第一話:完璧な令嬢と、見抜く王子
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した私、エヴァンジェリン。
どの周回でも、私はヒロインを虐げ、最終的には断罪される運命だった。
しかし、この物語の「悪役」は、私だけではなかった。
真の敵を倒すためには、私が「悪役」として世界を救うしかない、と。
そんなエヴァンジェリンの真意を訝しむレオンハルト王子。
王子の目を欺き、自分の道を悪役令嬢は歩めるのか。
さあ、物語の続きは本文で。
舞踏会の翌日、エヴァンジェリンは王城の一室に呼び出されていた。
陽光が差し込む優雅な客間には、朝露をまとったバラが飾られ、甘く清々しい香りが漂っている。
しかし、エヴァンジェリンの心は、この部屋の穏やかな雰囲気とはかけ離れた、張り詰めた緊張感に包まれていた。
「ようこそ、エヴァンジェリン嬢。昨夜は、素晴らしい夜会をありがとう」
レオンハルト王子が、にこやかな笑顔で私を迎え入れた。
その整った顔立ちからは、優しさと同時に、王族としての揺るぎない威厳が感じられる。
彼は、断罪の舞踏会で私を絶賛した張本人だ。
「もったいないお言葉です、殿下。私など、ただ皆様の和を願ったに過ぎません」
私は完璧な淑女の笑顔を浮かべ、差し出された紅茶に口をつけた。
口の中で広がる上品な香りが、私の高鳴る心臓を少しだけ落ち着かせてくれる。
「ただの和……か」
王子の声が、ふと真剣な響きを帯びた。
彼は、私の言葉をまるで吟味するかのように、じっと私の瞳を見つめる。
「君のこの一年間の振る舞いは、王国の社交界を根底から変えた。
リリア嬢との誠実な友情、そして何よりも、我が王家への献身……その類稀なる統率力は、社交界の模範と呼ぶにふさわしい」
彼の言葉は、昨日と全く同じ、寸分の狂いもない「称賛」だった。
私は、ただ微笑みを深くする。
「ですが、殿下……」
王子の言葉は続いた。
「君は、その力と才覚を、なぜもっと早く示さなかったのか?」
その問いに、私の完璧な笑顔に微かなひびが入った。
(来たわね、探り……)
ゲームのシナリオでは、私はこの一年間、ヒロインを虐げ、高慢な態度で社交界の嫌われ者として君臨していたはずだ。
しかし、この周回では、私はひたすら「善良」を演じ続けてきた。王子の言葉は、私の「演技」に気づいている可能性を示唆していた。
「恐れ入ります。ただ、公爵家の一員として、王家の名誉を傷つけないよう努めているだけですわ」
私は、用意していた模範解答を口にする。
その時、部屋の扉が開き、兄ルシアンが入ってきた。
「殿下、失礼いたします。妹がご迷惑をおかけしたかと」
ルシアンの表情は、いつものように冷静で、感情を読み取ることができない。
しかし、私に向けられた一瞬の視線には、凍てつくような冷たさが宿っていた。
(兄様にも、もう隠しきれない……)
ルシアンは、私が「悪役」として覚醒することを家訓として求めている。
彼にとって、私の「善良」な振る舞いは、家の名誉を汚す行為に他ならない。
私を信じられない王子と、私を信じられない兄。
私は、この孤独な板挟みの中で、ただひたすら完璧な淑女を演じ続けるしかなかった。
部屋に張り詰めた空気が流れる中、私は再び紅茶に口をつけ、心の中で決意を新たにする。
(この平穏を、絶対に守り抜く。そのために、私がどんな嘘をつこうと……)
これは、孤独な悪役令嬢が、抗うことのできない運命の中で、
かけがえのない仲間たちと「居場所」を見つける物語。
次回、エヴァンジェリンを悪夢が襲います。
魘されるエヴァンジェリンを心配する兄ルシアン。
そんな場面が描かれます。
願わくば、この物語が皆様の心に、ささやかな光を灯すことができたなら幸いです。
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