無能な王妃による婚約関係修復事件
「あっ……間違ってる……」
「あら」
侯爵令嬢の呟きに、王妃が目を上げる。
侯爵令嬢は、この国の王子の婚約者である。
今日は、王妃による王子妃教育のために王宮を訪れ、何故かレース編みを教わっているところだ。
「まあ、結構編み進んでしまったのね。意外と編み間違いは目立つのよ」
ほら、と編み地を広げて見せた王妃に、本当ですね……と令嬢は残念そうな顔をする。
そこへ、王子が挨拶に顔を出した。
「たった一目の編み間違い?」
事情を聞いて、王子が笑う。
「そんな小さい所を気にする必要はないよ、他は綺麗じゃないか」
令嬢は笑い返そうとして失敗し、頬を引きつらせた。
王子には、ちょっとした浮気歴がある。学生の頃に他の女生徒に目移りした程度だが、令嬢の心には今も棘のように引っかかっている。
それを揶揄されたようで、令嬢は辛い思いに目を伏せた。
「あ、そんな意味では……」
王子も困って目を逸らす。
そんなふたりを見て、王妃は首を傾げた。
「ねえ令嬢、そんなに気に病むなら、もうやめる?」
「えっ?」
「このまま続けても、辛いんじゃない? だったら思い切って捨てましょうよ」
「は、母上?」
王子が青ざめる。
「間違えた所まで解いて編みなおすのは面倒ですもの」
「……編み物の話ですか!?」
王子はどっと体の力を抜いた。
そんな王子を見て、令嬢は少し考え、一旦目を伏せた後、王妃に向き直る。
「いえ、私は、解いて編み直したいと思います」
「ええ!? 編み直すのは大変よ? 糸に編み癖が付いて編みにくいし、綺麗に仕上がらないし……」
「それでも私は、この作品を最後まで作り上げたいと思います」
ちらりとこちらを見た令嬢に、王子がハッとする。
「……そう? 仕方ないわね。解いた糸を引っ張りながらお湯の蒸気に当ててご覧なさい。糸の癖が少しは取れるわ」
「え……」
王妃は令嬢に優しく微笑みかける。
「一回クシャクシャになったものは完全には戻らないけれど、それでも、時間をかけて丁寧に伸ばせば、また綺麗に編めるようになるわ」
一瞬目を見開いた令嬢は、
「……はい!」
と笑顔で頷く。
「熱が肝心なのよ。途中で冷めないように気をつけてね」
「は……」
「私は冷めません!」
令嬢が答えるより先に、王子が宣言する。
「……お湯の話よ?」
「はい! 令嬢の心が温まるまで頑張ります!」
言い切った王子に、令嬢は再び困ったように目を伏せる。
見れば、その頬は緩み、仄かに赤らんでいるようで、王子はホッと微笑んだのだった。
すぐ捨てる王妃と頑張る侯爵令嬢。
ちなみに、蒸気で糸を伸ばすのは『湯のし』と言います。本文に入らなかった。
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