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第四章「朝廷」:第一節 素戔嗚の剣

新たに「倭王」として即位した陽見呼は、魏の後ろ盾を得たことで大義を手に入れた。

それは単なる外交的成功ではなく、天命を受けた者としての証でもあった。だがその正統性は、同時に大和の地に君臨する朝廷にとって「脅威」と映ることとなる。


東への道 ――。

それは、古より神が辿った天孫降臨の逆路であり、陽見呼の行軍は天意に従う旅ともいえた。


香椎宮の静かな一室にて、日本武尊は一振りの剣を見つめていた。

白布に包まれていたそれは、千余年の時を経てもなお威厳と霊気を湛えていた。


「これは……」


陽見呼がうなずいた。


「かつて、草那芸剣くさなぎのつるぎと呼ばれた神器。あなたの前世 ―― 素戔嗚が八岐大蛇を討ったとき、尾から現れた剣。その霊威を受け継ぐものです」


日本武尊は静かに剣に手を伸ばした。柄に触れた瞬間、まるで過去の記憶が血の中から湧き上がるような感覚が走る。


「俺は……もう、人にあらず、か」

陽見呼はその横顔を見つめながら答える。


「人でもある。だからこそ、意味があるのです。神の力を持ち、なお人として悩むあなたが、倭の柱となるのです」


日本武尊は静かに頷き、草那芸剣を腰に差した。

その瞳には、迷いの色はなかった。


「行こう。大和へ。すべての因果に、決着をつける」



九州を統一した陽見呼の軍勢は、山陰・山陽へと進軍を開始した。

その先鋒に立ったのは日本武尊。神の力を秘めた剣と共に、彼の存在はまさに神威そのものだった。

各地に点在する豪族たちは、その軍勢と「倭王の印」を前に、次第に降伏を余儀なくされていく。

出雲の神門かんど一族、吉備の八束やつか族、播磨の国造 ――

彼らのうち、最も激しく抵抗したのが、出雲の大社に根を張る神官勢力であった。

出雲の長老神官・天部あまべは、白髪と深い皺を持つ老神でありながら、その目には炎のような信念が宿っていた。


「神の名を語るものが神にあらず。我らが守るのは千代の神祇なり」


彼は陽見呼を「天の秩序を騙る呪詛者」と断じ、全出雲の社家を束ねて抗戦の構えを見せた。だが、陽見呼は力に訴えることをせず、使者を送り続けた。


「あなたたちもまた、天照の血を受けた末裔。私を認めることは、あなたたちの存在を認めることと同じです」


天部はその言葉に苦悩した。

彼の家は代々、天より授かった神宝を守る家系であり、朝廷とも独立した神威を保っていた。

彼の中で、守るべきは神々の秩序か、それとも時代の移ろいか。

彼は社殿に籠り、三日三晩、神鏡の前で祈りを捧げた。


その夜、彼の夢に一柱の女神が現れた。


「今こそ、真に神を宿す者を見極めよ」


翌朝、天部は陽見呼に対面した。


「ならば、問いましょう。あなたが天照であるという証。示せるのか」


陽見呼は一歩進み、空に手を掲げ、鏡を差し出した。

その瞬間、曇天を裂いて一条の光が差し込んだ。

神殿の奥にある古の鏡が、眩いほどの輝きを放ち、それを受けた社殿の天井には、確かに「日の紋」が浮かび上がった。

老神官は黙してひれ伏した。


「出雲、女王に従いまする」


その言葉は、出雲中に響き渡り、やがて西国全土にまで伝わることとなった。


出雲を従えた報は、ただちに吉備の八束族へも伝えられた。

八束族の当主・八束真守やつかのまもりは、かつて朝廷に忠誠を誓った豪族であり、陽見呼の進軍には強い警戒を抱いていた。

だが、出雲という信仰の中心地が屈した今、その姿勢を貫くことは自らの滅びに他ならない。


「神代の地が頭を垂れた……ならば、我らが従わぬ理由はない」


八束真守はそう語ったが、その言葉の裏には畏怖と期待が入り混じっていた。


「この者はただの王ではない。神であり、人であり、剣を持つ未来の象徴……」


一方、播磨の国造たちは、陽見呼の統治に希望を見出していた。

彼らの地は、朝廷の徴税と干渉に疲弊しており、陽見呼の軍がもたらした規律と施政に光を感じていたのだ。


「倭王の治世に、我らの声が届くのなら……」

「この国が再び、神の意志に従うのならば……」


播磨の若き国造・多駒たこまは、進んで陽見呼の軍に加わり、補給や人員を差し出した。

こうして、西日本は陽見呼の名の下に一つとなり、その軍勢はついに東へ ―― 大和へと進軍を始めるのである。

すべての因果を断ち切り、新たな秩序を築くために。


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