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第38話 失踪とオーウェンの決意

病院で入院しているはずのイヴァンが姿を消した。

意識がない状態のまま、しかもあの酷い怪我で一人で病院を抜け出せるわけがない。

誰かが連れ去ったとしか考えられない。


――そんなことをするやつは、ただ一人。


「……あの魔導士のやろう」


俺は怒りを抑え込むように呟いた。


その時、スマホからオーウェンの声が響いた。

俺の気持ちを察していたのかいつになく真剣な口調だった。


「おい、天空。とりあえず今は体を休ませろ。いいか、絶対に勝手な行動はするんじゃないぞ。ここは俺に任せておけ」

「だけど、今すぐイヴァンを助けに行かなきゃ……」

「天空!イヴァンを死なせたいのか?今は何もするなと言ってるだろうが!」


その言葉に俺は息をのんだ。

スマホ越しとはいえオーウェンの声には普段とは比べものにならないほどの威圧感があった。

そしてこんなに強く怒鳴られたのは初めてだった。


「……わ、分かった。オーウェン、ごめん」

「いや、いい。俺も電話したのには理由があるんだ。」

「理由?」

「学校が終わったらお前の家のルナの部屋に行って、服の上から何か着れるものを持って俺の家に来い。時間は18時。俺たちもその頃に帰る。その後きちんと戦略を練ってからあの魔導士との戦いに挑む」

「……分かった。18時に行くよ」


俺はスマホを握りしめたままゆっくりと息を吐いた。

そうだ、俺一人で突っ走ったところでイヴァンを助けられる保証なんてどこにもない。

でもあの、めちゃくちゃ強いオーウェンと一緒なら必ずイヴァンを救える。

今は焦らず、学校が終わるのを待つのが最善の選択。

だけど、18時か……。


――――


この電話が鳴る三時間前――。


オーウェンはルナを連れてイヴァンが入院する病院へお見舞いに訪れていた。

病室の前に差し掛かると、ちょうど医者と鉢合わせる。


「イヴァン・アポロンズさんのご親族の方でしょうか?」

「はい、イヴァンは俺の弟で、今日はお見舞いに来ました」

「それが……イヴァンさんなのですが、先ほど見回りに来た際、ベッドにおられなかったのです。ご家族の方とどこかへ行かれたのではと思い、探していたのですが……」

「イヴァンがいなくなった? 意識を取り戻したという事ですか?」

「それは分かりません。ただ、あの怪我の状態ではたとえ意識があったとしても誰かの支えなしに体を動かすのは難しいかと思います」

「そうですか……。多分、親父が動かしたんだと思います。イヴァンは病院が大嫌いなので。一度家族に連絡してみます」

「そうですか。では、お願いします」


医者はそう言い残し、廊下の奥へと去って行った。

その様子を見届けたルナが不安そうにオーウェンへ尋ねる。


「本当に、お父さんがイヴァンを移動させたんですか?」

「いや、親父がそんな事をするわけがない。それに、イヴァンがスマホを置きっぱなしで俺たちに何の連絡もよこさないのもおかしい。……多分、あの魔導士の仕業だな」

「……えっ? そんな……」


オーウェンは深く息を吐き、病院の静かな廊下を見渡した。

この場所が敵に知られているなら、もう俺の家にルナを置いておく事はできないな。


「ルナ、これから昨日行った山に一緒に行くぞ」

「えっ? 今からですか?」

「ああ。親父と天空にはまだ連絡しない。先にあそこに行けば何か分かるかもしれないからな」


オーウェンはスマホを取り出し、タクシーを手配した。

運転手にスマホのGPSの表示で山の入り口から少し離れた場所を見せると、車は静かに病院の前を離れていった。


タクシーの車内は静かだった。

ルナは何か言いたげだったが、押し黙っていた。

窓の外には徐々に険しくなる山道が広がっていった。

その景色をオーウェンは無言のまま、じっと見つめていた。


タクシーを降りてしばらく歩くと妖霧の山の入り口にたどり着く。


「おい、土野郎! 出てこい! 昨日のあの木がある場所まで案内しろ!」


オーウェンが叫ぶと、まるで応えるかのように地面が震えた。

小さな石ころがカタカタと転がり、やがて土が盛り上がるように動き出す。

次の瞬間、入口の地面から土のゴーレムが姿を現した。


「……こっちだ」


低く響く声とともに、ゴーレムは重々しく歩き出す。

オーウェンとルナはその後を追い、深い森の奥へと進んだ。

道中は鳥の鳴き声もせず、ただ風の音とゴーレムの足音だけが響いていた。


しばらくすると、昨日の土のゴーレムたちと戦った場所にたどり着く。

目の前には、異界樹が大きくそびえ立っていた。

朝の光を浴びたその木は、相変わらず美しくも不気味だった。

葉が微かに揺れ、その間から光がこぼれる様は神秘的ですらある。

まるで俺たちを歓迎しているかのように――。


だが、オーウェンは異界樹の木の下に着いた瞬間に違和感を感じていた。

まるで何かが歪んでいるような感覚。


「おい、魔導士! そこにいるのは分かってる! さっさと姿を見せろ!」


オーウェンが強く声を張り上げたその瞬間。

ふっと影が揺らぐように魔導士が姿を現した。

その口元には、どこか愉快そうな笑みが浮かんでいた。


「ふっふっふっ……私からのメッセージを受け取ってくれましたか?」

「何がメッセージだ。イヴァンを人質にしてルナをここにおびき寄せるのがてめえの狙いだったんだろう。さっさとイヴァンを返せ」


すると魔導士は残念そうに首を振った。


「返したいのはやまやまですが……残念ながら、イヴァンさんはもう私の元にはいません」

「……なんだと?」


その言葉にオーウェンとルナは目を見開いた。


「イヴァンさんは、今は下の世界にいます」

「な、なんだと!?」

「どういうこと!? なんでイヴァンが狙われるの!? あなたの狙いは私だったはずでしょ!」


「ええ。ですが、人間の王にあなたが王子と似ていると言い、弟がいると伝えたところ、すぐに連れてこいと命じられましてね。だから彼を下の世界へと送らせていただきました」


「イヴァンが……下の世界に行った……?」


呆然と呟くルナをよそに、魔導士は話を続ける。


「実に幸運なことに、イヴァンさんには王家の血が必要ありませんでした。そのおかげで、異界樹のゲートをすんなりと通ることができましたよ。どうやら、彼も王家の血を引いているようですね」

「イヴァンが……王家の血を?」

「そして、あなたもまた同じく王家の血を引いているのでしょう」

「俺も……王家の血を引いているだと?」


魔導士は満足そうに微笑んだ。


「イヴァンさんを助けたければ、あなたが下の世界へ行くしかありません。しかし、私は目的の王家の血を褒美として頂いたので、これ以上、あの王と下の世界とは関わるつもりはありません」


「貴様……! ふざけるのもいい加減にしろ……!」


「ですから、私があなた方を助ける為に異界樹のゲートを開く手助けをすることは可能です。ただし、待つのは今日限り。さてどう致しますか?」


オーウェンはその言葉を黙って聞いていた。

拳を握りしめ、怒りを堪えているのがルナにも分かった。


「ルナ、一旦引き上げるぞ」

「え? でも……」

「焦って行動しても無駄だ。ここは一度退いてどう動くかを考えた方がいい」

「……分かりました」


ルナは渋々ながらも頷いた。

オーウェンとルナは魔導士との対話を終え、土のゴーレムの案内のもと、妖霧の山の入り口へと戻った。


タクシーを呼んだがすぐには来れないとの事だった。

その間オーウェンはルナと話をしていた。

やがて彼は静かに決意を口にする。


「俺はイヴァンを助けに下の世界へ行く」


――――


学校が終わり、俺はすぐに家へ帰った。

そして、ルナの着る服を探しに彼女の部屋へと入る。


「ルナの部屋にはほとんど入ったことがなかったけど……服なんてどこに置いてあるんだ?」


部屋のドアを開けると整然としているようでどこか無造作に物が置かれた部屋。

ルナらしい可愛らしさと、彼女が異世界から来た者であることを思わせる不思議な雰囲気が混じっている。


クローゼットを開け、ルナの服を探し始める。

その時ふと机の上に置かれた一冊のノートが目に入った。


「……これは?」


手に取るとそこにはびっしりと魔法に関する記述が書かれていた。


「……あいつ、こっちの世界に来てからこんなに魔法の事を勉強してたのか……」


ルナは元々魔法にそこまで興味があったわけではない。

それなのにここまで細かく書き込まれているのは……。

俺はノートの中身を深く読まないようにしてそっと元の場所に戻した。

そして改めて服を探し、ルナの部屋を後にした。


時計を見るとそろそろ18時になりそうだった。


「そろそろイヴァンの家に行かないとな……」


イヴァンがさらわれた以上、魔導士は次にどんな罠を仕掛けてくるか分からない。

慎重に戦略を立てる必要がある。

俺は玄関を出てイヴァンの家へ向かった。


イヴァンの家に着き、静かにドアを開ける。


「……えっ!」


そこにはイヴァンの父さんと母さんがいた。

だけど二人ともソファに座ったまま肩を震わせていた。

イヴァンの母さんは顔を覆い、イヴァンの父さんは無言で拳を握りしめている。


まさかイヴァンが……?


すると、イヴァンの父さんがゆっくりと立ち上がり、俺に一通の手紙を差し出した。

それは、ルナからの手紙だった。

宛名には、


――『天空へ』


と記されていた。


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