楽の授業だけはそうはいかなかった。
選択授業の一つが音楽であり、ヒロインも選択していたからだ。
「ルルディさん、皆さんのお手本がわりにこのアリアの第1節を歌ってください。」
声学の担当教諭に指名されたルルディは、おもむろに立ち上がった。
ルルディの声にうっすらと魔力が乗っているのは 声楽家としての強みである。
ソプラノの伸びやかな声は美しく、波紋のように広がっていく。
歌い終わると思わずと言った風にクラスメイトは賞賛の拍手を送ったが、ヒロインだけは屈辱に耐えるかのように唇を噛んでいた。
あ、これイベントだったわ。
イベントが失敗したと言うことは、ヒロインの音楽のパロメーターは不足している。
今更のようにルルディは乙女ゲームの内容を思い出していた。
この授業の中でヒロインがアリアを歌い上げ、クラスメイトから称賛されるというエピソードがあったのだ。
それが達成できなくて、あんな顔をしているとしたら、ヒロインもまた転生者なのかもしれない。
ーーん?
あれ、イベントはこれで終わりじゃなかったはず
………確か、ヒロインがアリアを歌い上げた後、
唐突に、教室の外から悲鳴が上がった。
鳥肌が立つように不気味な魔獣の唸り声がする。
廊下側のドアに一番近い位置に座っていたヒロインが、騒ぎを確認するようにドアを開けた。
「ダメッ!」
ルルディは叫んだが、手遅れだった。
この安全な学園にいるはずもない存在、犬に近い姿をした魔獣が飛び込んでくる。
ヒロインは腰を抜かしたのか、動けない。
魔獣を追いかけてきたのか、なぜか教室に王子が駆け込んできた。
王子様がヒロインを助けるイベントだ。
だが魔獣の牙は今にもヒロインを襲いそうで、王子は間に合いそうにない。
ルルディは思いっきり息を吸い込んで 悲鳴をあげた。
コロラトゥーラソプラノの音域をさらに超えた高い音域の悲鳴は、魔力によって夜の女王のような圧倒的な力を持つ超音波に変換された。
生じた衝撃波が、教室の窓という窓を破壊する。
魔獣は踵を返して廊下の奥へ走って行った。
息切れしたルルディは、疲れ果てて床にへたり込んだ。
全身全霊の力の声を出し切り、酸欠で目眩がする。
「ルルディさん、しっかりするのよ、ルルディさん!」
圧倒的な音量による一時的な難聴を患いながら、声楽教師はルルディをいたわるように介護し、駆けつけた養護教諭の手を借りて、保健室へ連れて行くことにした。
「大丈夫だったか?」
「殿下ぁ……!怖かったですぅ……!」
倒れたルルディに目もくれず、王子がヒロインのもとへ駆け寄って行った姿を背にしながら。
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本作は短編「雨の日には君を想う。」「視線の行方」と登場人物が繋がっているので、気が向いたらぜひご覧ください。




