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『異界樹物語』  作者: 大井翔
第二章

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第93話 希望を繋ぐ仲間達とオルフィスが見た光景

砂塵の向こう、陽炎の揺れる地平線に黒い影が波のように押し寄せていた。

それはスコロピオス軍――第三陣。

地を覆い尽くすその威容はまるで地獄の門が今まさに開かれたかのようだった。


中央に立つ男は肩まで伸びた紫がかったピンク色の髪と漆黒の鎧に身を包む長身。

その姿は沈黙のうちに死を告げる影のようであった。


「追い詰めたつもりか?……ならば見せてやろう、我がスコロピオス軍の真の恐怖を」


その男――スコロピオス軍団長・オルフィスはかすかに唇を吊り上げると低く濁った声を吐いた。

それがまるで地鳴りのように周囲に響いた。


「もう終わりだ。……見えるぞ、やつらの敗北が。今のやつらに抗う力は残っていない!」


彼の目は戦場にぽつりぽつりと残されたネイラたちの姿を正確に捉えていた。

焦げ付いた魔導車、砕けた武器の残骸、魔力マギアを燃やし尽くして倒れ伏す兵士たち。

そこにあったのは全てを出し尽くした後の静寂だった。

そう、ネイラの指揮のもと第二陣を突破するために全てを燃やし尽くしたのだ。

魔法砲も、魔法銃も、人の魔力すらも――。


スカイ号の横に半ば崩れるように座り込んでいたネイラは荒い呼吸を押し殺し、ふらりと立ち上がる。

その瞳は遠く地平線を睨んではいなかった。

彼女が見ていたのは今この場に生きている仲間たち――。


「……全員、早くアジトの中に入って!そしてアジトの入り口を全て封鎖して!作戦はアジトの中で説明する」


その声は焼けた空気を裂くように響いた。


「早く!これは命令よ!」


振り返った兵士たちは怯えと絶望に覆われた顔をわずかに引き締めた。

今この戦場に議論も戸惑いも許されない。

ネイラの言葉だけが崩れかけた秩序を辛うじて繋ぎとめていた。


「私たちは……必ず勝利する。絶対に……ここで終わらせはしない!」


その言葉は誰に向けられたものでもなかった。

けれど誰もがそれを自分への言葉として胸に刻んだ。

魔力は尽き、身体は限界を越えている。

それでも――その声が燃え尽きた心にかすかな火をともす。


もう何も残っていない。

だが、だからこそ彼らは信じるしかなかった。

――ネイラの声を、ネイラの決断を、ネイラの戦いを。


兵士たちはよろめきながらもアジトの入り口へと走り出す。

背後から迫るのは第三陣の足音――それは死神の鼓動のように確実に近づいてくる。


だがその時、ネイラの胸の内には別の考えが渦巻いていた。


「後は頼んだわよ。ナターシャちゃん、みんな……」



一方その頃――

戦場の遥か背後、岩の割れ目に隠された谷間で二台の魔導車がひっそりと身を潜めていた。

砂粒が風に乗って舞い上がり、ゆっくりと地に還る。

ここにはスコロピオス軍の気配はない。

だが、明確な意図と計算のもと、彼らはこの場所で待機していた。


一台の魔導車のドアが音を立てて開く。

降りてきたのはタリーシャだった。

戦装束の裾を軽く押さえ、目を細めて地平を見渡す。


「距離、風向き、地形……全部、想定通り。これなら確実にスコロピオス軍の背後に届く」


砂を一掴み取り、指の間からゆっくりと落としながら呟く彼女に、二台目の魔導車から降りてきたナターシャが声をかけた。


「そろそろ作戦開始の時間ね。魔術師班は魔力の集中に入ってる。後はあなたと私が動くだけ」


タリーシャは無言で頷き、掌の砂を払った。

谷間にはすでに十数名の魔法戦闘員たちが散開し、それぞれの持ち場へと移動していた。

魔力の波が張りつめた空気のなかに微かに漂い始めていた。


その時――

監視任務を担っていた魔導車が砂煙を巻き上げて戻ってきた。

屋根に座っていた偵察兵が、車上から飛び降りると同時に叫んだ。


「スコロピオス軍の全軍が動いた!総攻撃を仕掛けるつもりだ!数が多すぎる。あのままアジトに到達されたら……持たねぇぞ!」


その報告にナターシャは一瞬だけ目を伏せた。


(……お願い、みんな。この作戦が完了するまで、絶対に……生き延びて)


そして彼女はすぐに顔を上げ、鋭く言い放った。


「みんな、順番通りに行くよ。まずは冷却から始めて!」


魔法戦闘員たちが一斉に魔力を高める。

詠唱の構えに入ったその瞬間、タリーシャが静かに言った。


「まず地盤の温度を操作しなければいけない。下層を凍らせてその上から一気に加熱すれば……膨張と破裂で砂ごと爆発的に巻き上げられる」


ナターシャは無言のまま杖を構えたがすぐには動かなかった。

ナターシャの意図を読み取り、タリーシャは静かに手を上げて仲間たちに合図を送った。


「まずは氷。合図と同時にクリオ パゴスを唱えて!順に重ねて、深層まで凍らせる!」


「了解だ!」


タリーシャの合図と同時に張り詰めた静寂を裂くように詠唱が始まった。

複数の声が重なり合い、戦闘員たちの掌から青白い光が迸る。

冷気は砂の上を這うように流れ、やがて粒の隙間へと染み込んでいった。

数十メートルにわたる地表がじわりと凍結していき、やがて「パキン」と細やかな割裂音が連鎖する。

その下では、熱と湿気がせめぎ合いながら臨界点を迎えつつあり、冷気に押された空気が密度を変えて、砂埃と共にゆっくりと上空へ押し上げられていった。


「……いいわ、最初の準備は万全よ」


タリーシャが地面を睨みながら息を整えるように呟いた。

彼女の視線の先で、冷気を宿した砂の表層がわずかに震えていた。


続いて前に出たのはナターシャだった。

銀の髪が砂風に揺れ、杖を握る指が一瞬だけ震える。

彼女は深く息を吸い、眼差しを地に落とす。


「風を整える。風が乱れれば、ただの砂煙に終わる……圧を渦に変えるには、まず核を作らなきゃ」


そう言って彼女は杖を斜めに掲げ、高らかに詠唱を響かせた。


「渦巻く天の風よ、我が呼びかけに応じ、その猛威を解き放て!ストロビ アネモス!」


呪文と共に大気が震えた。

風が唸りを上げ、空気そのものが軋む。

ナターシャの魔力に応じるように、空中に目に見えない螺旋が生まれ、地を撫でるようにして旋回を始める。

冷気で凍りついた地層の上を風が丁寧になぞるように走り、少しずつ圧が加わり、地表の砂が音もなく削られていく。

やがて足元にはいくつもの小さな旋風が巻き上がった。

それらの小規模な渦は互いを引き寄せ、絡み合い、やがて一つの巨大な回転を形作ろうとしていた。


タリーシャはそれをじっと見ていたが、やがて苦笑いを浮かべて言った。


「……いい感じに風の核ができた。ここまできたらもう止められないわね。じゃあ次は私の出番。一気に点火するわよ」


彼女は両手を地面に向け、ぐっと魔力を集中させる。


「天地焦がすは古の炎、全てを焼き尽くす紅蓮となりて、我が両掌に宿りて烈焔となれ!ファラグス フローガ!!」


炎の奔流が凍結した大地を直撃した。

轟音と閃光――。

冷気で引き締まった地層に灼熱の魔力が叩き込まれる。

衝撃と共に膨張、破裂、そして爆ぜるように砂が天を突いた。


そこに待ち構えていた渦――ストロビ アネモスが舞い上がる砂塵を貪るように巻き付く。

回転は加速し、吸い込まれるように粒子が中心へと引き寄せられていった。


「まだ強さが足りない……もう一段、温度を上げてみるわ!」


タリーシャはさらに魔力を練り上げ、再び詠唱を響かせる。

二度目のファラグス フローガが砂の中核を撃ち抜いた。

もはや砂は舞うというより、飛ぶという感覚に近い。

目視すら困難な速度で大地の粒子が空へと吸い上げられていく。

熱された空気が猛烈な上昇気流を生み、冷却層とぶつかって狂気じみた乱流が発生した。


風が唸り、地が震える。

砂嵐は今や生き物のように脈打つ巨大な渦となり、大気を切り裂きながら天へと伸びていた。


「……本当に……できたわ」


耳を打つ轟音。

地鳴りのように響く魔力の共振。

それは自然の力を超えた人為の災害――人類が意図的に生み出した終焉の悪魔のようだった。


「ええ……それにしても……こんなに大きいと見惚れちゃうわね。でももうここも危ない。退避するわよ――あ、あれ?」


タリーシャが我に返ったときにはすでにナターシャも魔術師たちも慌てて魔導車へと退避を始めていた。

空を呆然と眺めていたのは彼女一人だった。


「ちょ、ちょっと!置いていかないで~!」


これから始まるのは誰にも止められない破壊。

ナターシャは魔導車の窓越しにゆっくりと息を吸い込んだ。


「……もう、後戻りはできないわね。あとは――自然が審判を下すだけ」


◇ ◇ ◇


――前日の作戦室。


静まり返る室内の空気を切り裂くようにヤニスが地図の一点を指差し、鋭く言い放つ。


「……スコロピオス軍が正面からアジトを攻撃してくるのは、もはや時間の問題だ。正面での防衛はネイラたちに任せる。俺たちは背後に回り込む。だが、ただの奇襲じゃ意味がない。もっと根本的に奴らの戦力そのものを崩す必要がある」


周囲の戦闘員たちが息を呑む中、ヤニスは視線をナターシャとタリーシャに向けた。


「そのためにはナターシャ、タリーシャ、そしてアジト内にいる魔術師班全員の魔力が必要になる。魔力の操作に長けた君たちでなければこの作戦は成立しない」


ナターシャが少し身を乗り出し、鋭い眼差しを向けた。


「魔力の操作が必要になるの?」


ヤニスは頷き、準備した手書きの図を机に広げた。

そこには風の流れ、気圧差、温度帯、そして魔法の配置まで緻密に描かれていた。


「この地域は午後から夕方にかけて風向きが西から東へと変化する傾向がある。突風に近い風が吹き荒れる時間帯だ。……これを利用する。まず、魔法戦闘員たちには氷魔法で地表近くに冷気の層を作ってもらう。冷気と湿気の層を重ねることで、温度差のある空気の層を作り出す。これが乱流を起こす基盤になる。」


ナターシャは無言で頷き、図の一点を見つめた。


「だが、それだけでは足りない。次に――ナターシャ、君の役目だ。小さな旋風をいくつも起こし、それらを同一方向へと流し込む。やがて風はひとつの渦となり、嵐の核を形成する」


ナターシャは手に持つ杖を強く握りしめながらゆっくりと息を吐いた。


「……わかった。やってみせるわ」


ヤニスの視線が次にタリーシャへと移る。


「そしてタリーシャ。君の炎魔法で広範囲にわたる地表を一気に熱してほしい。冷たい層と熱せられた地面。この温度差が強力な上昇気流を生み出す。それが風を煽り、渦を爆発的に成長させる」


タリーシャは険しい表情のまま短く答えた。


「つまり――氷で空気の層を作り、風で渦を育て、炎でそれを暴れさせる……ってわけね」


ヤニスは重々しく頷いた。


「これらの条件が揃えば、未曾有の砂嵐が生まれる可能性がある。自然の力を人為的に捻じ曲げる極めて危険な作戦だ。……そしてその作戦を完成させるために、我々はスコロピオス軍のいる西の通路を突破しなければいけない」


沈黙が作戦室を満たす。

誰もがその意味を理解していた。

自殺行為――それ以外の言葉が見つからない。

だが、それでも。


「その作戦……成功すれば、戦況が一気に傾くわね」


タリーシャの声が火を灯すように空気を切った。

ヤニスは短く頷いた。


「ああ。俺たち抵抗軍のみんなが生き延びるにはこの作戦を成功させるしかない」


彼の目が真っ直ぐにナターシャとタリーシャを射抜く。


「この作戦はすべてのタイミングが命取りだ。冷気の層を張るのも、風を集めるのも、熱を加えるのも……ほんの数秒の誤差で、嵐は制御不能に陥る」


ヤニスの声は静かだったが、言葉の一つひとつが鋭く、重く、胸に刺さった。

ナターシャは真剣な面持ちで杖を握りしめながら深く頷く。


「でも……最大の問題は実行までの時間よね。スコロピオス軍は理屈が通じる相手じゃないわ。こちらの都合で待ってくれるような相手でもない。だから……砂嵐が完成するまでの間、彼らの猛攻を――このアジトの前で耐え抜くしかない」


そう言うとナターシャはネイラへと視線を送った。


「どうやら私たちの勝利はその砂嵐に全てを賭けるしかなさそうね。非現実的に見えるけれど……今はそれがいちばん現実的。大丈夫よナターシャちゃん。このアジトの防衛を任されたからには私がやるわ」


ヤニスは深く頷いた。


「よし。すぐに魔法戦闘員を集めよう。タリーシャ、君にはもう一度詳細を説明する。気流の読み方、魔法の配置、熱量の調整――すべてを正確に覚えてくれ」


◇ ◇ ◇


その頃、第4アジト。

スコロピオス軍の第二陣の猛攻を防いだ者たちが全身の力を振り絞り、足を引きずりながらも何とかアジト内部へと戻ってくる。


「……閉じろ!」


鋼鉄の扉が重々しい音を響かせて閉まり、最後尾の兵士が滑り込むようにして中に入った。

その中心にネイラの姿があった。

多くの兵士たちが彼女のもとに集まると息を呑んで次の指示を待っていた。


「フリズネイラ……!全員中に入った。だけど、これから俺たちはどうすればいいんだ……?」


誰かが問いかける。

緊張に満ちた空気を破るようにネイラは頷いて言った。


「今からこの作戦の全容を説明するわ。ここまで情報を伏せていたのは意図的だったの。どうか最後まで信じて聞いてほしい」


簡潔に、迷いなく、そして明瞭に。

ネイラのその口から語られたのは魔法戦闘員たちによるスコロピオス軍討伐作戦。

風向き、気温差、湿度――あらゆる気象要素を魔法で操作して起こす人工の砂嵐作戦について語った。

それは魔法戦闘員によってスコロピオス軍の背後で準備されていた破滅の嵐。

すべてが計算され尽くした奇跡に等しい作戦だった。


「この砂漠の気流と地形を利用して巨大な砂嵐を起こす。そしてその嵐にスコロピオス軍を巻き込んで一気に壊滅させる。それが――私たちの反撃よ」


一瞬の沈黙。

そして青年の兵士がぽつりと呟く。


「……すげえ」


誰かが続けた。


「そんな事、本当にできるのかよ……いや、マジでさ……」


仲間たちの目には信じたいという希望と信じきれないという不安が混ざっていた。

ネイラは真っ直ぐに全員を見渡して言った。


「ごめんなさい。ここまで情報を伏せていたのは……アジトの内部に内通者がいる可能性があったから。実際に情報をスコロピオス軍に流していた者がいた。だから信頼できる者にしか伝えられなかったの」


ざわめきが起こる。


「……だからか」


指揮官の一人が低く呟いた。


「アジトの中に魔導士が誰一人としていなかった理由が今ようやく分かった。俺はてっきり見捨てられたかと思ったぜ」


ネイラは目を逸らさず、まっすぐにその言葉を受け止めた。

そして力強く言葉を継いだ。


「私たちは耐え抜いた。外で襲撃に晒されながらも戦い続けた者たち。そして中で情報も得られないまま不安に耐えた者たち。その全てが今、一つに繋がって勝利へ向かって動き出している」


彼女は振り返り、仲間たちを見渡す。


「負傷者と避難民をすぐにアジトの地下へ。できるだけ深い場所へ避難させて。出入口、通気孔、排水口、風の侵入経路になり得る場所はすべて封鎖するの。時間は限られているわ」


その声は静かで穏やかだったが、命令としての重みを確かに備えていた。


「動ける者は作業にあたって。戦えない者も道具を運んで。手が動けばそれだけで戦力になる。これから来るのはただの終わりじゃない。私たちが生き残るための最後の戦いよ」


その言葉に誰も反論しなかった。

むしろ目を伏せていた者たちが顔を上げた。

瞳には光が戻りつつあった。

嵐はまだ来ていない……だが――その時は確実に迫っているはずだ。



一方その頃、スコロピオス軍・第三陣の陣中。


「ぎゃっはっはっは!なぁ見たか?あいつら俺たちを見た瞬間に全員慌てて建物の中へ逃げやがったぞ!」


隊列の前方に立っていた男が顔を歪めて哄笑を上げた。

目は血走り、切り立つ山々に残されたアジトを舐めるように見つめている。


「いいぜ、いいぜ……。今度は俺たちの番だ。よくも、よくも俺たちの仲間を嬲り殺しにしてくれたな……今度は一人ずつ、順番に味わってもらおうか」


隣の兵士が血に飢えた声で吐き捨てる。

第三陣の者たちはすでに勝利を確信していた。

敵がアジトに退いたのは戦意を喪失したからだと――それ以外の可能性を誰も考えていなかった。


しかしその楽観は唐突に現れた違和感によって打ち砕かれる。


 ――ゴォオォ……ォオ……


「ん?……なんか、変な感じが……」


後列の兵が息を詰まらせ、顔をしかめた。

空気が重く、妙に息苦しい。

風があるのに肌にまとわりつくような粘性がある。

乾いた空はまるで何かを待っているように沈黙していた。


オルフィスは黙ったままわずかに顔の向きを変え、風の流れを肌で感じ取った。


「……空気の、質が変わっている」


喉奥にひりつくような感覚。

視界の端では地面の砂が音もなくざわつき、ふわりと宙へ舞い上がっていた。


「オルフィス様、どうかなされましたか?」


部下の問いかけに応じることなく、彼はゆっくりと後ろを振り返る。

そして――見た。

地平線の彼方から迫りくる暗褐色の巨壁。

風に巻き上げられた砂塵、打ち砕かれた岩塊、折れた枯れ木。

すべてが混じり合い、唸りを上げながら地を這うように迫ってくる。


「……なんだ、あれは……?」


オルフィスの口から漏れたその問いはすでに風にかき消されていた。


――気づいた時には遅かった。

砂嵐は音を超えていた。


バシュッ!バシュバシュバシュッ!!

最後列の兵が一瞬で視界から消える。

見えない巨腕が列ごと撫で払ったかのように彼らの体は宙に浮かび、次の瞬間には地面に叩きつけられてバラバラに砕け散った。


「ぎゃあああああああああ!!!」


「目が……目がぁああああああっ!!」


「かっ風がぁ!体がもっていかれるっ!!」


断末魔の悲鳴が次々に上がっていく。

だが、それは人間だけのものではなかった。

蜘蛛の魔物たちが狂ったように足をばたつかせながら逃走を試みるも鋭利な砂粒が脚を切り裂き、一匹、また一匹と地面に崩れ落ちていく。

硬質の甲殻すら粒子の奔流に削られ、骨の芯までも抉られていた。

サソリの魔物も尾を振り上げ、毒針を乱射して暴れ回る。

だがその動きもやがて砂に沈んだ。

ぬらりと体液が流れ出し、濁った赤が無慈悲な砂に飲まれていく。


ドラキグナスの巨体でさえ例外ではなかった。

半身が砂の中に沈み、足場を失ってもがき続ける。


「ひ、人も……魔物も……兵器も……!」


オルフィスの瞳が見据えたのは魔導装甲車部隊だった。

十数台が砂嵐に押されるように進み、逃げ出す光景。

だが、大型の車輪は砂に囚われ、重厚な機体は沈み込む。

一台が転倒した瞬間、後続が次々に衝突し、連鎖的な爆発が巻き起こる。


ドォオオン!!

雷鳴のような轟音とともに爆発し、炎が砂とともに空へと吹き上がる。

その爆発音にかき消されるように、周りの狂戦士たちの悲鳴はもはや届かなくなっていた。


これは――自然の怒りなどではない。

戦術でも戦略でもない。

滅びそのものだった。


「馬鹿な……!我がスコロピオス軍の誇りが……第三陣が……壊滅寸前だと!?」


軍の中でも精鋭を揃えたスコロピオス軍の第三陣があっけなく、何もできずバラバラになっていく。

人も、魔物も、兵器すらも屈しないはずの戦力がまるで紙のように吹き飛ばされていった。


オルフィスの顔から初めて余裕の表情が消えた。

見開いた瞳に焦燥と恐怖が滲む。

額に汗がにじみ、両脚に力を込めて踏みとどまる――が、それすらも風が許さなかった。


ゴォオオオオオオオオ――――!


全ての音をかき消す轟音。

空気そのものが噛み砕かれるような暴風が全身に襲いかかる。

口を開けば砂が流れ込み、鼻腔が焼かれ、視界は褐色一色に染まりきる。


(退けない。ここで倒れるわけには……まだ、俺には……!)


彼は必死に立ち尽くしていた。

だが体を覆っていた高密度の魔法障壁は既に限界を迎えていた。


その時――

彼の目の前でサソリの巨体が音もなく砕け飛んだ。

脚の一本とねじれた外殻の一部だけが風に転がされて遠ざかっていく。

それはまさに軍の威信を担ってきた象徴が終焉を迎えた瞬間のように見えた。


「くっ……退け……、退けええええ!!」


オルフィスが叫んだ。

それが部下への命令だったのか。

それとも自分自身への絶叫だったのか――もう彼にもわからなかった。


だが、応える声はなかった。


あの誇り高く、強靭で、苛烈を誇った第三陣――

魔物と兵器の象徴であったスコロピオス軍の重戦力は未曾有の風の前に何一つ残さず、無言の砂へと帰されていた。


空は、すでに永久に続く夕闇のような褐色に染まりきっていた。

見えるものは何も無い。

聞こえるのは、風が牙を剥いて吠える音だけだった。

異界樹物語を読んで頂きましてありがとうございます。

ここから世界一面白いストーリーが展開していきます。


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