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第4話 「眠り香と、観測者の記憶」

目を覚ました時、静華は見知らぬ部屋にいた。


格子窓から差し込む朝日が、淡い金に染まる。鼻先に残るのは――睡香の名残。

気を失ってから、丸一日が経っていた。


(……私は、なぜ生きてる?)


香調司の誰かに助けられたのか、それとも――


扉が静かに開いた。現れたのは、香調司副長の凌明リンミンだった。


「無事だったか。君を襲ったのは“尚妃付きの香童”だった。すでに拘束している」


「尚妃が……黒幕?」


「いや。彼女の証言によれば、“誰かに命じられた”だけらしい。名は言わなかったが、“香の系譜を断て”という命令だったと」


静華の眉が、かすかに動く。


香の系譜――それは、静華の母が遺した言葉だった。

彼女はかつて、観測者と呼ばれた伝説の香調師、玲華れいかの娘だ。


玲華は、帝に最も信頼された香術の使い手だったが、ある日、謎の死を遂げた。

そしてその死後、静華は後宮の片隅で“名もなき香童”として育てられたのだ。


「……私が、観測者の一族だから?」


凌明は頷く。


「君の“鼻”は、帝国にとって都合の悪い真実まで嗅ぎ取ってしまう。だからこそ、君の母も……」


言葉が切れた。

静華はその沈黙に、全てを悟る。


「母は、消されたんですね。香の力で、“真実”を暴こうとしたから」


静華の心に、冷たいものが流れ込む。


母と同じように、香で世界の真実を暴く者は、決して許されない。

だから自分も、今、命を狙われている。


それでも――


「私が香を読むのは、母の代わりです。“香に込められた誰かの想い”を、無かったことにさせないため」


強く、静華は立ち上がった。


「尚妃は利用されただけ。真の黒幕は、別にいる。涙香を混ぜ、朱砂を添えた者──その香りの“癖”を、私は知ってる」


凌明の目が細くなる。


「誰だ?」


「……香調司の長官、玄月げんげつです」


それは、帝に仕える香術の頂点に立つ者。

静華が最も信用していた師でもあった。


その香りの癖、調香の配合。

静華の記憶の奥底に、かつて玄月が調合していた“ある香”と、涙香のそれが重なった。


「どうして……玄月様が?」


「君の“鼻”が正しければ、理由はひとつだ。観測者の再来を恐れたのだよ。君を“母のように消す”ために」


静華は、震える指先を抑えながら言う。


「――でも、私は逃げません」


香で、人を救い、真実を暴く。それが母の遺志。

その香りは、未だに静華の記憶の中に生きている。


彼女は、香の煙の中で目を閉じ、静かに香を読み取った。


(玄月様がこの事件に関わっているなら、香調司そのものが“嘘”の中にある)


観測者としての自分を、ただの香童として埋もれさせるわけにはいかない。


香の真実が、静かに立ち昇る。

それはやがて、帝をも揺るがす“大火”となる――目を覚ました時、静華は見知らぬ部屋にいた。


格子窓から差し込む朝日が、淡い金に染まる。鼻先に残るのは――睡香の名残。

気を失ってから、丸一日が経っていた。


(……私は、なぜ生きてる?)


香調司の誰かに助けられたのか、それとも――


扉が静かに開いた。現れたのは、香調司副長の**凌明リンミン**だった。


「無事だったか。君を襲ったのは“尚妃付きの香童”だった。すでに拘束している」


「尚妃が……黒幕?」


「いや。彼女の証言によれば、“誰かに命じられた”だけらしい。名は言わなかったが、“香の系譜を断て”という命令だったと」


静華の眉が、かすかに動く。


香の系譜――それは、静華の母が遺した言葉だった。

彼女はかつて、観測者と呼ばれた伝説の香調師、**玲華れいか**の娘だ。


玲華は、帝に最も信頼された香術の使い手だったが、ある日、謎の死を遂げた。

そしてその死後、静華は後宮の片隅で“名もなき香童”として育てられたのだ。


「……私が、観測者の一族だから?」


凌明は頷く。


「君の“鼻”は、帝国にとって都合の悪い真実まで嗅ぎ取ってしまう。だからこそ、君の母も……」


言葉が切れた。

静華はその沈黙に、全てを悟る。


「母は、消されたんですね。香の力で、“真実”を暴こうとしたから」


静華の心に、冷たいものが流れ込む。


母と同じように、香で世界の真実を暴く者は、決して許されない。

だから自分も、今、命を狙われている。


それでも――


「私が香を読むのは、母の代わりです。“香に込められた誰かの想い”を、無かったことにさせないため」


強く、静華は立ち上がった。


「尚妃は利用されただけ。真の黒幕は、別にいる。涙香を混ぜ、朱砂を添えた者──その香りの“癖”を、私は知ってる」


凌明の目が細くなる。


「誰だ?」


「……香調司の長官、玄月げんげつです」


それは、帝に仕える香術の頂点に立つ者。

静華が最も信用していた師でもあった。


その香りの癖、調香の配合。

静華の記憶の奥底に、かつて玄月が調合していた“ある香”と、涙香のそれが重なった。


「どうして……玄月様が?」


「君の“鼻”が正しければ、理由はひとつだ。観測者の再来を恐れたのだよ。君を“母のように消す”ために」


静華は、震える指先を抑えながら言う。


「――でも、私は逃げません」


香で、人を救い、真実を暴く。それが母の遺志。

その香りは、未だに静華の記憶の中に生きている。


彼女は、香の煙の中で目を閉じ、静かに香を読み取った。


(玄月様がこの事件に関わっているなら、香調司そのものが“嘘”の中にある)


観測者としての自分を、ただの香童として埋もれさせるわけにはいかない。


香の真実が、静かに立ち昇る。

それはやがて、帝をも揺るがす“大火”となるとはこの時の私は知らなかった。

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