螺鈿の鱗
この東の国の観光資源として1番有名なのは、温泉である。
新婚旅行中だった妻が、温泉をたいそう気に入ったので、夫は旅行ではなく長期滞在に切り替えて、別荘まで買い上げていた。
海に近い別荘は、温泉つきだ。
何処からそんな大金を稼いだかというと、世界で数える程しかいないS級冒険者が東の国に来たと耳に挟んだ公爵が、可愛い娘のために大枚はたいて雇ったからだった。
レインが午後2時までの貴族の子女が通う学園内での警護に行ったので、妻である美月は暇つぶしにゆったりと波打ち際を散歩していた。
「っえ!大丈夫ですか?!」
視界の先に、行き倒れている人影が見えて慌てて駆け寄る。
波に下半身を浸しながら、美月と同じ年頃の若い少女は、俯せに倒れていた。
身体が氷のように冷たいが、胸は微かに上下している。
濡れたままでいると体温が更に奪われてしまうと判断して、美月は少女を抱き起こすと、自分がきていたロングカーディガンで包んだ。
誰かを呼ぶより、別荘に連れて帰るべきだろう。
少女はズボンを履いているが、隠しきれない足首から、ちらりと見えたそれは、螺鈿細工のように美しいウロコだった。
「これはまた珍しいな、先祖返りか。
人魚の血が混じってるパターンは、初めて見たぜ。」
「どうにかできないの、レイン。」
「これだけはっきり異形化すると、人間に戻るのはもう無理だな。
魂の形も人魚になってるぞ。」
頭上からそんな会話が聞こえてきて、ルルディの意識はゆっくり浮上していく。
柔らかい毛布に包まれた感覚。
誰かがルルディを保護してベッドに寝かせてくれたらしい。
「ん……ここは?」
「目が覚めた?貴女は海辺で倒れていたのよ、覚えてる?」
ルルディを怯えさせないように優しく微笑むのは、同じ年頃のはずなのになんだか色っぽい雰囲気のある少女だ。
ベッドサイドの椅子に座る彼女の肩に顎を載せている青年は、見覚えがある。
「……レインさん?」
「暫くぶりだな、お嬢ちゃん。公爵家のお嬢様が探してたぞ。」
「ネーレイスが……」
「何か事情があって出奔したんだろうとは言われてたが、先祖返りしちまったんなら納得だな。」
「………さっきの、」
「ん?」
「さっきの会話、本当ですか?人間には戻れないっていう……」
俯きながらぼそぼそと言うルルディを気にせず、レインは顎に手を添えて考えながら答える。
「本質は人魚だけど、魔力を補充すれば、人間の姿に戻ることはできる。
ただ、寿命が延びたってことさ。
人魚は基本的に不老 だからな。
あと、人魚の肉を食べると不老になると言われているから、隠しておいた方がいいぞ。」
「レイン、そんなにいっぺんに説明しても疲れさせてしまうわ。
少し休んだ方がいいわ。
動けるようになったら、お風呂に入って温まりましょう。」
弱々しく頷いて、ルルディは疲れたように目を閉じた。
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本作は長編「雨の日には君を想う。」のレインと美月と登場人物が繋がっているので、気が向いたらぜひご覧ください。




