第98話 重力の律動とセンソーラ
砂漠の風が静かに吹いていた。
だが、それはただの風ではない。
かつて穏やかだった砂の大地は今や重力魔法による奔流に抉られ、焼き焦がされた――戦いの残骸。
巨大な衝撃の余波はアジトの外壁にまで達し、遥か後方にいた兵士たちすらその轟音と閃光を見逃すことはなかった。
「そ……そんな……」
若い兵士が膝をつき、呆然と呟いた。
両手は細かく震え、握っていた槍が指から滑り落ち、砂に沈む音すらなかった。
「フリズネイラさんも……ナターシャさんも……消えた……あんな魔法、まともにくらって生きてるわけがない……」
その目の先には砂漠に深く刻まれた巨大な裂け目があった。
重力の一点突破が突き抜け遠くの岩盤すら粉砕し、まるで大地そのものを貫いたかのような深淵。
その奥に二人はいた。
叫びながら立ち向かっていった。
だが――
「……終わった……俺たちは、もう……終わりだ……」
別の兵士が唇を噛みしめながらうなだれた。
「もう戦えない……武器も、気力も、何もかも残っちゃいない……」
「フリズネイラさんと……ナターシャまで……!」
誰もが口に出したくなかったその名を、ついに――
絶望という重さと共に吐き出した。
そして――
「終わりじゃないさ。始まりだ。新しいスコロピオス軍の時代のな」
低く、重く、耳を這うような声が砂の奥から響いた。
そこに現れたのは黒く焦げた鎧の残骸をまとい、全身に裂けた血の筋を刻んだ男――
スコロピオス軍軍団長、オルフィス。
その歩みはゆっくりと、確実に地を踏みしめる。
両腕からはなおも魔力の残滓が漂い、空気が重く沈んだ。
そして、血に濡れた口元には狂気とも酩酊ともつかない笑み。
「どうした?威勢はどこへ消えた……さっきまで反抗してたよな?小虫どもが」
兵士たちは言葉を失い次々と後ずさる。
目が合った者はその場に崩れ落ち、背筋に冷たい汗を垂らしながらただ震えるしかなかった。
「くっくっく……こっちは軍団長様が直々に来てやってるんだ。歓迎くらいしてくれよ?」
オルフィスの足はアジトへと向かっていた。
その歩みは遅い――だが、まるでそれが処刑台への一本道のように兵士たちの心を締め上げていく。
「い、いえ、あ、あの……!」
一人の兵士が勇気を振り絞り、声を上げた。
だがその声は震え、空気に溶けて言葉にはならなかった。
オルフィスは面白そうにその男の顔を覗き込み嘲るように笑った。
「……いい目をしているな。恐怖の味はどうだ?」
その瞬間――
砂煙が風に裂かれた。
ズズッ――と音を立てて砂が滑り落ちる。
風に逆らって煙のヴェールが左右に裂ける。
その中に一つの人影が現れた。
「あっ……!」
最初にそれを見つけた兵士が目を見開いたまま声を漏らす。
「な、なんだ……!?あれは……誰かがいる!あそこに!」
オルフィスもわずかに足を止めた。
その眉がかすかに動いた。
そして、砂塵の中からゆっくりと現れたのは――
「……はぁ、はぁ……くそ、ギリギリだった……。でも間に合って良かったぜ」
肩で息をしながらも背筋をまっすぐに伸ばして立つ――それは、俺だった。
その足元には気を失ったネイラとナターシャ。
砂にまみれ、衣服は裂け、身体は傷だらけ。
それでもなお二人とも――生きている。
「……ネイラも、ナターシャも……限界なんてとっくに超えて、それでもこのアジトを守ってたのか……。凄げえよ、あんたら」
俺は地面に横たわる二人の背を見下ろしながらぽつりと呟いた。
こんな砂漠の真ん中であんなバケモノ相手に――死ぬ気で、じゃねえ。
本当に死ぬつもりで戦ってたんだ。
その時、背後から砂煙を巻き上げて小型の魔法車が滑り込むように到着した。
勢いよく扉が開き、降り立ったのは――ヤニスだった。
「スカイのやつ……二人を見つけるなり飛び出して……とんでもないスピードで飛び込んでった……!」
呆れとも感心ともつかぬ声でヤニスが言う。
「なんて足の速さだ……あれ、本当に魔法無しか?」
その瞬間だった。
――ぴたり、と空気が変わった。
低く、湿った声が空気を裂くように響く。
「おい……」
オルフィスがこちらを振り返っていた。
眼には驚愕、苛立ち、殺気、そして、わずかな興味。
その一つ一つが冷たい火花のように閃き、地平線の空気ごと歪めていく。
熱気が波打ち砂が陽炎のように揺れ、視界にノイズが走る。
「……誰だ?貴様は……。まだ俺に逆らう者がいるというのか……。うっとおしい」
オルフィスの声はまるで咆哮のようだった。
今にも戦いが始まると誰もが悟った。
俺は一歩前に出た。
もう目の前で誰かが消えるのを黙って見ているつもりはない。
「さぁ?……お前に名乗るほどのもんじゃねぇよ」
拳を握り、顔を上げてオルフィスを睨む。
「でもな、てめえの相手――俺がしてやるよ。うっとおしいんだろ?俺がよ」
周囲の兵士たちがどよめいた。
「バ、バカか……!あんな奴に、普通の人間が敵うわけねぇだろ……!」
「でも……ヤニスさんも来た。スカイって、もしかして強い魔導士なんじゃないのか?」
小さな声のざわめきが熱を帯びて波紋のように広がっていく。
それでも俺は振り向かなかった。
――ネイラもナターシャも死なせたくなかった。
その事実だけが今の俺を立たせている。
「ほう……何者でもない貴様が俺に口答えとはな。面白い。まさか俺に逆らう気なのか?」
オルフィスがゆっくりと足を前へ出す。
それだけで、地面が軋み砂が爆ぜた。
「さっきの魔法を生き延びた二人……貴様の仕業か?」
「さあな、偶然かもな。でも――」
俺は拳を握った。
その手は震えていなかった。
心の奥底に巣食っていたはずの恐怖ももうどこにもなかった。
「俺はお前を倒すためにここに来た。そしてナターシャたちを必ず救う」
オルフィスの双眸がわずかに細まり、口元がゆっくりと歪んだ。
それは愉悦かあるいは殺意の滲んだ冷笑か。
「……ほう。では貴様の体が……我が重力にどこまで抗えるか。試してやろう――名もなき小虫よ」
ズゥン――と大気が落ちた。
オルフィスの周囲に異常なまでの圧が走り、砂は地鳴りとともに沈み込む。
空気がねじれ、音が消える。
重力場の形成。
この場全体が奴の支配下へと変貌していく。
だが俺は一歩も退かない。
膝を曲げ、腰を沈める。
脳が加圧を拒絶し筋肉が警告を上げていた。
それでも動く。
俺の体は俺の意思だけで動いている。
――逃げねえ……誰も、死なせねえ。
「バリュオクシス」
オルフィスの掌から放たれた黒い光のような重力の槍が、一瞬で空気を歪ませて迫ってくる。
一点収束、圧縮、加速――破壊そのものが形を取ってこちらに突き刺さる。
が――。
俺の体はすでにそこにはいなかった。
「っはあっ!」
風を裂く音が背を押す。
砂を蹴った瞬間、俺は重力の抗力ごとすべて滑り抜けるように地を這って飛び込んだ。
砂が焼け、肌に突き刺さるような重圧が追ってくる。
だがそのすべてをすり抜けて――俺はオルフィスの右脇へと滑り込んだ。
「なにっ……!?速い……だと……っ!」
オルフィスの瞳が見開かれ、わずかな隙が生まれる。
それを俺は逃さない。
俺には魔力は無い。
だが――この拳だけは何度倒れても立ち上がるために鍛えてきた。
拳を握る。
全身の力を一点に込めて真正面から――叩き込む!
「おらあああぁぁ!」
ドグッ――。
鈍く、湿った衝撃音。
拳が肋骨にめり込んだ。
オルフィスの巨体がわずかに浮き、喉奥から血混じりの呻き声が漏れる。
「がはっ……っ、調子に、乗るなよ……!!」
咆哮とともに奴の左手が振り上げられる。
空間がたわみ、真横から押し潰すような重力の掌打が飛んできた。
だが――見える!
俺は奴の腕の内側に踏み込み足首から軸をひねって体を沈める。
瞬間、重心を崩すように回転し、狙い澄まして――
「っらぁ!!」
肘で膝裏を一閃。
骨の軋む音が伝わってきた。
「ぐぅっ……!」
オルフィスが膝をついた。
あのスコロピオス軍の軍団長が、確かに地を割るような膝音と共に屈した。
「な、なんだと……?」
信じられないという眼差しで俺を見上げる。
誇りと絶対の自信に満ちていたはずのその目が初めて揺らいだ。
――だが、止まらない。
こいつに止まってやる理由がない。
俺は地を蹴る。
疾風のごとき踏み込みから背後へと一気に回り込み――
「おらっ!」
首筋に掌底。
その反動を利用して体をひねり、肘で背中を叩き、空いた右手で――渾身の拳をその顔面に叩き込んだ。
「うおらあああぁぁぁ!!」
ドゴッ!!
「……がはっ……!」
肉の弾ける鈍い音。
オルフィスの身体が吹き飛び、空中で回転しながら砂を巻き上げ、重力の余波が乱れる。
俺は砂煙の中に静かに着地して肩で息をついた。
「おい……どうした?そんなものか?俺は魔法を使ってねえんだけどな……」
口元にわずかに笑みを浮かべる。
そう、俺は魔力を持たない人間。
だが、だからこそこの拳は誰よりも研ぎ澄まされた。
兵士たちが一斉に息を呑む。
沈黙の中、誰かが震える声でつぶやいた。
「まさか……今の動き、全部……身体能力だけでやってるのか……?」
ヤニスが愕然とした表情で俺の姿を見つめていた。
「スカイ……いや、あれはもう、人間の枠を超えてる……どれだけ、強くなってやがるんだ……」
砂煙の向こうでオルフィスが呻くように立ち上がる。
その口元は裂けるようにゆがんだ笑みに変わっていた。
「貴様……この俺の魔法を、体ひとつで受けきるだと……!」
怒りに満ちた咆哮が次の戦いの合図となる。
だが俺は一歩も退かない。
魔法がなかろうと俺にはやるべきことがある。
仲間を救うってのは――こういうことだろ?
オルフィスが血を啜りながら歯を食いしばり、片手を掲げた。
空間が軋む。
捻じれ、うねり、周囲の気流すら逆流するような異常な圧力が発生する。
「なぜだ……貴様からは魔力の気配がまるでない。だというのに、この力……貴様、本当にただの人間か?」
俺は肩をゆっくり回し、深く息を吐いた。
呼吸が荒くなってきた。
だが、目だけは――一切、揺るがなかった。
「俺は……大魔法師様のもとで修行してた。毎日が生きるか死ぬかの連続だった。魔力がねえなら、それ以外を極めるしかなかった。身体を、動き方を、考え方を――全部、鍛え上げたんだよ!」
その言葉が終わると同時に――俺の姿が、掻き消えた。
「なっ……!」
オルフィスが目を見開く。
反応できない、否、反応するという選択肢すら与えられなかった。
重力すら追いつけない――圧倒的な加速。
俺の姿を視界に捉えた瞬間、すでにその視線の外、オルフィスの背後に俺は立っていた。
「なんだと……?」
ドガッ!
鋭い回し蹴りが背中をえぐる。
そこから一瞬の迷いもなく踏み込み、肘打ちを叩き込む。
身体が浮いた隙に足払い。
崩れた体勢に跳び膝蹴りを重ね――怒涛の連撃。
「ぐっ……おおおっ!アンティクルシ バリューティタ」
オルフィスの咆哮とともに空間がぎしりと軋む。
周囲の空気がねじれ、重力がひとつの点に収束していく。
触れたものを跳ね返す反発重力の魔法。
だが、見えている。
オルフィスの掌が空を裂くその瞬間、俺は急激に体をひねり、紙一重で軌道を外す。
反重力の波が通り過ぎた背後で砂塵と岩が弾け飛んだ。
全身のバネと反射神経、経験が神経と一体化している――まるで自分が風そのものになったようだった。
バッ!
地を弾くように跳躍、空中で肩を軸に回転。
回避と着地を一つの流れに繋ぎながら砂上に手を突き出す。
「その程度の重力じゃ俺の動きは止まらねえぞ!」
叫びと同時に掴んだ砂をオルフィスの顔面へ叩きつける!
視界を奪った、その一瞬――
「うおらあああぁぁ~!!」
正拳、腹部へ。
――ドガンッ!
オルフィスの体が宙を舞う。
三メートル、いや、それ以上。
重力防壁魔法すら貫通した一撃だった。
背から地面に叩きつけられ、砂が舞い上がる。
「ぐはっ……はっ……ごほっ!」
砂に埋もれ膝をついたオルフィスが口から血を吐く。
その目に宿ったものは初めて味わう絶対的な恐怖だった。
「大魔法師様の……ところで、修行をしていた……だと……?」
周囲の兵士たちが一斉にざわめく。
「大魔法師様って……まさか、あの有名な――?」
「スカイって魔法が使えないんだろ?じゃあ今の動きは……一体なんだよ……!」
ヤニスも言葉を失っていた。
「……ありえない。今のは……魔法に匹敵する速さと力だった……!」
砂の中からオルフィスがゆっくりと立ち上がる。
唇の端に血を滲ませながら、それでもなお笑った。
「……ふふ。面白い。なるほどな。貴様、確かにただの人間ではないようだ。もう一度――名を聞こうか?」
俺は拳を握り直しながら、静かに言った。
「――俺の名はスカイ。魔法が使えないただの人間だ。だけど……お前を止めるには、それで充分だろ?」
次の瞬間――オルフィスの体を包むように黒く、重く、澱んだ重力の魔力が湧き上がる。
だが、俺も同時に足元を強く踏みしめた。
体重と意志と――この一瞬に懸ける全身全霊を込めて前へ出る。
オルフィスの身体が沈む。
空気が震え、地面が呻く。
「ならば――スカイ、改めてもう一度問おう」
オルフィスが低く唸るように言った。
「本気で俺に逆らうつもりか?」
ズウゥウウン……!
大地が波打つ。
空間がねじれ、歪み、音もなく崩れていく。
その掌に凝縮されていくのは――あの瞬間、ネイラとナターシャを消し飛ばそうとした重力魔法、メガ バリュオクシス。
「ぐっ……何だ、この揺れは……!?空間そのものが壊れかけている……!」
兵士たちが声を失う。
圧倒的な重力波が空気を震わせ、地平線の砂までも共鳴させる。
「見ろ……この逃れようのない絶対の重圧を!飲み込め、すべてを――潰し、消し飛べえええぇぇぇ!!」
オルフィスの両手が俺の方に向いた瞬間――黒き閃光が空間を割くような轟音とともに放たれた。
「――メガ バリュオクシス!!」
速く、大きく、そして恐ろしく重い。
圧そのものが意思を持ち、空間を引き裂きながら這い寄ってくるようだった。
肌が、骨が、内臓が、軋むような圧力――まるで、存在そのものが押し潰されていくようだった。
「……これが、お前の全力か」
俺は静かに一歩前へ踏み出した。
「なら、俺も――見せてやる」
両手を構える。
人差し指と中指を伸ばし、迫り来る黒い閃光に向けて差し出す。
黒い奔流が俺の指先に触れる。
だが――沈まない。
むしろ俺の指はそれを裂くように静かに奥へと進んでいく。
「な……に……!?」
オルフィスの目が見開かれる。
「触っている……馬鹿な……!重力魔法を裂いているだと……!?」
黒き重力の鼓動の中心に俺の指先が触れた瞬間だった――
――ズッ――ン!!
俺は一気に両腕を――左右に全力で振り抜いた!
「はああああああああああ!!!」
バァァァァァァンッッ!!!!!!
黒き閃光――メガ バリュオクシスが音を立てて真っ二つに裂けた。
爆風が奔る。
圧が散り、波が砕け、風が叫び、空間が悲鳴を上げる。
黒き重力の塊は、霧散した。
砂煙が舞う中――
俺は両腕を広げた姿勢のまま微動だにせず立っていた。
「お前の魔法には魔力の流れがあり、方向があり、そして中心に共鳴する律動がある」
俺は息を整えながら、だが確かな声で告げた。
「それを読む力――それが、センソーラだ」
オルフィスの顔に、戦慄が走る。
「……何だと……?」
「見えないものを感じ取る。俺はそれを分解する。ただそれだけでお前の魔法は俺には通じない」
言葉は静かだったが、その重みは魔法以上の力を孕んでいた。
オルフィスの瞳が揺れる。
「馬鹿な……重力は魔法の中でも上級系統……それを魔力のない貴様が、読み切っただと!?」
俺は一歩、また一歩と歩み寄る。
「魔力がないからこそ俺は感覚を研ぎ澄ますしかなかった。五感も、六感も、センソーラも……生き延びるために極限まで磨き上げた。命を守るために、技術を、戦術を、研ぎ続けてきた」
拳を強く握る。
「魔法を持たない者が魔法を使う者を超える――それを教えてくれたのは大魔法師様だった!」
言葉は鋼のごとく響き、オルフィスの動揺は臨界に達する。
「そ、そんな……っ!俺の……俺の重力魔法が……効かない……?ば、馬鹿な、馬鹿なああああああああ!!」
その瞳に宿ったのは揺るがぬ恐怖。
彼が最も信じ、支配の象徴とした重力魔法――その絶対の力が、今、粉々に砕かれた。
その瞬間、俺の中の何かが完全に切り替わった。
もう、甘さはいらない。
迷いも捨てた。
――こいつを倒す。
「スコロピオス軍を終わらせる。この砂漠に生きる人たちの未来のためにも」
ドン――!
砂を蹴り、俺の身体が閃光のごとく前へ飛ぶ。
空気が音を立てて弾けた。
オルフィスの構えが整うより早く、俺はその懐へと滑り込む。
「喰らえ……!」
拳を握りしめる。
「インフィニット デストラクション パンチ!!」
ゴウッ!
渾身の拳が、オルフィスの腹部を撃ち抜いた。
ドゥオォォォンンンッ!!
凄まじい衝撃波が彼の背から突き抜け、破裂するように大気を震わせる。
オルフィスの身体は空を舞い、地面を何度も転がりながら血を吐いて沈んだ。
……静寂。
風だけが乾いた砂を鳴らす。
「……う、そ……だろ……?」
兵士の一人が呆然とした声を漏らす。
「な、なんて破壊力だ……!あの拳は、魔法でも何でもなかった……ただの力だった」
「だから言っただろ。あいつは死の砂漠をさまよいながらも生き続けた、未来を導く存在として語られる伝説の男だって」
「え……?あなた誰ですか……?」
オルフィスの前に立つ俺を誰もが見つめていた。
その姿はもはや伝説でしか語られないような――本物の英雄のように見えた。
そして、ヤニスが一歩前に出る。
「……あれが、スカイ……いや、天空か。大魔法師様のもとで修業した……俺が信じた奇跡の男」
口調は淡々としていたが、その目は明らかに動揺していた。
「……強すぎる。あまりにも……あまりにもだ」
兵士たちもまた倒れ伏したオルフィスと静かに佇む俺の背を息を呑んで見つめていた。
やがて――
遠くの砂漠から風が吹き抜ける。
その音がまるで大地そのものが溜息をついたかのように、静かに、一つの戦いの終わりを告げていた。