008 ルナの身体測定
ルナの研究室に行くため、特別棟にやってきた。
特別棟は、広大な敷地の奥まった場所にある。
近未来的な要塞風の本校舎に対し、ここはレトロな佇まいになっている。
古びたレンガ造りの外壁には蔦が絡まり、屋根からは大小さまざまなアンテナや煙突が突き出していた。
「ここ、ボクのラボ」
ある部屋の前で、ようやくルナが地面に降りた。
重厚な金属製の扉を開けて、中の様子を見せてくれる。
室内は、広々とした理科準備室のようだった。
「これは……ずいぶんと汚いな」
床に書類や謎の機械部品が散乱している。
入学初日だというのに、早くも使い倒しているようだ。
いつからこのラボを与えられていたのだろう。
「掃除は後でする。それより、これ飲んで」
ルナは冷蔵庫を開け、怪しい液体が入ったビーカーを取り出した。
緑色に発光していて毒々しい。
「なんだこれ。『いいもの』ってこれのことか?」
「ん。特製プロテイン。魔力回路を活性化させる成分入り。迅のデータを取るのに必要」
また魔力か。
俺はビーカーを受け取りつつ、以前から気になっていたことを尋ねた。
「なあ、前から思っていたんだが……魔力って結局なんなんだ? あとさ、魔法についても教えてくれよ」
俺の質問に、ルナはキョトンとした顔をした。
「……迅、本気?」
「ああ。俺の地元じゃ、魔力や魔法なんて日常的には使われていなかった。そういう言葉が登場するのはアニメやマンガの世界だけだ」
神隠村では「気合い」とか「根性」で全て解決していた。
村のダンジョンで魔物に負けた時も「根性不足!」と怒られたものだ。
間違っても「魔力ガー」「魔法ガー」とは言わなかった。
「……信じられない。現代社会じゃ常識だよ」
ルナは呆れたようにため息をつき、人差し指を立てた。
「魔力は、大気中や体内にあるエネルギー。これを専用の術式を通して変換することで、物理現象を引き起こす。それが魔法」
「……?」
何を言っているのか分からず、俺は首を傾げた。
「見てて」
ルナが指先に意識を集中させると、ポッと小さな炎が灯った。
ライターもマッチもないのに、指先から火が出ているのだ。
「すげぇ!」
目玉が飛び出そうなほど驚いた。
信じられないが、本当に魔法は実在していたのだ。
村のみんなが知ったら腰を抜かすに違いない。
「これが魔法。体内の魔力を燃料にして、炎を生み出した」
「すごい便利だな。そんなことができるならガス代が浮きそうだ」
「……そういう問題じゃないけど、まあいいや。とにかく、ボクは迅の魔力を詳しく調べたい。だから、飲んで?」
ルナが毒々しい液体の入ったビーカーを渡してくる。
「まあ、毒じゃないなら飲むよ」
俺は意を決して、緑色の液体を一気に飲み干した。
「……まずっ! いや、まずい! まずすぎるだろ!」
雑巾の絞り汁にハッカを混ぜたような味がした。
そのうえ、飲んだ直後から体がカッと熱くなるのを感じる。
「どう? 体の奥、熱いでしょ?」
「……ああ、なんか変な感じだ」
ルナが壁にかかっていた白衣を羽織り、聴診器を持って近づいてくる。
いつもは気怠げなのに、今はこの上なく嬉しそうだ。
ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべるその様子は、まさに研究者だ。
「じっとしてて。魔力の流れ、調べるから」
ルナは俺の前に立ち、聴診器を俺の胸に当てた。
「心拍数、正常。魔力反応……やっぱりおかしい」
ルナは首を傾げ、さらに密着してきた。
俺のブレザーのボタンを勝手に外し、シャツの中に手を滑り込ませてくる。
「おいっ! 何してんだ!」
「直接触って確かめる」
ルナの冷たい手が、俺の腹筋や胸板を這い回る。
ひんやりとして気持ちいいが、それ以上に理性が削られる。
(都会ではこの距離感が普通なのか!?)
秘境から出張ってきた女に免疫のない童貞には刺激が強すぎた。
「……筋肉の密度、やっぱり異常。硬い……鋼鉄より硬い。なのに弾力がある。魔力が筋繊維一本一本に癒着してる……はぅ、素敵」
その感想は少し変態的だった。
ルナの吐息が首筋にかかり、俺は思わず体を強張らせる。
「ルナ、そろそろ離れてくれないか? くすぐったいんだが」
「まだ。もっと奥まで調べたい」
ルナの手がさらに下へ――腹筋の割れ目をなぞるように滑っていく。
俺は慌ててルナの手を掴んで止めた。
「こ、これ以上はダメだ!」
「……ちぇ。迅のケチ」
ルナは不満そうに唇を尖らせながら離れた。
俺は安堵しつつ、乱れた服を直す。
その時、今さらながらにあることが気になった。
「そういえば、昨日まで持っていたタブレット端末はどうしたんだ? 愛用品じゃなかったのか?」
思えばルナは、今日、タブレットを持っていなかった。
昨日までは肌身離さず所持しており、隙あらば触っていたのに。
「……あれ、捨てた」
「捨てた!?」
「昨日のスライムとの戦いで故障した」
「なるほど。粘液にやられたんだな」
ルナは「ん」と頷き、俺の目をじっと見つめた。
「それに、機械を通すより、自分の目と肌で感じたほうが、確かなデータが取れると思う。実際、いいデータが取れた。迅の体、宝の山」
ルナが嬉しそうに笑う。
機嫌が良さそうだし、せっかくなので追加の質問をしてみた。
「具体的にはどんなデータが取れたんだ?」
「迅の異常な強さの秘密がわかった。少しだけど」
「俺の異常な強さ……? 東京の連中が軟弱なだけじゃないのか?」
「違う。迅が異常に強い。そして、それには理由がある」
「というと? あ、馬鹿な俺にもわかるように教えてくれよ。難しい理論とか語られても困るからな」
「ん。じゃあ、簡単に言う。迅は全身が魔力の塊みたいなの」
「魔力の塊……?」
「語弊があるけど、普通の人は血管に魔力が流れているイメージ。でも、迅は血管だけじゃなくて、皮膚や筋肉も魔力ってイメージ」
よくわからないが、何となくイメージできた。
「要するに魔力がめちゃくちゃ多いってことだな」
「多いというか、もはや魔力の概念が壊れている。歩く魔力、それが迅」
「なんかわからないけどすごいな、俺」
「迅は不思議に思わなかったの? 地元でも目立っていたでしょ?」
「いや、全然だよ。むしろ落ちこぼれ扱いだった」
「嘘?」
「本当さ。だから、村の外でも生きられるようにって上京してきた」
「その話が本当なら、迅の強さは風土的なものかも。仮説の段階だけど、生まれ育った国や土地が魔力の性質に影響を及ぼすって理論もある」
「それはあり得るかもな。俺の故郷は神隠村っていうんだけど、標高がすごく高いところにあるんだ。だから、部外者はまともに生活できないって言われている」
「そうなんだ。神隠村……聞いたことない。地図に載っている村は全て記憶しているのに」
「長野の山奥にあるよ」
「いつか行ってみたい。いいデータが取れそう」
「たぶん道中で後悔すると思うぜ」
「ん。それは大丈夫。迅に負ぶってもらうから」
俺は反射的に「おい!」とツッコミを入れる。
ルナは満足げに笑うと、俺の背中に飛び乗ってきた。
もはや当たり前のように負ぶって移動するシステムが構築されている。
「迅、帰ろ」
「はいよ」
俺は研究室をあとにした。
「なぁ、ルナ、一ついいか?」
「なに?」
校門に向かって歩きながらルナと話す。
「ルナの研究でさ、豊胸手術をせずに胸を大きくすることってできないのか? 俺は巨乳が好きなんだ」
ルナは何も言わずに俺の頭を叩いた。
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