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プロローグ──香は、すべてを知っている

香連こうれん帝国の春は、香りから始まる。


東の殿舎では白檀を、南の庭園では沈香を、后妃たちの居住区では薄荷はっかを炊き、香煙が風に揺れる。

この国の宮廷において、「香」はただの嗜みではない。

それは教養であり、武器であり、時には――毒よりも強い、真実の証だった。


その日、少女・静華ジンファは下働きとして宴の準備をしていた。

身分は低く、口数も少なく、目立つことを好まぬ香調師見習い。


だが彼女には、“あるもの”が備わっていた。


生まれつき鋭敏すぎる鼻――わずかに混じった異物さえ嗅ぎ取ってしまう、忌まわしくも特別な感覚。


それは幼い頃、母親が炊いた香から「死にかけの鼠の臭い」を言い当てたときに、初めて露わになった。


以降、彼女の鼻は常に「本当のこと」だけを告げる。

人の嘘も、死を隠す香も、愛の裏にある嫉妬さえも――香りは、すべてを語っていた。


「……違う」


静華は立ち止まり、盆に載せられた香壺を見つめた。


薄く甘い香り、春蘭しゅんらんの精油で仕上げた、祝宴用の香り――そのはずだった。

だがその奥に、かすかに漂う“金属の錆びた臭い”。


誰も気づかない。いや、誰にも、気づけるはずがなかった。

だがユイの鼻は、それを“毒”だと告げていた。


 


そして、その夜。


宴の最中、皇族の一人が、口元を抑えて崩れ落ちた。


 


──香りが、嘘を暴いたのだ。


その事件をきっかけに、静華は気づかぬうちに、

“帝都の裏で蠢く陰謀”と“死の香り”に巻き込まれていく。


香調師の少女が嗅ぎ分けるのは、甘美な薫りの裏に隠された、

人の欲と死の気配――そして、誰にも嗅ぎ取れぬ「真実」だった。


「香は、記憶より正直です」


少女は、誰に言うでもなく、そう呟いた。


 

そして物語は、静かに始まる。

香煙が揺れる宮廷の奥、命を奪う香りの中で。



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