第三話:周回の悪夢と、覚醒の予感
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した私、エヴァンジェリン。
どの周回でも、私はヒロインを虐げ、最終的には断罪される運命だった。
しかし、この物語の「悪役」は、私だけではなかった。
真の敵を倒すためには、私が「悪役」として世界を救うしかない、と。
これまで周回してきた悪夢をみるエヴァンジェリン。
心配する兄の思いを無下にしても愛する人を守ることを誓います。
さあ、物語の続きは本文で。
学園でのリリアとの再会から数日後。夜の帳が降りた公爵邸の自室で、私はベッドの上で冷や汗を流していた。
(また……この夢……)
それは、これまでの周回で何度も見た、絶望の光景だった。
炎に包まれた王城。人々が互いを憎み合い、殺し合う、狂気に満ちた街。
その中心に立つのは、顔を苦痛に歪ませ、制御不能な「聖なる力」をまき散らすリリア。
そして、その背後で嘲笑うように不気味な影を揺らす、影の魔術師。
私は、必死にリリアに呼びかける。
「リリア様! お願い、やめて…!」
しかし、私の声は彼女に届かない。彼女の瞳には、かつての無邪気な光はなく、ただ虚ろな光を宿しているだけだ。
次の瞬間、私の視界は一変する。
影の魔術師の魔力が、私を押し潰そうと襲いかかる。
過去の周回では、この魔力にたった一人で立ち向かい、敗れ去った。
「なぜ、私だけ……」
誰にも理解されず、誰にも助けてもらえず、独りで死んでいく。その絶望と孤独感が、私の心を締め付ける。
(嫌……もう、独りぼっちは嫌……!)
その強い感情が、私の内側で暴れ始めた。
体が熱い。体中の魔力が、制御を失って暴走していく。
自室の窓ガラスが、ギシギシと音を立ててひび割れ、壁に飾られた絵画が、カタカタと震えながら宙に浮き上がる。
私は頭を抱え、必死に魔力を抑え込もうとした。
この力が、周囲を傷つける「悪役の魔力」であることを、私は知っている。
その異変に気づいたのだろう。
コンコン、と、部屋の扉が静かにノックされた。
「……エヴァンジェリン。そこにいるのか」
兄、ルシアンの声だ。いつも感情を読み取れない声が、微かに、しかし確かな緊張を帯びていた。
彼は、私の魔力の暴走に気づいたのだ。
私は、震える体を無理やり起こし、乱れた呼吸を整える。
「は、はい……兄様。どうかなさいましたか?」
私の声は、ひどく震えていた。
扉越しに、ルシアンの声が再び響く。
「……部屋から、不穏な気配がした。……何があった?」
私は、どう答えるべきか迷った。
正直に話せば、兄は私を危険な存在と見なし、家訓に従って私を断罪するだろう。
嘘をつけば、いずれ兄との関係は決定的に悪化する。
だが、私はもう独りぼっちには戻りたくなかった。
リリアとの友情を、王子との奇妙な信頼を、そして兄との関係を、私は絶対に失いたくない。
たとえ、それが偽りの関係であっても。
私は、扉の向こうにいる兄に、なんとか平静を装った声で答えた。
「なんでもございません。少し、魔法の練習をしていただけですわ」
その言葉に、扉の向こうの気配が、一瞬だけ硬直したのが分かった。
「……そうか。ならば良い」
ルシアンの足音が遠ざかっていく。
(これで、兄様との距離は、また遠くなった)
私はベッドに崩れ落ち、自らの手のひらを見つめた。
この手は、愛するものを守るための力を持っている。
だが、その力は同時に、すべてを破壊する「悪役の魔力」だ。
「……いいわ。この力が悪だというなら、それでも構わない」
窓から差し込む月の光が、ひび割れたガラスを照らす。
私の瞳に、覚醒の予感を秘めた、冷たい光が宿り始めていた。
これは、孤独な悪役令嬢が、抗うことのできない運命の中で、
かけがえのない仲間たちと「居場所」を見つける物語。
エヴァンジェリンは周回してきたこれまでの悪夢に苛まれます。
差し伸べられた兄の手を撥ね退けても、愛する人を守ることを心に誓います。
彼女たちの行く末を見守っていただけたら嬉しいです。
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