第7話 「母の声、そして観測者の継承」
春が深まり、都の空気に花の香りが混じる頃。
香調司の本殿では、帝からの命により、“新たな観測者の任命式”が執り行われていた。
そこには、静華の姿があった。
「観測とは、見ることではない。“香”という記憶を感じ取り、人の想いの根を見抜くことだ」
玄月が静かに語る。
彼の声に、過去の険しさはもうない。弟子として、そして玲華の娘として静華を正式に送り出す顔だった。
帝より与えられた称号――「観香官」。
それは、すべての香調における最終判断権を持つ、唯一無二の香観者である証。
「私に……務まるでしょうか」
静華の声には、揺れがあった。
だが帝は、微笑んで答えた。
「お前の香は、人を裁かず、人に寄り添う。……だからこそ、お前に託すのだ」
その夜。
静華は母の遺香を再び焚き、香の煙の中で“ある記憶”を見た。
それは、彼女が幼い頃、母と過ごした最後の夜の光景だった。
──「静華、香はね、真実を嗅ぎ分けるものではないのよ。
人の“嘘の裏側にある願い”を、探してあげるものなの」
母の声が、微かに響いた。
静華は目を閉じ、静かに頷いた。
「……母さん、私はもう、迷わない」
そして彼女の元に、新たな香調依頼が届く。
それは、かつて玲華が未解決のままに残した、最後の事件――
“沈香の海で見つかった、声を失った少年”の香記録だった。




