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第三章「告白」:第二節 未来

新羅を無血で征服した日本武尊と神功皇后は、勝利を胸に、軍を引き連れて帰路についた。海は穏やかに見えたが、船団の心にはさまざまな思いが交錯していた。


その帰途、対馬海峡の荒れた海域に差しかかった頃

―― 突然、神功皇后の陣痛が始まった。

波は高く、風は帆を裂かんばかりに唸り、船体は不安定に軋んでいた。


「産気づかれたぞ!」


叫ぶ兵の声に、船内はたちまち混乱に包まれた。

しかし、神功皇后は眉一つ動かさず、痛みに耐えながら静かに息を整え、陽見呼から授けられた祈りの言葉を心の中で繰り返していた。


「……この子は……神に守られた子……」


雷鳴のような波音の中、やがて産声が高く響いた。

生まれたのは、瑞々しい黒髪を持つ男児。

その泣き声は、あまりにも澄んでおり、嵐の只中にありながらも、まるで天の静寂が降りたような神聖さをたたえていた。


日本武尊は新たな命の誕生に笑みを浮かべながらも、内心に小さな不安が灯るのを感じていた。


(……陽見呼は、何を見ていたのか……)


仲哀天皇の死、新羅のあまりにも整いすぎた降伏、そしてこの“神の子”の誕生。

すべてが導かれた出来事のように思えてならなかった。

しかし、その答えは、まだ濃い霧の奥にあった。



数日後、香椎宮。


帰還した日本武尊と神功皇后を迎えたのは、神殿の奥でひとり静かに祈りを捧げる陽見呼の姿だった。

だがそれは、かつてのような和やかな再会ではなかった。


「なぜ……」


神功皇后は一歩前に出て、抑えた声で問うた。


「なぜ、仲哀天皇を殺させたのですか」


その声には、怒りと悲しみ、そして恐れがないまぜになっていた。

これまでの仕組まれたような偶然から、仲哀天皇の死もその流れのひとつであると皇后は確信していた。

陽見呼は静かに顔を上げ、目を閉じ、そっと言葉を紡いだ。


「“殺した”のではありません、“導いた”のです。彼の魂は今、天の座にあります」


「導いた? あなたが選んだの?」


神功皇后の声は震え、日本武尊がそれを制した。


「……聞かせろ。お前は一体、何者なのだ」


陽見呼は長く息を吐き、言葉を選ぶように話し始めた。


「私は……太陽です。天照大神の意思を宿す存在。瓊瓊杵尊を地上に遣わした者。」


「そして……あなた、日本武尊…」


彼女はゆっくりと日本武尊を見つめた。


「あなたは素戔嗚尊の魂を宿す者。かつて私の弟だった神」


神功皇后が息を呑んだ。空気が一瞬で凍りついたようだった。


「……まさか……」


何かを言いかけた日本武尊を制するように陽見呼は続ける。


「あなたは感じていたはず。私と出会った瞬間の、言いようのない懐かしさ。それは、“再会”の感覚でした」


日本武尊は視線を落とし、拳を握りしめる。


(あの時……俺の中で何かが騒いだ。だが、それを神と名乗る者との絆とは……)


日本武尊は奮い立つ自らを制するように静かに問うた。


「では、なぜ今、甦った」


陽見呼は目を細め、神殿の奥にある古い鏡へと視線を向けた。


「地上の秩序が乱れ、天より遣わされた皇統の力が弱まりつつある。民は再び争いを求め、国は黄泉の門を開こうとしている……」


彼女の声は風のように静かだった。


「だから天は、再び我らを呼び戻した。あなたを“剣”として、私を“導き手”として。この国を正すためにあなたは居るのだと、前にも伝えたではありませんか」


神功皇后は日本武尊に目を向けた。


「あなたは……信じるの? この者の言葉を」


日本武尊は長い沈黙ののち、ゆっくりと頷いた。


「信じる。だが、それは……この手を血で染める覚悟をもって信じるということだ」


彼の瞳には、かつてない決意の光が宿っていた。


「俺は、剣になる。だが、陽見呼。お前が語る未来が、民にとって真の安寧であると証明するまで……俺は目を離さない」


陽見呼は静かに微笑んだ。


「ならば、共に進みましょう。かつて黄泉に堕ち、再び天に戻った我が弟神よ。私たちの役目は、まだ終わっていません」


波の音が遠く、香椎宮の森を抜けて聞こえていた。

新たなる時代が、静かにその幕を上げようとしていた。

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