第一話:英雄のいない夜明け
夜が明け、太陽が昇り始める。
影の魔術師が消え去った学園の中庭には、激しい戦いの痕跡だけが残されていた。ひび割れた大地、倒壊した建物、そして、気を失っている人々。
私は、リリアに抱きかかえられながら、ゆっくりと意識を取り戻した。
リリアは、力を失ったことで顔色は悪いが、その瞳には安堵と、私への深い信頼が満ちていた。
「エヴァ様……、終わったのですね……」
彼女は、涙を流しながら、私の頬にそっと触れる。
その時、周囲の人々が、目を覚まし始めた。
彼らは、目の前の惨状と、私に抱きかかえられているリリアを見て、顔を青ざめさせる。
「見ろ……! 悪役令嬢が、リリア様を……!」
「やはり、あの魔力は、世界を滅ぼすためのものだったんだ!」
人々は、私を指さし、罵声を浴びせる。
彼らの目には、私が聖女を襲い、街を破壊した悪魔にしか映っていない。
彼らは、影の魔術師の存在を知らない。私とリリアが共闘したことなど、知る由もない。
その時、私の元に、王子レオンハルトが駆け寄ってきた。
彼は、私の真意を理解している。しかし、その表情は、私を「悪役」として断罪する、冷たい仮面に覆われていた。
「エヴァンジェリン・グランヴィル……! 貴様の魔力は、もはや王国の脅威だ。直ちに拘束する!」
彼の言葉は、公にそう言わざるを得ない、王族としての責務だった。
私は、レオンハルトの苦渋の表情を見て、静かに微笑んだ。
(それでいいのよ、殿下。それが、あなたの役割だもの)
しかし、その時、兄ルシアンが、静かに私の前に立ち塞がった。
彼は、衛兵たちを静止させると、レオンハルトに歩み寄る。
「お待ちください、殿下。彼女の魔力は、王国の平和のために使われるべきだ」
ルシアンは、私が真の救世主であると、公に伝えようとしていたのだ。
私は、兄の言葉に、心の中で叫んだ。
(兄様、やめて! それでは、あなたまで……!)
「兄様……やめて……!」
私の声は、震えていた。
その時、リリアが私の言葉に呼応するかのように、兄の袖を掴んだ。
「グランヴィル様……! ダメです! あの方を、悪役に……しておいてください!」
リリアは、全てを理解していたのだ。ヴェラが「悪役」として生きることで、世界は平和を保てることを。
ルシアンは、リリアの言葉に驚き、そして、私の覚悟を再確認した。
彼は、苦渋の表情で、再び冷徹な公爵の仮面を被る。
「……リリア嬢の言う通りだ。いや、私が間違っていた」
彼は、レオンハルト王子に静かに告げる。
「殿下。彼女の魔力は、王国の秩序を乱します。公爵家は、家訓に従い、彼女を断罪し、国外へ追放します。それが、王国の平和に繋がるでしょう」
彼は、私を「悪役」として切り捨てるという、最も残酷な決断を下したのだ。
レオンハルトは、ルシアンの言葉に、苦しそうに顔を歪める。
私は、リリアに抱きかかえられたまま、静かに目を閉じた。
「ありがとう、兄様……」
私の役目は、これで終わりだ。
英雄として称賛されることなく、誰にも理解されないまま、ただ独りで生きていく。
しかし、私の心には、なぜか不思議な温かさがあった。
この夜明けに、誰も英雄はいない。
ただ、それぞれの役割を全うした、孤独な「悪役」がいるだけだ。




