表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

72/130

第71話 大地を揺るがす闘志と生ける森の怒り

「ゼニトス……オマエ……ゼニトス……ゼッタイニ……殺ス……!」


土煙の中からダソヴァリオスの巨体がゆっくりと姿を現す。

鉄仮面のような顔がギィ……と軋み、わずかに歪んだ。

全身を覆う植物質の装甲には細かなひびが入り、そこから緑色の粘液が滴っている。

呼吸は荒く、体中から不気味な音が漏れていたが、その瞳は、なおも鋭くオーウェンの姿を睨み据えていた。


「ゼニトス、ゼニトスって……てめえもかよ」


オーウェンが拳を軽く握り直し、低く呟く。


「悪いが、人違いだ」


その瞬間、ダソヴァリオスが地を蹴った。


ドンッ――

まるで爆発のような衝撃音と共に巨体が一直線に突進する。

地面が揺れ、巻き上がる風が空気を切り裂いた。


オーウェンもすかさず動く。

身を捻って回避、その勢いのまま右拳を叩き込む――!


しかしダソヴァリオスは即座に左腕を振り上げ、その一撃を受け止めた。


「グガァアアッ!!」


衝撃音が轟き、二人の間にわずかな静寂が訪れる。

だが次の刹那、両者が一斉に動いた。


オーウェンはワンステップで背後を取り、左拳を腰の位置に構えると鋭くダソヴァリオスの脇腹を狙った。

だが――


「ガギィッ!」


背後から迫るように、棘めいた尻尾が逆方向にうねる。

オーウェンはダソヴァリオスのオーラを察知すると瞬時に後方へ跳んで、それをかろうじてかわす。


「おっと……」


反撃の構えに入ろうとした瞬間、ダソヴァリオスが両足で大地を踏み鳴らした。

地面が砕け、爆発的な粉塵が視界を覆う。

砂嵐のような灰色の帳の中――

気配を読むまでもなく殺意が背後から迫っていた。


「見えてるさ。お前が次に何をするかもな」


オーウェンは振り返りざまに肘を突き上げ、拳を弾き返した。

その反動でお互いに距離が開く。


オーウェンの額からは血がにじんでいた。

ダソヴァリオスの胸部にも亀裂が入り、緑の粘液がぬらぬらと滴っている。


「やるじゃねえか……だが勘違いすんな。こっちは遊びじゃねぇんだ」


オーウェンが再び拳に力を込める。


「ゼニトス……ゼニトス……!オマエ……ユルサナイ……!」


「……勝手に盛り上がってんじゃねぇ」


再び激突。

拳と拳が何度もぶつかり、波紋のような衝撃が地面を這う。

一撃ごとに火花が散り、石畳が砕け、風が唸る。


超至近距離の応酬。

オーウェンの膝がダソヴァリオスの腹を打つが、植物質の肉体はそれを吸収する。

逆に放たれた頭突き――それを紙一重でかわし、顎に鋭いアッパーを叩き込む。


「グガァアアアアアッ!」


「おらぁあああっ!」


雄叫びとともに互いの拳が炸裂する。

同時に両者が吹き飛ばされ、塵が舞い上がる。

だが――

倒れたのはどちらでもなかった。

ダソヴァリオスの全身から異音と共に蠢くようなうねりが広がる。

筋肉のように巻き付いた植物の塊が膨張し、さらにその巨体を覆っていく。


「グゴゴオオアアア!」


オーウェンは一回転しながら着地し、膝をついて受け身を取る。

そしてすぐに立ち上がると、唇にうっすらと笑みを浮かべた。


「ふっ……お前が本気ってんなら、俺も一段階ギアを上げるか」


視界を塞ぐ土煙の向こう――

再び地響きが迫る。

怒りの巨影が、殺意を滲ませながら突進してくる。


オーウェンは両肩をわずかに揺らし、呼吸を整えた。


「……もういい加減、長ぇ茶番もこれで終わりにしてやる」


その瞬間――

オーウェンの全身から眩い白光のオーラが噴き出した。


「はあああっ!」


地面が震えた。

空気がうねり、石片が浮き上がり、空間そのものが圧倒される。

まるで猛獣の怒りが形を持ったように白光が渦巻きながら彼の周囲を駆け巡る。

吹き飛ぶ木々の残骸。

突風に煽られ、黒影軍の兵士たちが後退し、目を覆った。


「な、何なの……この力……!」


ルナが震える声で呟く。

その目には恐れではなく、ただ、神々しさをも感じさせる圧倒的な存在を見上げるような驚きが宿っていた。


「く……くそっ、こんな化け物同士の戦いが……あるなんて……!」


オルトも拳を握りしめたまま、呆然と立ち尽くしている。

胸元の痛みも忘れ、ただただオーウェンの背中を見つめていた。


「ゼ……ニ……トス……!!」


ダソヴァリオスが叫び、全身の棘を逆立てながら突進してきた。

大地を割り、空を切り裂く勢いだ。


だが――


「逃げなくていいのか?その程度の動きじゃ俺には届かないぜ」


その瞬間、オーウェンの右手に白い闘気が凝縮されてゆく。

拳の周囲に光が集まり、閃光が渦巻きながら地面に向かってオーラの奔流が走った。


音が消えた。

次の刹那――


「……喰らえ!天崩滅砕拳(てんほうめっさいけん)!」


――ズドォォォォン!!!!

雷鳴のような轟音とともに、オーウェンの白き拳がダソヴァリオスの腹部にめり込んだ。

鉄のように硬かった異形の肉体が、その拳によって抉られるように沈み込む。


「グガッ……グオオオアアアッ!!」


ダソヴァリオスの口から緑の粘液が飛び散り、巨体が完全に宙へと浮かび上がる。

背後にあった建物の壁が巻き込まれるように崩壊した。


「なっ……なんて……なんて威力……!?」


ルナは思わず口元を押さえ、信じられないものを見る目でオーウェンを見つめる。


「……馬鹿な……あの男、何という底知れぬ強さだ……?」


オルトも呆然と立ち尽くし、破壊の余波が吹き荒れる中でただ拳を下ろしたオーウェンの姿に視線を奪われていた。


白いオーラがまだ静かにオーウェンの体から立ち昇っていた。

それはまるで戦場の中に舞い降りた一柱の神のようで――その存在は威風堂々として、圧倒的だった。


ダソヴァリオスは腹を貫かれた傷を押さえ、よろめきながらも後退する。

だが、その歩みは決して弱々しいものではなかった。

彼の体のあちこちから緑色の蔓が生え、まるで森そのものが彼を補修するかのように傷を塞いでいく。

背中から伸びた太い根のような触手が、無造作に地面に転がる黒影軍の遺体に絡みつく。


「……モット……チカラヲ……」


瞬間、死体の体から赤黒い液体が音を立てて吸い上げられ、ダソヴァリオスの全身を這い巡る蔦がそれを飲み干すかのように脈動する。

肌には葉脈のような模様が明滅し、筋肉の隙間から新たな緑が芽吹く。


「なんだあれは……まるで血を飲んでいるかのようだ。しかも……体がまた再生していく……!」


オルトが息を呑みながら呟く。

だが次の瞬間にはダソヴァリオスは残された死体を一体ずつ抱え上げ、腕に巻きつけた蔦でぐるぐると縛りながら、森へ向かって歩を進めた。


「てめえ、何をする気だ?」


「マ……ダ……オワラナイ……絶対ニ……殺ス……ゼニトス……」


ダソヴァリオスはそのまま森へと駆け出した。

オーウェンは険しい表情でその背を睨みつけ、地を踏み鳴らした。


「……まずい、このまま逃がしたら……次は何をするか分からない」


オーウェンは振り返ることもなく静かに言い放つと地を蹴って森の中へと駆け出していく。


「オーウェン!」


ルナが声を上げて追いかけようとする。

だがその前にオーウェンが鋭い声で振り返った。


「来るな、ルナ。黒影軍と一緒にそこにいろ」


その顔にはこれまでにない冷たさと決意の色が浮かんでいた。


「でも、私も……!」


「駄目だ。ルナ!」


オーウェンの声に強い意志が込められているのを感じた瞬間、ルナは言葉を飲み込み、ただ立ち尽くすしかなかった。

その背中を見送るしかない自分が悔しくてたまらなかった。

横に立つルージェが小さくため息をつく。


「駄目だ。森の中に入ってはいけない。我々が行ってもあの化け物の力の前ではどうしようもない。今はあの男の力に賭けるしかない」


ルナは口を開け何か言おうとするが言葉が出ない。

ただオーウェンが向かった森を見つめるしかなかった。

その後ろ姿を見送る二人の心には、複雑な思いが渦巻いていた。

ルージェは深く息を吐き、静かに言った。


「今は彼が無事に戻って来る事を祈るしかない」


そしてオーウェンはついに森へと飲み込まれていった。

森に足を踏み入れた瞬間、空気が一変した。

湿った苔の香り、重く沈黙する静寂。

太陽の光は木々にさえぎられ、光と影が斑に揺れ動く。

それでもオーウェンは迷いなく進む。

目の前にはダソヴァリオスが残した痕跡が広がっている。

木々の根元に引きずられた死体の血痕が残り、太い蔓がうねった跡が土を深くえぐっていた。


「隠れる気もないか。堂々としたもんだな……」


そう呟いた直後、背後の茂みがざわりと動いた。


――ブシュッ!


足元から伸びた細い蔦がオーウェンの足首を狙って襲いかかる。

彼はすかさず跳び退き、白いオーラを纏った手刀で蔦を断ち切る。


「……なるほどな。ここが貴様の縄張りってわけか」


その声が森に響き渡ると周囲の空気が微かに揺れた。

風ではない。

――何かが森の中を動いている。

そして、再び姿を現したダソヴァリオス。

その身体はすでに再生を終え、かつてないほど緑に覆われていた。


「オマエ……ゼッタイ、コロス……!」


ダソヴァリオスは吠えるように言い放ち、地面を強く蹴った。

地面をえぐるような轟音――

直後、ダソヴァリオスは一気に木の上から一直線にオーウェンへ飛びかかってきた。

枝を砕きながら落ちてくるその拳は岩を粉砕するほどの威力を持っていた。


オーウェンは寸前で身をかわす。


――ズドォン!


ダソヴァリオスの拳が地面に激しく叩きつけられ、その衝撃で大地が割れる。

そこから樹の根が蛇のように這い出し、オーウェンの足を絡め取ろうとする。


「はっ……!」


オーウェンは素早く飛び退き、間一髪で根に絡まれることを避ける。

だが次の瞬間、後方からまるで鞭のような蔦が襲い掛かる!


「どこから来ようとてめぇの殺気は全部透けて見えてんだよ」


オーラをまとった拳でそれを打ち払う。

だがダソヴァリオスの攻撃は止まらない。

今度は左右の木から鋭く尖った枝が投げ槍のように次々と襲いかかる。


「舐めてんのか?こんな攻撃が当たる訳ないだろ!」


右へ、左へ――身体を捻って次々とかわすオーウェン。

一瞬のスキをついて前進、白いオーラを右手に集中させ、そのままダソヴァリオスの胴体へ拳を叩き込む!


「――うおおおおっ!天崩滅砕拳(てんほうめっさいけん)!」


――ドゴッ!


その一撃はまるで雷鳴のように爆発しダソヴァリオスの腹を貫いた。

白い光が弾け飛び、ダソヴァリオスの樹皮のような肉体にヒビが走る。


「グゥ……ヌ……!」


だが予想に反して、ダソヴァリオスは吹き飛ばされることなく、オーウェンの腕を掴んだ。

その力で引き寄せながら膝蹴りを思い切りオーウェンに見舞ってくる!


「ぐっ……!」


オーウェンの身体が軽く浮いた瞬間、さらに追撃の肘打ちが首元へ襲いかかる――

だが、オーウェンの目が鋭く光る。


「舐めんなって言っただろ! 闘裂(とうれつ)断滅脚(だんめつきゃく)!」


空中で体勢を入れ替え、オーウェンは反転しながら後ろ回し蹴りを放つ!

オーラが足に集中し、振り抜かれた蹴りがダソヴァリオスの顎を捕らえる!


――ガガンッ!

ダソヴァリオスの巨体が数メートル飛ばされ、倒木をなぎ倒しながら転がる。

木々が揺れ、土煙が舞い上がる中、オーウェンは息を整え、再び拳を握り直す。


「まだ終わらねえか……だが、次で終わらせる」


オーウェンの心の中で次の一撃を決める覚悟が固まったその瞬間、ダソヴァリオスの体が再び脈動し、異常なほどに震え始めた。


「マダ……ダ」


ダソヴァリオスの背中からツタがうねり出し、周囲に散らばっていた小さな植物や苔、倒れた虫たちの命を吸い上げるように彼の体は急速に再生を始める。


「……へっ、再生能力だけは大したものだな……!」


そして再生を終えたダソヴァリオスは立ち上がり、背中から伸びた太い蔓を鞭のように振るって再び攻撃を仕掛けてきた。


「オマエ、ノ、王家ノ血、カナラズ、奪ウ!グオオオアアアッ!」


「はぁ?……王家の血だと?」


オーウェンはその言葉を聞きながら、迫りくる攻撃に目を細め冷静に構える。

ダソヴァリオスの一撃がオーウェンの胸を貫こうとする瞬間、オーウェンはその拳を避けながら再び反撃を繰り出した。


「口だけじゃ手に入らねぇぞ、俺の血はよ。言葉じゃなく、力で語れよ」


――ズドドドドォン!

白いオーラが爆発的に弾け、オーウェンの拳がダソヴァリオスの胸部を直撃した。

その一撃の衝撃が森を揺るがし、木々を倒しながら地面に裂け目を生んだ。


「グ……オオォオオッ!!」


ダソヴァリオスの体がよろめき、森の根を踏み潰しながら倒れ込む。

その隙を見逃さずオーウェンは一歩踏み出し、とどめの一撃を放とうとする。

だがその瞬間、突然風が吹き、森の雰囲気が一変した。


「何だ……この気色悪い気配は……」


森がまるで生き物のように怒りに震え出す。

根が、枝が、葉が、大地そのものが蠢き、オーウェンの周囲を取り巻くように動き出す。


「――時ハ、満チタ」


その声は風に乗って聞こえてきた。

一瞬で森が変わり、すべてが生命の力を持ち始めたかのように感じた。


ダソヴァリオスの腕が地面に突き立てられる――

その姿勢は祈りのようにも見え、まるで何かと契約を交わしているかのようだった。


「……命ヲシバリ、魂ヲ、閉セ。……ヴァイン……サンクタム」


ズズズ……ズゴゴゴゴ――ッッ!


地面が爆ぜる。

黒い樹木の根が複雑に絡み合い、オーウェンの足元から一斉に噴き出す。


「なんだ!?」


攻撃を避ける暇もなくオーウェンは次々と絡まれ、足元から、胴から、首元まで締め付けられる。


ただのツルじゃない。

それはダソヴァリオス自身の身体から生えた命の根。

命の代償で生まれた森の呪いが、オーウェンを締め上げる。


「が……っ、くそっ、離せ……!」


「森ノ命……継ガセル……オマエ、ウゴケナイ……」


ダソヴァリオスの冷たい声が響く。

オーウェンの両腕は幹に縫い付けられ、両脚は地に埋まり、首元まで蔦に締め付けられていた。

圧倒的な拘束――まるで、森そのものに封じられたかのように。


「……ああ、そうか、かかって来いよ……!このままでも相手してやるよ」


オーウェンは軽く笑みを浮かべながら余裕の表情で言った。

その言葉には、焦りも、迷いも無かった。


「……駄目ダ……オマエ……許サナイ……其処カラ……出ルナ……」


ダソヴァリオスはふらふらと歩き出す。

すでに限界を超えたその体は皮が剥がれ落ち、無数の亀裂から粘つく樹液が絶え間なく流れていた。

それでも幾重にも絡まった蔦と根がかろうじてその身を支え、前へと歩かせていた。


向かう先は――町。


「……オウジョ……殺ス……王家ノ血……奪ウ……」


「な、何だと?てめえ!待て……っ、くそ……逃がさねえ……絶対に……!うおおおおお!!」


森の影の中に消えていくダソヴァリオスの背に、怒りの咆哮が響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ