表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/21

第三章「告白」:第三節 九州平定

皇后の出産の後、陽見呼は香椎宮を離れ、九州各地を巡っていた。宮中で神功皇后の傍らにあった彼女は、すでに天啓を受ける巫女ではなく、現実のまつりごとを担う者として、歩み始めていた。


熊襲、隼人、伊都、高千穂 ―― 名を知られる豪族たちのもとを、陽見呼は慎重に、だが堂々と訪れていった。


「天より神託を受けた」と語る女を、最初は多くの者が警戒した。とりわけ男たちは、彼女の中に宿るとされる“神”に疑念を抱いた。


「女が王になるなど、前代未聞だ」

まじないで国が治まるはずがない」


それでも、陽見呼は退かなかった。彼女の語る言葉は穏やかで、同時に強く、ひとつの筋を通していた。


「神は、我らが争うことを望まぬ。血の上に築かれた統一は、やがてまた血を呼ぶ。私が望むのは、共に生きる道です」


言葉に、力が宿っていた。その力を、彼らは“神力”と呼んだ。



ある夜、伊都の大豪・阿曇連が陽見呼の陣を訪ねた。従者を遠ざけ、囲炉裏の前に座すと、沈黙ののちに問うた。


「そなた、本当に神に選ばれし者か」


陽見呼は答えず、ただ静かに彼の眼を見つめた。やがて、彼女の胸元から淡く光るものが現れた。それは古の玉、神々の記憶を宿すとされる神宝であった。


「私は見た。神功皇后が子を産むその瞬間、天の裂け目から光が降り、神が祝福するのを。あの子が生き延びる運命にあると、神は言われました」


その語り口には、芝居じみたところはなかった。ただ、厳かな真実だけがあった。

阿曇連は口をつぐみ、そして低く言った。


「……ならば、我らの王となる資格があるやも知れぬ」


こうして、一人また一人と、陽見呼のもとに膝を折る者が現れ始めた。だが、全てが和やかに進んだわけではない。



高千穂の豪族・天野一族は、陽見呼をあくまで“神託を告げる器”としか見ていなかった。


「王たるは我らが血筋。呪術は道具であり、おまえはそのなかだちに過ぎぬ」


陽見呼はそれに対し、毅然として答えた。


「ならば、道具に膝を折った他の豪族は、何を見たというのです?」


その言葉が、彼らの誇りを打った。だが、それ以上に、彼女の中にある揺るがぬ信念が、彼らの心を動かしたのだった。


ある日。

香椎宮に戻った陽見呼の前で、日本武尊が静かに立ち上がった。

そこには未だ陽見呼に忠誠を誓えない豪族たちも集結していた。


「我が命である。陽見呼をこの西国の王として認める」


その言葉は、雷鳴のように空気を震わせた。九州中の有力豪族が集う会議の場に、一瞬の沈黙が広がる。

神功皇后が、陽見呼の肩に手を添え、続けた。


「この者には、神が宿っている。そのことを、私はこの腹で知っている」


まだ幼き皇子が神の子として生まれ出でる運命を背負った、その命が証明するのだと、彼女は言う。


やがて、豪族たちは目を見交わし、無言で膝を折った。

反感を抱いていた者の中にも、それを演技として膝を折る者がいた。だが、心の奥底では、陽見呼という存在の不可思議な力を否応なく感じ始めていた。



女王即位の儀式が執り行われる日の朝。

陽見呼は、山深くにある古代の祠を訪れた。そこに封じられていた神器 ―― 銅鏡と剣を、慎重にその手に受け取った。


「これは、天照が瓊瓊杵尊に授けたもの」


傍らの日本武尊が、神器を見つめ、呟く。


「ならば、それは俺の祖のものでもある」


陽見呼は鏡を掲げ、静かに言った。


「そう。あなたが持つに相応しい剣。そしてこの鏡 ―― これは私の魂そのもの。これを通じて、あなたにあらたな神託を授けます」


東の空が白み始め、儀式が始まった。

九州中の豪族が見守るなか、陽見呼は玉座の前に進み、神器を捧げ持ち、天に祈りを捧げた。


「天の神々よ、この地に平和を。民に安寧を。そして、この身に神の導きを」


その瞬間、空を覆っていた雲が裂け、太陽が差し込んだ。

誰かが、息を呑む音を立てた。

それはまるで、天が彼女を認めたかのようであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ